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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第八章  水面の漣 (4)

こうした情勢の変化は、山口の平穏さにも、微妙な(かげ)を落とすようになって参りました。氷上の道場の一番弟子として充実した日々を送り、さらにはひそやかな情事を(たの)しみながら女としての幸せを噛み締めていたかな様も、そうした日々の終わりが近いことを、うすうす感じておられたかもしれません。


このところ、あまり顔を見ることのなかった左座宗右衛門が、また頻繁に氷上と会っては、なにごとか密議(みつぎ)をこらすことが多くなって参りました。日ごろ、彼が何処(どこ)へ行っているのか、なにをしているのか、かな様にもわかりません。左座の人となりは、信頼に値するものです。かな様はそのことを知っておりました。しかし、彼が関わる物事には、どこかしら、昼の光に当ててみるようなわけにはいかない(くら)さがあるのです。


氷上は何も申しません。そうしたことに、かな様を巻き込むことを極度に怖れているのです。また、かな様のほうでも、もちろん一切関わりません。少なくともかな様においては、内藤家や大内家に対する恩義という点で、なんらやましいところはございません。


ただ、かな様は、その小さな御胸のうちに、あてどもないやるせなさを抱えておられたのです。そして、せつなく(あえ)ぎながら、身悶えしながら、夜がくるごと、氷上の身体にしがみつくのです。


この幸せは、いつか終わる。(はかな)く消えてしまう。きっと、もうすぐ。そして、そのあとには、なにも残らないのです。そう思うと、心がきゅっと締め付けられるようになり、前よりも一層激しく泣きながら、かな様は氷上に身体をなんども・・・なんども、なんども、ただ打ち付けるのです。




終わりの始まりが、意外なところから(あらわ)れて参りました。


かな様と宮庄の一族が身を寄せる、内藤家の内部で異変が起こるようになったのです。異変とはいっても、すぐと外に漏れるようなことではございません。ただ、内藤家の内における(いさか)いが絶えないようになってまいりました。


諍いの当事者は、ご当主・内藤隆世(あかよ)殿と、先代の弟で、隆世殿からみれば叔父にあたる内藤隆春(たかはる)殿です。隆春殿は、もちろん隆世殿より遥かに歳が上。人柄が円満で人望もあり、家内でも重きをなす存在でした。両者の仲が、さいしょから悪かったわけではございません。きっかけは、内藤家のご家中における、毛利氏との関わりの度合いでございました。


実は、いま山口をじょじょに(おか)(きた)る敵、毛利家は、かつて大内家の庇護(ひご)のもと安芸国の山間の小盆地で細々と存続する家に過ぎませんでした。その頃、毛利元就公をはじめ、ご長子の隆元殿、三男の隆景(たかかげ)殿は、山口にやって来て、先代の大内義隆公に拝謁したことがございます。それどころか、隆元殿と隆景殿は、何年にもわたり人質として大内館に逗留(とうりゅう)し、訓育されていた過去があるのです。


時が流れ、大内家と毛利家とは(たもと)を分かったとはいえ、その頃からの(えにし)は、まだ多少なりとも両家のあいだに残っておりました。


そのなかでも、もっとも緊密なものが、ここ内藤家より毛利隆元殿の正室として嫁いだ、あやや様の存在でございます。あやや様は、先代、内藤興盛殿や、隆春殿と血の繋がった実のご兄妹に当たります。


より正確に申しますと、あやや様は、内藤を出て、いったん大内義隆公の養女となられ、そこから、大内・毛利の(よしみ)(あかし)として隆元殿へと嫁がれた格好になるのです。すなわち、あやや様(嫁がれたあとは、毛利家内で尾崎局(おざきのつぼね)と呼ばれておりました)は、大内、内藤、毛利三家の、和平と友好のよすがでした。

毛利は、この(つて)をたどって、じんわりと内藤家への調略をはかって参りました。

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