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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第三章  海の向こうから来た男 (2)

大友あらため大内晴英殿は才気煥発(さいきかんぱつ)、その英気も覇気も素晴らしく、諸将に対する応対も公平かつ断固とした自信に満ち、迎え入れた旧叛乱軍の首脳部には、この上ない安堵が広がりました。陶隆房殿はさっそく手配りして、晴英殿からお名を一文字、偏諱(へんき)として頂戴し、自らの名を陶晴賢(はるかた)と改めました。これは、新君主への忠誠を誓い、自分はあくまでその一武将として新体制を支えていくことを、内外へ向け高らかに宣することでありました。


ただし同時にそれは、自らのなした過去の叛乱が、決して野心からの下剋上(げこくじょう)ではなく、あくまでお家の政道を正すためのやむにやまれぬ義挙であったと、暗に周囲に訴えかけるものでもありました。西国随一の名将、陶晴賢殿の、思いもよらぬ心の脆さが出た一件。悪人は悪人らしく、堂々と振る舞っておれば、その後の彼に降りかかる悲惨な運命も、また少しは違ったものになっていたかもしれないと思われるのですが。


とはいえ、当座、新君主を迎えた連合政体を運営する上では、そうした晴賢殿の思慮深い振舞いはきわめて好都合なことであります。晴賢殿は、隠然たる実力は保持しつつもこれを表向きには一切出さず、万事につけご主君の晴英殿を立て、諸侯よくみなこれに和し、それによって人心は落ち着き、ここに漸く大内氏を自壊の危機に追い込んだ叛乱は、名実ともに終熄(しゅうそく)したのでございます。




山口に、また大内氏の領国全域に、かつてのような落ち着きが戻りました。これは、西国一の富強を誇り、朝廷や幕府にも多額の献金を行っていた大内氏の経済力がもとのとおり保持されることを意味し、遠く離れた京の都からも、大いなる喜びの念がかたちになって伝わってまいりました。翌年、大内晴英殿は、足利幕府第十三代将軍義輝公より偏諱(へんき)を受け、御名を大内義長と改められたのです。もちろんこれは、主君の弑逆という暗黒の行為により成った新政権が、正統のものとして中央の正式の認可を得たことを意味します。


新生大内氏の行く末は、盤石(ばんじゃく)でした。いや、少なくとも、ここまでは盤石に見えました。




さて。この、将軍よりの名誉ある偏諱が伝えられた際、これを記念して、現当主、大内義長公が発案された能楽の催しが行われたことを、あなた様は覚えておいででありましょう。もう、三十年以上も前のことになりますな。


ご承知のとおり、この催しは、いまお話しているわたくしの物語において、あらゆる人々の運命を変える、忘れられない重要な出来事となるのでございます。


義長公は、名家の気軽な次男坊として無聊をかこっていた時分、豊後府内(ぶんごふだい)大友館(おおともやかた)で夜ごと催される能楽の集いが、楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。当時の府内は、おそらく、日の本では山口と堺に継ぐほどの豊かな湊町でした。そこに住む者は数万を数え、ここ山口と九州北部一円、さらに海外からの物産と富を中継する、きわめて重要な商都です。


当然、諸国の富が集まるそこには、都から多くの連歌師や茶人、蹴鞠師、その他あまたの風流人などがやってきて、さまざまな数寄(すき)やら芸事やらを大友のお館様やお侍がたのお目にかけ、悪くいうなら、富のおこぼれに(あずか)ろうとします。


能楽は、そのなかでも一番人気を集めた出し物でございました。そとめは無骨な堀で囲われた大友館は、なかに鏡のような水面(みなも)(たた)えた風雅な池を配しております。そして、その畔にするすると伸ばされた能舞台で、夜毎演じられる幽玄な能楽の数々。若き義長公は、日々それらの演目に接し、かなりの目利きとなり、また自らも役者としてときに舞台に立つくらいの風流人となっていたのです。

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