第二十四章 鉛の壁 (2)
しかし、味方の命まで踏み砕いて突撃した第二波の命運も、第一波のそれと大差ございませんでした。その時点で、すでに種子島の一斉射撃を二度続けて喰らっており、その数は半減しておりました。第一波同様、彼らのうち、闘志を失わぬ者が立ち上がって、さらに突進を試みますが、あとはもう、一斉射と左座らの狙い撃ちの的になるだけでした。
続いて第三波が姿を現しました。彼らは、眼前に広がる恐ろしい光景にさいしょから腰が砕け、動きが鈍く、おっかなびっくりで前進して参ります。このときまで十撃を数えていた死の一斉射撃は、すでに八十名を越える敵兵の命を奪い、あるいは傷つけて地面に叩き伏せておりましたが、この第三波を見舞った惨害は、さらに輪をかけて悲惨でした。脅えながら進む彼らは、人の心情として自然と相互に固まり、幾つかの黒い大きな塊になりつつ分進する格好となったため、楼上の銃士たちからすれば、まとめて鉛弾を叩き込むに適した、ただの、のろのろとした的になってしまったのです。
動きの遅い彼らには、容赦のない五撃もの一斉射が加えられ、ほとんど間を置かずに百発に近い鉛玉が叩き込まれました。さらに生き残りは手練の左座ら射手にひとりひとり狙い撃ちされ、わずかに逃げようとする数名には背後から弓矢の雨が襲いかかりました。昨日までそこらの藪に自生していた矢竹の幹を削った、鋭い鋒を幾本も背に受けた彼らは、ほぼ全員が広場のなかで命を散らしてしまったのでございます。
ただ惰性のように現れ、あちこちに倒れる味方の死骸に躓きながら、なんら変化なき気の抜けた突撃を行った第四波と第五波も、これを全く同じ運命を辿りました。
やがて突っ込む意思を持った兵どもの数がことごとく尽き、攻撃が自然と止みました。
結果は、ご覧のとおりの一方的な勝利、いや虐殺でございます。林泉軒のもたらした、二百丁もの種子島と早合は、手練の根来衆や左座らの即製の訓練を受けた射手と銃列の各兵らに操られて間断なく銃火を浴びせ続け、自らはほとんど一兵も損ずることなく、寄せ来る敵兵の大波を次々と破砕し、壊滅させたのです。
高嶺城大手門前には、おそらく二百ないし三百を越える敵兵の死骸が堆く積みあがり、刀や槍、飛び散った甲冑や陣笠、あるいは人体の一部分が其方此方にごろごろと散乱しておりました。そのすべてがどす黒い血に覆われ、滴り落ちた血は、地面のあちこちに不気味な糊状の黒い池を成して広場を染め上げておりました。地獄で妄人どもを責め苛み、その脚を取っては引き摺り倒す血の池とは、おそらく、このような色をしているのでありましょう。
そこには、まだ幾体か、辛うじてまだ命をこの世に繋ぎ止めた肉塊が残っており、それらはなにか聞き取れぬ呻き声をあげながら、当て所もなくもぞもぞ這い、先ほどまで味方であった別の骸にぶつかって進路を塞がれ、しばらくもがき、そのまま事切れてゆきました。何名かは、まだ「おっかあ」などと、母親を呼ぶだけの意識を保っておりましたが、数名の根来衆は、そうした声のするあたりを徹底的に狙い、情け容赦なく鉛弾を撃ち込み、その生命の火を消して廻りました。やがて、広場のどこからも声が消え、音が消え、あたりには漠とした静寂が訪れました。