第三十章 懺悔 (2)
かな様。
あなた様と知りおうて、はや三十数年の月日が流れます。かつてのあなた様がお持ちであった、あの輝くような美しさはすっかりと影を潜め、つややかな緑髪はばさばさと乱れ抜け落ち、蕩けるようであった膚はすっかりくすみ、頬は落ち窪み、眼のまわりは、なにか蒼黒く痣のようになってございます。
聞けば、いかな美女でも、死してのち穴に入り歳月経てば、見るもおぞましく崩れ、溶け、腐乱し、蛆に喰われて、さながら地獄の鬼のような有様になってしまうとか。
おそらくは、あれだけ美しかったあなた様も、きっとその自然の理の例外ではないのでございましょう。このまま時が経てば、私が密かに慕い、恋し、憧れ続けたあなた様の面貌はすっかりと崩れ、腐敗し朽ちてゆき、やがて土へと還ってしまうのでございましょう。
・・・いや。ご安心ください。
左様なことには、なり申さぬ。私はまもなくここを去り、やがて夜が明け、入れ替わりに隆久様がやって来られる筈でございます。あのお優しい、徳丸様が長じられたお姿でございます。
隆久様には先ほど私から便いを出し、昨夜、あなた様が身罷られたことをお伝え申し上げております。孝心厚き隆久様のこと、きっと、あなた様の冷たい手を取りてさめざめと泣き、顔を撫ぜ、ひとこと、ふたことこれまでの詫び言など申されながら、連れて参った家臣どもに銘じて、あなた様の亡骸を丁重に棺に入れ、国清寺へと運んで行かれる筈でございます。
国清寺に、もう恵心和尚は居りませぬ。しかし、あれだけ口を極めてあなた様の行いを非難しておられた和尚も、あなた様をお迎えすることに、今となっては何も反対なさいますまい。あの籠城の際の般若のようなお振舞いについて、あまりにも驚き、失意のあまり晩年はあなた様を拒みましたが、和尚も、あなた様を愛し、あなた様に好意を寄せていた多くの人々のうちの一人なのです。
ご安心ください。あなた様には、すでに、心安らかに御休みいただける静かな墓所が、国清寺の片隅に、ひっそりと用意されてございます。
元教様が亡くなられたあと、正式に市川家の跡取りとなった太郎様・・・いや、今では市川元好様は、お父君のあとを継いで山口奉行となられ、あちらこちらを忙しく行き来しております。
世上の噂では、お父君に勝るとも劣らぬ名奉行ぶりで、毛利家の西の安定に多大な貢献をされておられるとか。やはり血は争えぬものか、実の父上の政務における稟質を遺憾なく受け継がれたご様子。もちろん、あなた様の凛とした意志の毅さ、そして深き海のような優しさといった美質も、存分に受け継がれ、両のお子のなかに、たしかに生きておりまする。
そんな元好様、隆久様がおわす限り、市川のお家は安泰でございます。聞けば、宮庄家も、安芸にてまずまずのご繁栄ぶりとか。お家のことで、あなた様が心煩わすようなことはございませぬ。どうか、ご安心くださいませ。




