第二十五章 使徒 (3)
根来衆のうちのひとりが、彼らの存在に気づき、大声で注意を呼びかけました。それと同時に、二騎はゆっくりと前に進みはじめ、あちこちに散らばる死骸を避けながら、城門へと接近して参りました。腕にそれぞれ長さ一間ほどの持槍を抱き、その背に指す旗指物には、他の兵らと少し違った文様が染め抜かれておりました。上の方は、他と同じ風格のある大内菱なのですが、下のほうは、見慣れぬ縦と横の一文字が交わったような模様になっております。
「切支丹じゃな。」
二騎の接近を眺めていた楼上の誰かが、言いました。その言のとおり、それは切支丹が崇める細長い十字の模様で、これは彼らの教祖が遠き昔、異国の丘の上で磔刑に処された時の杭、すなわち十字架を写し取ったものだと言われております。
二騎の切支丹の武士は、ゆっくりと馬を歩ませ、そのまま、城門から十五間ほどの距離で止まりました。隅から隅まで、優雅な、落ち着いた所作でございました。兜の目庇の影になり、その顔までは見えません。うち一人が、大声で、こう呼ばわりました。
「忠烈なる毛利軍の諸士にご挨拶申し上げる。ここまでの果敢な抗戦、今は敵同士とはいえ、大いに感じ入って御座る。我らは、大内家再興を期し、当地へと戻り来たった者。ついてはお尋ね申したい。当城に、毛利家山口奉行、市川経好殿のお身内はおられるか?」
「居たら、何じゃ?」
すかさず、元教様が、大声を上げて立ち上がりました。
「おのれら、この地を侵さんと攻め来たる邪宗の賊徒どもに、斯様なことをいちいち問われる筋合いはない!」
十四歳の、若き血潮が猛り立つままに、感情をぶつけ、母を傷つけられた怒りをぶつけました。
いきなり立ち上がった若武者のあまりの剣幕に、しばし顔を見合わせていた二騎ですが、やがて、先に呼ばわったほうとは別のほうの武士が顔を上げ、落ち着いた声音で元教様に言いました。
「これは、名乗りもせず、ご無礼致した。拙者、名を大内周防守輝弘と申す。いま、彼方に居並ぶ一軍を預かり、これを率いておる者。大将でござる。傍らに居るは、倅の武弘。なにとぞ、お見知りおき願う。」
「周防守じゃと、なにを抜かす!戯言を申すな!それに、将みずからが軍使じゃと?敵陣の前まで、種子島の的になるため、のこのこやって来るだと!斯様な阿呆な大将が世に居るものか!笑わせるでないわ!」
元教様は、唾を飛ばして続けざまに悪罵を並べ、楼上から吼え続けました。
しかし、その元教様の肩に、後ろから、そっと手を置くものが居りました。今まで局の手当をしていた恵心和尚が立ち上がり、元教様を押さえ、前へと出たのでございます。
「貴公、真に大内輝弘殿でござるか?」
恵心和尚は、その容貌からは想像もつかぬ大音声で、彼方の騎馬武者に呼ばわりました。
和尚は以前、京に居た折、輝弘の名をすでに聞いておりました。大友家が運動し、将軍家からわざわざその名を賜ったのです。その時は、意図まではわからず、ただそれをそのまま毛利家に報ずるのみであったのですが、今となっては、輝弘なる名の偏諱は、なにか今回の策戦に通ずる壮大な遠謀であったような気がしてきたのでございます。




