第十章 儚き花 (3)
「それは、氷上にも聞いたことのある話じゃ。」
かな様は遮りました。そして、苛立った口調でこう問詰しました。
「おぬしらはともに、大切な枢機に関わることを、妾のような他国者の女子に、ぺらぺらとよう喋るの。豊後の間諜どもは、間抜け揃いか?妾が、もし内藤にそれを明かせば、どうなる?」
「しかし、かな様は明かしておらぬ。」
左座は、澄ました顔で言いました。
「絶対に、明かしておらぬ。確かめなくとも、それは分かりまする。われらふたりとも、かな様の人となりを、よく知っており申す。」
事実でした。かな様は、何ひとつ彼らのことを内藤家には明かしておりません。
してやられてしまい、思わず歯噛みしました。
左座は、そんなかな様の姿を見て、微かに笑いました。そして、少し悲しそうな顔になり、こう言葉を継いだのです。
「しかし、それが、困りものでした。そのようなかな様のご気性に、氷上がすっかり、心を奪われてしまったのです。当初は、他の多くの者どもと同じく、宮庄の姫君も、我らにとってはただ大内や内藤の内情を偵知するため利用するだけの駒でござった。しかし、氷上が。」
かすかにため息をつき、下を向きました。
あとを、かな様が引き取りました。
「腑抜けてしまったと申すか?」
あざ笑うかのような、呆れた顔で、
「この妾に、心を奪われて。諜者として駄目になってしまったと。こう申すのか?」
「いかにも。」
左座は、即座に肯定いたしました。
「あの満月の晩。拙者も同道し、氷上殿とともに舞った晩。あのとき、氷上殿は、かな様に懸想してしまい、そのあとは、まるで別人と成り果て申した。」
哀しそうに、頭を振り、
「それから以降、まるで役に立たぬ男に成り下がり申した。なにか・・・この世になにか、心を残すべきものを見つけたように思え申した。我ら、裏の仕事を成す者には、もっとも忌むべきことでござる。」
「おぬしが、そのあと、鴻ノ峰に姿を現さなかったのは・・・」
「さよう。ほぼ、氷上殿とは袂を分かち、勝手にいろいろと動いてござった。あとは勝手に、女子とともに舞え。舞って、谷底へでも落ちてしまえ、と。」
「まるで、妾がそちらの仕事を邪魔したかのような言い草じゃな。」
「邪魔で、ござった。かな様を斬ろうとすら、考えたこともござる。」
左座は、平気な顔で恐ろしいことを言いました。
「しかし、やはり、そこはともに吉岡家で飼われた乳兄弟のような我らの仲。袂を分かつというても長くは続かず、気がつけば、拙者はしばしば氷上殿のもとへと顔を出し、あれやこれやと、話だけはするようになり申した。ただ、氷上はすでに、間諜からは足を洗い、舞の道場主として身を立てる積りでおりました。」
「道場、とな。」
「さよう。かな様が切り盛りしておられた、あの道場です。そこで表の世に戻り、かな様とともに、そこで生を終えるのが望みと、斯様に申しておりました。」