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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第一章  謀叛 (1)

(すえ)さまご謀叛の噂が、山口の町の辻々に流れ始めたころ、かな様は、まだほんの十三歳でございました。陶さまの逆心について、これから起こるであろう大乱について、はたまた兵火による自分たちの生活への影響について。ひとびとが眉根を寄せ、声をひそめてささやき合う、そんな光景を目にはしたかもしれませんが、その意味するところを深く心にとめることはなかったでありましょう。


なにしろまだ、娘子(むすめご)というより、(わらべ)といったほうがよいくらいのお年頃。山口城下でも第一等の大身(たいしん)、内藤家の庇護を受け、その大きな大きなお屋敷のなかで、一見、笑いの絶えない、楽しい日々を送っていたのでございます。


しかしながら、かな様のご気性は、これはもう、生まれつきの(はげ)しいもので、気も強く(かん)も強く、いったんそれが弾けると、あたりが大変なことになります。泣きわめき、叫びまわり、暴れ狂ったあげくに、しかししばらくすると、ぴたりと収まり、再びあの美しい笑顔でにこにこと花を摘んでいたりするのでございます。あたりの女中たちなど、おそらくは、気の(やす)まる日が、一日たりとてなかったのではございますまいか。


ところが不思議なことに、その誰もが、なぜか心よりかな様をお慕い申し上げていたのでございます。


それは、あの目鼻立ち、気品のある額やうなじの線などが、老若男女あるいは貴賤の別を問わず、誰の目をも奪うほどの美しさであったということもありましょう。しかし、起伏の烈しいあの気性のかげに、常に皆を思いやる優しい心を持っていたこと。荒れているとき以外は、誰に対しても裏表がなく、公平な振る舞いをすること。これらの美質を、周囲の誰しもがよく知っていたからなのだと思います。




ひょっとすると、あの尋常ならざるご気性は、そのすべてが生まれつきのものではなく、かな様をとりまく、お家のとても悲しい経緯(いきさつ)によるところが大きかったのかも知れませぬ。


かな様は、安芸(あき)国の山中に威を張っていた、宮庄(みやのしょう)というお家のご出身でございます。宮庄家は、勇猛をもって鳴る吉川(きっかわ)氏を支えた重臣のお家柄。かな様の祖父にあたる経友殿は、ご主君の吉川興経(おきつね)殿をよく(たす)け、若い頃より一軍を率い、山陰山陽の山野を駆け回っては()く敵を打ち破り、武名を(ほしいまま)にしました。また、吉川一族からは、妙玖(みょうきゅう)様があの毛利元就公の正室として嫁ぎ、のちに三本の矢として世に聞こえたる隆元・元春・隆景公を成し、大国・大内と尼子のはざまに生きる安芸の国人同士の紐帯を固め、独自の地位を築いていたのでございます。




しかしながら、その妙玖様が若くして亡くなり、また、大内様が月山富田(がっさんとだ)城攻めに失敗してこの地域の勢力図が大きく塗り替わってから、すべてが暗転しはじめました。まず、有為転変(ういてんぺん)する周辺国の情勢におろおろし、数名の佞臣(ねいしん)の言に振り回されいっこうに向背の定まらぬ興経殿に対し、元就公が不信を持ちました。そして、吉川家中の伝から手を回して家中を分裂させ、しまいには興経公をなかば無理に隠居させ、みずからの次男・元春殿を後継に押し込むことになったのです。


これに怒ったのが、かな様の祖父、宮庄経友殿でございます。経友殿は、嫡子の基友殿とともに、この元就公の容赦のないやりように抗議し、さまざま抵抗した由にございます。この、武士としての筋の通った義に、周辺の国人(こくじん)どもや領民たち、みなみな涙を流さぬ者はなかったと聞きますが、同時に、浮世の義など、それっきりの、じつにはかないものでございます。みなみな、口では宮庄の義を褒めそやしますが、その実、自らは保身のため、毛利と、その意を受けた吉川家中の裏切り者どもに(よしみ)を通じておったのでございます。


異変が起こったのは、興経殿が隠居させられ、蟄居(ちっきょ)の身となりてから半年ほど経ったあとのこと。とつぜん、現ご当主吉川元春殿の派された一隊が興経殿を襲いました。もちろん、裏で糸を引くは元春殿の父君、毛利元就公でございます。周到な元就公は、剛勇無双の興経殿による抵抗を警戒し、あらかじめ興経公の身辺警護を行う者共を利で釣り、近くにある弓の弦を切り、刀はわざとなまくらなものとすり替えておいたため、取り囲まれた興経公は、なにもできずに斬られてしまいました。

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