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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第三十章  懺悔 (7)

そして、その元教様のご最期についてでございます。なぜ、あのとき謀叛がとつぜん露見したのか。私は、ずっと不思議でございました。しかし最近、だいたいの見当がつくようになって参りました。


大友氏との和睦のあと始まり、長年に亘って毛利家を苦しめた織田勢との危急存亡の大戦。織田信長公が手下に討たれ、その(ぜい)が四分五裂し、つい先年、あとを襲った羽柴秀吉殿と和議が成ったばかりです。そして、あの戦いの最中における織田勢の事情が、それとはなしに山口にも聞こえるようになって参りました。


あのとき、元教様ご謀叛(むほん)の露見した天正六年は、毛利と織田の戦が(たけなわ)となっていた頃でございます。まだどちらが勝つともわからず、また、毛利のみならず四方に敵を抱えた織田信長公が、手強い大敵・毛利家の背後を取るために、大友と裏で手を結んだのでございます。


そして、信長公に京を逐われ毛利領に逃れられた元将軍足利義昭公が、毛利への馳走(ちそう)とばかり大友家を九州の凶賊(きょうぞく)と声高に非難しはじめ、これによる京での威信低下を怖れた大友が、信長公に支援を求めました。信長公は、掌中(しょうちゅう)に収めたも同然の朝廷に多額の金銀を献じ、「賊徒」と非難された大友家へ、新たに(たっと)き官位を授けることに成功したのでございます。これにより都における大友の威信は保たれ、義昭公の悪罵(あくば)は、ただの負け犬の遠吠えのように虚しく響くのみとなってしまいました。




この大きな「借り」が、元教様の命運を()めました。大友は、織田に対し、なにか対毛利戦における大きな馳走(ちそう)をなして、返礼をせねばならぬ立場に追い込まれたのです。さりとて、長年の戦に疲れ果てた大友は、もう今さら戦端を開く訳には参りません。代わりに、なにか毛利に打撃を与えたと見えるような貢献はできないか。


そこで、犠牲として供されたのが、あなた様の息子、元教様のお命だったのです。毛利家山口奉行の一族に、謀叛出来(しゅったい)。それを(あお)りふたたび山口の町を危機に陥れたのが大友家であるなら、そのこと、織田に対し充分胸を張って貢献なりと主張できる、大きな手柄でございます。


細作が(はし)り、毛利家の内部に、元教様が豊後に通じている旨の噂を、みずから()いて廻りました。その噂は、耳聡(みみさと)い福原貞俊殿の耳に届き、福原殿は、他の者に聞かれて市川家の立場が悪くなることを怖れ、先んじて経好殿にのみこれを伝え、早々の処断を迫ったのでございます。


すなわち、実の父に対する想いから、実際に豊後と通じ、密やかにやり取りを続けていた元教様は、その豊後に()てられ、織田信長公が下された官位の対価として、お命を落とすこととなってしまったのでございます。


聞けば、近頃の京では官位など金で買えるものだそうで。その相場は、たかだか黄金数十枚程度であるとか。富強を誇る信長公には、なんでもないような費えでございます。


あなた様のご子息は、そのわずかな黄金の代わりに、死なねばならなかったのです。あなた様と氷上とのあいだに生まれた、あのかけがえのない元教様の命の値段は、たかだか、黄金数十枚程度のものだったのでございます。




これが、結末でございましょうか。これが、あの、闇のなかで私が身を焦がしながら眺めた、氷上とあなた様との愛の行く末なのでございましょうか。


そんな莫迦な・・・そんな莫迦な。


この山口に生き、この山口に暮らし、笑い、そして泣いた私どもの生涯は、いったい何だったのでございましょうか。なにか、もっと、黄金などでは計れない、価値のあるものではなかったでございましょうか。

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