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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第三章  海の向こうから来た男 (1)

話が、前後いたします。


叛乱を成功させ、大内家内の実権を奪った陶隆房(すえたかふさ)殿は、しかしその後、鬱々(うつうつ)と楽しまない日々を送っておりました。なにより、もともとが人の和の(よじ)れにより発した叛乱です。蹶起(けっき)が無事成功し、山口を陥れ文弱に流れた主君をその近臣ともどもまとめて討ったまではよかったのですが、それははっきりと意図した下剋上(げこくじょう)ではなく、隆房殿には、大内に取って代わり、この西国一の大版図を()べる意思など、もとより、ありはしませんでした。


すなわち、主君を討つところまでが彼の思考の終着点で、その先をどうするか、特にはっきりとした考えがなかったのです。浅はかと申すべきでした。おそらく、彼はそこまでの悪人にはなりきれなかったのかもしれません。陶は大内氏の忠良なる重臣として、引き続きお家を支えるという神妙な態度を変えず、すなわち大内氏の統治機構は、そこに座るべき人物が空位のまま、ただ存続し続けているという、奇妙な状況が現出していたのです。


とはいえ、彼ら叛乱軍が、まったくなんの事前準備もしていなかったわけではありません。兵を起こす前から、近隣の毛利や大友といった諸侯と、ひそやかなやり取りは、なされておりました。ことに先代より関係の深い大友氏とのやり取りは濃密なもので、結局、その大友氏から、弑せられた義隆公に代わる新たな君主が、迎え入れられることになりました。


その名は、大友八郎晴英(はるひで)。現当主、大友義鎮(よししげ)公の実弟に当たります。実は、義隆公ご存命の頃、晴英殿はいちど、義隆公から猶子として大内家内に迎え入れられようとしたことがございます。が、そのあとすぐ、おさい様が義尊様をお産みになられたため沙汰止みとなりました。これは、そのときの縁をまた復活させようという話になります。




聞くところによれば、兄の義鎮公は、当初より弟の大内入りを渋っておられた由。普通に考えれば、身内が、隣国を統べる太守として向こうからのお声掛りで招かれるなど望外の幸運。武門としての名誉というだけではなく、より現実的に国の安全をはかる上での、このうえない好機であるというべきです。


ところが、義鎮公の叡慮(えいりょ)は反対でした。


かつて大友家先代の義鑑(よしあき)公は、豊後に隣接する肥後国を勢力圏に組み入れんと野心を燃やし、名代として実弟の義武(よしたけ)殿をそこに派しましたが、なんと背かれ、長年に渡りこの血の繋がった弟の跳梁(ちょうりょう)に苦しめられました。


今のところはいくら自分と仲睦まじいとはいえ、一国を与えることで晴英殿のお考えが豹変し、いつ肥後の二の舞にならぬとも限りません。


またそれ以前に、いったい陶隆房殿が、どれだけ晴英殿を重んじ、尊重してくれるものかもわかりません。結局は傀儡(くぐつ)として、陶の操る糸の動きのまま踊らされるだけで終わることもあり得るのです。


そうしたさまざまな考えや君主としての勘から、鋭敏な義鎮公には、どうも、弟に海を渡らせると、二度と必ず還ってくることはないとの確信があったようです。


しかし、わが手で一国を統べ、腕を試す機会を逃すような考えは、まだ若く、才知に富み血気盛んな晴英殿には、全くありませんでした。彼は、兄君に幾度も懇請し、この慎重な兄君も、身内可愛さのあまりか、最後は遂に根負けしてしまいました。ここに大友家は、陶様からの招聘を、正式に承けることになったのです。




叛乱から半年後の、天文廿(にじゅう)一年三月三日。次期大内家の当主となる大友晴英殿を載せた大友の関船(せきぶね)が、しずしずと周防国多々良浜の沖合に錨を下ろしました。そのまま、(はしけ) に移り浜に上陸してきた一行のなかに、以後の私の物語において、極めて重要な役割を果たすことになる人物が加わっておりました。その名を、氷上(ひかみ)太郎という、晴英殿のおそば近くに仕える従者です。さらにその横には、左座宗右衛門(ざざそうえもん)という、いっぷう変わった名前の武士も随行しておりました。


彼らは、歓呼の声をもって山口へ迎え入れられ、あらたなる大内氏の歴史が、ここに始まることとなったのです。

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