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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十四章  鉛の壁 (1)

間髪入れずに始まった、大内勢の先遣隊五百名と、城内わずか百三十六名とのあいだの死闘は、(いくさ)というよりも、一方的な虐殺と申し上げたほうが良い、あまりにも(むご)い展開となってしまいました。


百三十六名、いや、正確には城の裏手や(くるわ)などの警備に割いた若干名、また、戦闘には直接参加しておらぬ者どもは数に入れられず、おそらくは実質百名ほどの一団でございますが、とにかく、小勢の彼らが、五百名もの大内方を完膚なきまでに叩き、寄せて来たほぼ全員の命を奪ってしまったのです。




戦闘は、この無謀な命令違反を犯した先遣隊長、狩野某の吶喊(とっかん)から始まりました。雄叫びとともに白刃をかざした彼が、名乗りを挙げることもなくただ大手門前の広場に突っ込み、そのあとに数十名の兵どもが続きました。彼らは、町の民家から奪ってきた数本の梯子を押立て、真黒い甲冑の塊となって、まるで(かまど)の下の御器齧(ごきかぶり)が這ってくるがごとく、真一文字に突き進んで参ります。


そしてこの一団を、櫓門の上から、鍛錬に鍛錬を重ねた廿(にじゅう)ほどの種子島の筒先が、狙っておりました。彼らは、待ちました。この御器齧(ごきかぶり)の吶喊を、引きつけ、引きつけ、引きつけ・・・


「放て!」


元教様の下知(げち)が飛び、種子島が一斉に火と煙を吐いて、びゅんびゅんと音を立てた鉛の玉の風が、黒い甲冑の一団を襲いました。腰が折れて前のめりになる者、勢いに弾かれ上体がのけぞる者、致命傷を受けてその場で横倒しになる者。何名かは、まともに顔面や腹に命中弾を受け、血だらけの脳漿や(はらわた)を飛び散らせて、その場で命なき肉塊と化しました。土煙が立ち、人や槍穂や、ばらばらになった梯子がそのなかに没していきました。




この一撃めだけで、おそらく六名ないし七名を、(たお)したでありましょう。おそろしい、灼熱の鉛の壁に襲われたかれらは、自然に走ることを止め、その場で立ち(すく)み、あるいは地に伏せ、すでに斃れた味方の(むくろ)の陰に身を隠しました。しかし、みずから生きることを半ば諦めた狩野は無慈悲でした。そんな彼らを叱咤し、尻を蹴飛ばし、刀を振り回して立ち上がらせ、ふたたび突進を開始したのです。しかしこのとき、櫓門上では、すでに種子島が取り替えられ、第二撃の準備が整っていました。


最初の突進の勢いを失っていた彼らは、前よりもさらに容易(たやす)い標的でございました。元教様の下知が飛び、ふたたび襲い来たりた鉛の壁は、こんどは十名を遥かに越える兵らの腹に食い込み、兜の鉢を叩き伏せ、腕を切断して宙へと跳ね飛ばしました。


しかし・・・それでもまだ、少数の生き残りが居りました。彼らは、よろよろと立ち上がり、数名が泣き(わめ)きながら逆の方向へ逃げ出し、数名は、なおも城門目指して突進を続けました。廿(にじゅう)の筒先を揃えた銃隊は、彼らにまたも無慈悲な鉛の壁を見舞い、その過半を斃しましたが、あとはもはや無視いたしました。かなたに、次なる百名程度の一団が突撃してきたからでございます。


第一波の生き残りは、左座や根来衆、そして急ごしらえの農民兵たちによる弓隊が始末しました。最後の最後まで生き残り、人間とは思えぬ声で咆哮しながら突撃してきた狩野は、喉に矢を受け、ごぼごぼと黒い血の塊を吐きながら倒れて痙攣(けいれん)し、なおも這いずり門の間近まで迫ってから、そのまま物言わぬ(むくろ)となりました。敵に背を向け、涙を流しながら逃げ出した兵士たちは、哀れでした。彼らはまず、背中を城方の射撃の名手たちから狙われ、ついで脇の櫓台から矢で狙われ、そしてそれにも生き残った数名は、激昂した味方の第二波の集団から槍で突かれ、倒れ伏したところを数十もの脚に踏みつけられ、落命してしまったのです。

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