表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
138/145

第三十章  懺悔 (2)

かな様。


あなた様と知りおうて、はや三十数年の月日が流れます。かつてのあなた様がお持ちであった、あの輝くような美しさはすっかりと影を潜め、つややかな緑髪はばさばさと乱れ抜け落ち、(とろ)けるようであった(はだ)はすっかりくすみ、頬は落ち(くぼ)み、眼のまわりは、なにか蒼黒く(あざ)のようになってございます。


聞けば、いかな美女でも、死してのち穴に入り歳月経てば、見るもおぞましく崩れ、溶け、腐乱し、(うじ)に喰われて、さながら地獄の鬼のような有様になってしまうとか。


おそらくは、あれだけ美しかったあなた様も、きっとその自然の(ことわり)の例外ではないのでございましょう。このまま時が経てば、私が密かに慕い、恋し、憧れ続けたあなた様の面貌はすっかりと崩れ、腐敗し朽ちてゆき、やがて土へと還ってしまうのでございましょう。


・・・いや。ご安心ください。


左様なことには、なり申さぬ。私はまもなくここを去り、やがて夜が明け、入れ替わりに隆久様がやって来られる筈でございます。あのお優しい、徳丸様が長じられたお姿でございます。


隆久様には先ほど私から便いを出し、昨夜、あなた様が身罷(みまか)られたことをお伝え申し上げております。孝心厚き隆久様のこと、きっと、あなた様の冷たい手を取りてさめざめと泣き、顔を撫ぜ、ひとこと、ふたことこれまでの詫び言など申されながら、連れて参った家臣どもに銘じて、あなた様の亡骸を丁重に棺に入れ、国清寺へと運んで行かれる筈でございます。


国清寺に、もう恵心和尚は居りませぬ。しかし、あれだけ口を極めてあなた様の行いを非難しておられた和尚も、あなた様をお迎えすることに、今となっては何も反対なさいますまい。あの籠城の際の般若のようなお振舞いについて、あまりにも驚き、失意のあまり晩年はあなた様を拒みましたが、和尚も、あなた様を愛し、あなた様に好意を寄せていた多くの人々のうちの一人なのです。


ご安心ください。あなた様には、すでに、心安らかに御休みいただける静かな墓所が、国清寺の片隅に、ひっそりと用意されてございます。




元教様が亡くなられたあと、正式に市川家の跡取りとなった太郎様・・・いや、今では市川元好(もとよし)様は、お父君のあとを継いで山口奉行となられ、あちらこちらを忙しく行き来しております。


世上の噂では、お父君に勝るとも劣らぬ名奉行ぶりで、毛利家の西の安定に多大な貢献をされておられるとか。やはり血は争えぬものか、実の父上の政務における稟質(びんしつ)を遺憾なく受け継がれたご様子。もちろん、あなた様の凛とした意志の(つよ)さ、そして深き海のような優しさといった美質も、存分に受け継がれ、両のお子のなかに、たしかに生きておりまする。


そんな元好様、隆久様がおわす限り、市川のお家は安泰でございます。聞けば、宮庄家も、安芸にてまずまずのご繁栄ぶりとか。お家のことで、あなた様が心(わずらわ)わすようなことはございませぬ。どうか、ご安心くださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ