第五章 うたかたの夢 (3)
氷上と左座は、互いに顔を見合わせました。これはまた、けったいな姫が訪うてきたものじゃ。さてさて。如何様に遇するべきや?
かな様は、そんな彼らの様子には構わず、言いました。
「そち等が何者で、何をしにきたのか、また何が目的なのか。そのようなことは、どうでもよい。」
「はて。それを問いに来られたのではないのですか?」
氷上が、目を丸くして、聞きます。
「うむ。妾は、そちが、義長公の身代わりとなられていた理由を、ただ知りたかっただけじゃ。これでわかった。わかって、胸のつかえが下りた。なので、もう、それでよい。」
「それで、よいと?」
「二度言わすな。よいと申したら、よい。」
「されど、いま申したことども、周りの者どもには、黙っておいていただけませぬと。巷では、あの舞はあくまで義長公が舞われたことになっておるのです。今さら替え玉だったと知れるは、これ、些か不都合が・・・」
「言わぬ。誰にも言わぬ。妾が言わぬと申さば、本当に言わぬ。なので、気に病まぬでよい。」
この美しい姫には、本当に、裏表がなさそうです。
彼女が、黙るといえば、本当に黙っておいてくれるでしょう。
その言葉を聞き安心はしたものの、まだ氷上は、どうにも割り切れないものを感じておりました。
わざわざ、そのことを問うためだけに来たのか?
我々の正体を見通していて。
我が身に降りかかるかも知れぬ危険を冒して。
話をそれだけで終わりにしてしまってよいものか?そのまま、この娘子を帰らせてしまって良いものか?
考えがまとまらぬまま、氷上はもう少し、話の接ぎ穂を探して、この姫と語らおうとしました。
もちろん、そう考えたもっとも大きな理由は、この国を失いし流浪の姫の凛とした、あまりの美しさに心が烈しく揺さぶられていたからでもございます。
氷上は、三十路のなかば。いちど死別したあとは妻帯もせず、ただただ十数年、芸事をひたすらに追求してきた男なのです。
・・・い、いや、彼にはもうひとつ別の貌もございました。そのことについてはあとでお話しますが、とにかく、身の回りに近づく女性は、彼にとっては、邪魔でしかございませんでした。
そのような彼が、いま、ひとりのうら若い娘子の、予想のつかない振舞いに、芯から心を乱されております。そして、魅かれかけています。
そのことを感じ、隣で、かすかに左座が眉を顰めました。