第三十章 懺悔 (1)
さて、そろそろ、この長い物語を、終えなければなりませぬ。あなた様とお別れするのは誠に辛いのですが、致し方のない頃合いでございます。なぜなら私、左座宗右衛門も、あなた様とは別の方角へ、旅出たなければならない身の上でございますから。
長らく私の独言のような話にお付き合いいただき、あなた様には、あらためて厚く御礼を申さねば。旅の先を急がれる御身にも関わらず、長々とお引止めしたこと、重々お詫びいたします。
お詫びすべきは、それだけではございません。
これまでのお話のなかで、自分のことを、左座は何々、などと、まるで他人を見ていたかのように語ってしまったこと。聞こえてもおらぬ会話、見てもおらぬ事などを、そこにてまるで見ていたかのように、私の中の想像だけで語らってしまったこと。
これは、武士の風上にも置けぬ卑怯千万な語り方であったかもわかりませぬ。かつてのあなた様ならば、もっともお嫌いになりそうなやり口でございますな。
しかしこうしたには、理由がございます。
私がこれまで語りしことは、あなた様もすでにご存知の話。いや、大部分が、あなた様ご自身にまつわることでございます。しかし、見えている物事は、ただ表面ばかりのこと。あなた様の眼にそう映っていても、実際はまるで違う背景を持っていたりするものでございます。
いまから、この左座の知る真実を、あらいざらい、ぶちまけてしまいたいと思いまする。あなた様のお身体が、まだかろうじてこの世に在るうちに。わたしの目の前に横たわるのは、ただの冷たい骸なのだとしても、おそらくあなた様の清き魂は、まだどこか、近うを漂うておられる筈でございます。
この私の犯した間違いを、小さな罪を、悔過し、懺悔したいのです。あなた様のまえで。この左座が、これまでひとり何を思い、なにをなしたのか。そしてそれが、どのように重大な結果を齎すこととなってしまったのか。
お聞きくだされ。お笑いくだされ。そして・・・お叱りくだされ、この左座を。この愚かで、莫迦で、卑劣極まりない小さき男を。
すべて間違いの始まりは、この左座であったのでございます。あなた様の、氷上太郎の、そして元教様の生涯を狂わせた悪しきことどもについて、すべての責を負うべきは、ひとり、この愚かなる左座宗右衛門なのでございます。
もちろん、いまさら何をどのように物語ったとて、還らぬ命が還るわけではございません。あなた様の旅立ちを、止められるわけでもございません。
しかし、この私の犯した罪の中身を、遅まきながらではございますが、あなた様にだけはぜひお聞きいただきたいのです。そして私が、なぜその罪を犯したのかについても。決して、許しが欲しいわけではございませぬ。ただ、あなた様には・・・ただただ、知っておいていただきたいのでございます。
そのうえで、あの日あのとき、この山口の町で生き、死んでいったすべての者たち。すなわち、氷上太郎、市川経好、元教、おたき。そして他にも、今はなき多くの者たち。
彼らの生涯を、寿ぎたいのです。
彼らに、永遠の命を、与えてあげたいのです。
かれらが望み、恋し、想い焦がれて掴んだ夢と、掴み損ねて落ちていった奈落の闇と。私は、ここに生きて、目にしたこと、耳にしたこと、そうしたことどもを夜通し、すべて語って参りました。
あなた様とその想い出を分かち合い、ともに泣き、笑い、そうして、彼らの思い出を永遠のものとしたいからでありました。
そうして、最後に、私の犯した罪を、私の言葉で懺悔し・・・さすれば、物事の表と裏を、すべてあなた様に知っていただくことができます。この現し世の穢き真実と、そうであるがゆえに尊くどこまでも美しい、あなた様の生涯とを。
そしてそれこそが、私があなた様に贈る、別れの言葉でございます。
ただ頭を下げ、笑い、「左様なら。」それだけ申せば良いのにも関わらず、それができないのがこの私でございます。斯様な自分自身の不甲斐なさを、私はこれまで、何度呪ったことやら。これだけ機会がありながら、面と向かって言いたいことも申せず、ただこうして、あなた様の旅立ちのどさくさに裾を引き、無理にお引止めして、くだくだしくこれまでのことなど物語るのです。
本当に情けなく、また申し訳のないことでございます。




