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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十五章  使徒 (2)

このものすごい一連の出来事は、言葉のとおりに瞬く間、そこに居合わせた全員が、おそらく瞬きを一度、したかしないかくらいの間に起こったことなのでございます。


右腕を喪ったおたきは、あまりの衝撃と激痛をこらえかね、ぎいい、という、地獄の鬼が()くような声を上げました。次いで左座が飛び上がり、自分の目方を全部かけた一蹴りを頭に食らわせて、彼女は、気絶しました。周囲から数名の兵が駆け寄り、血に(まみ)れて意識を喪ったその身体を取り押さえました。


「母上!」

元教様が、狂ったように叫びながら母に取り縋り、恵心和尚も、そのとき楼上にいたすべての者どもが、一斉に局のほうを見ました。


すこしの間だけ、床に伏した市川局ですが、やがて、右手をついて起き上がり、

「大事ない!」

と大声で周囲に呼ばわりました。しかしすぐそのあと、ごほごほと大きな咳をして、口から血を吐き、また崩折れました。




そのあとの小半刻ばかり、戦に大勝利を収めたはずの高嶺城の大手門上は、いまだ戦が続いているかのような大騒ぎになっておりました。医師、薬師はこの城におらず、多少の医術の心得がある恵心和尚が、日頃の飄々(ひょうひょう)たる温顔はどこへやら、厳しい(かお)で配下の小坊主どもを叱りつけては、諸肌脱(もろはだぬ)ぎになって乳房をあらわにしている局を必死に手当しております。


囚われたおたきは、腰に縄を掛けられ、脚を縛られ、ただ腕の千切れた部分にだけ血止めの薬が雑に塗られ、そのまま転がされておりました。いずれ、気がつけば厳しく詮議され、憎むべき卑劣な細作を必ず見舞う運命、すなわち、頸を打たれることとなるでしょう。


左座宗右衛門は、先ほど、局への襲撃を防ぐ大功をたてたばかりですが、一刻たりとも無駄にせず、次は各方向からの総攻めに備えよとばかり、山上の郭のほうへと向かい、そこでの部署などを手配りしております。各銃列を成していた兵らの半分ほども、いまは配置を離れ、湯を沸かしたり、足りなくなった早合の口を切ったり、今のうちにと用便に走ったり、のちの戦に滑らぬよう血に塗れた楼の床を拭いたりしておりました。




この状態で、眼下遠くに居並ぶ大内輝弘の大軍団が一斉に総攻撃をかけてきたら、高嶺城の命運も極まっていたことでございましょう。なんといっても、この城を守る者どもの魂、いや、天から(つか)わされた武神とも言うべき市川局が、負傷して意識を失い、床につっ伏していたからでございます。局に代わるべき守将、元教様も、母が目の前で深傷(ふかで)()うては、ただおろおろする十四の青侍(みじゅくもの)に過ぎません。


しかし、激しく転変する戦局は、この城を守る彼らに、それ以上の猶予を与えてはくれませんでした。さきほどから、大手門前広場のかなたに、美々しい旗指物を背にした二人の騎馬武者が姿を現し、楼上の騒ぎをじっと、眺めていたのでございます。

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