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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十三章  ただ、なすべきことを (6)

勘のいいおたきは、誰に教わるともなく、ただ眼前の光景を見比べただけで、自分のなすべきことを見つけました。ここに山と積まれた箱の(ふた)を開き、なかの十個の包の口を小刀で切り開く。おたきは、胸元にひとつの小刀を常に隠し持っておりました。これは、彼女が郷里に居た頃より持ち慣れ、使い慣れた小刀です。今回の籠城に際しても、もちろんみずからの護身のため、また敵を殺すためにと、肌身離さずに持っていたものでございます。彼女は、この小刀を使っておそらくは楼上の誰よりも(はや)く封を切り開くことができます。そしてそのあと、箱の両端を持ち、人のごった返す楼上を走って、それを各銃列のもとへと運ぶのです。


楼上は櫓門いっぱいを覆うように広く、横に伸びております。しかし、いま、そこにはこの城の城兵のうち約半分以上もの人が立ち、せわしなく立ち働いておるのでございます。当然、床が塞がり、もっとも大切な胴乱の箱を置く隙間が足りない状態でした。そのため、胴乱の多くは、まだ箱すら開かれず、背後の壁に沿ってうず高く積まれたままになっておるのでございます。封を切った早合(はやごう)を届けたその帰りには、(から)になった胴乱の箱を取り、それを持って走り、楼の背後にただ投げ出せば、変わらず戦闘を続けることができるだけの床の広さが確保できます。


あらかじめ各銃列に用意された開封済の胴乱が少なかったのには、もうひとつ訳がございました。早合は、その口を開いたままにしておくと、火薬がすぐに湿り、いざ発射する時に不発となる危険があるのです。このとき、おたきはこのことをよく知りませんでしたが、いずれ寄せ来る敵を撃つとき、早々に早合が足りなくなってしまうことは自明の理でございました。おそらくこの、胴乱を運ぶ役割を()めて置かなかったことは、左座や根来衆の、数少ない手抜かりでした。おたきは、彼女ならではの勘と(ひらめ)きでこの穴を埋め、楼上にて自分のなすべきことを、早々に見出したのでございます。




おたきが、背後で胴乱の山を崩し、中身を小刀で切り開きはじめたのを見て、数名の足軽らが振り返りました。誰もがいつか必要になる作業であると思っていたため、みな、その動きに納得し、また前を向きました。が、一名だけ、おたきを冷やかすように卑猥(ひわい)な冗談口を叩く足軽がおりました。


「おうい、ねえちゃん、あんま早くに()けっと、玉薬(たまぐすり)が湿っちまうぞう・・・湿らすのは、おまえの別のとこだけにしとけ。」


おたきは、すかさず大声で怒鳴り返しました。

「おう!(いくさ)んあと、じっとり湿らしておめえを待っててやるよ!来てみろ、薬も()かねぇくらいにてめえの玉を、蹴り上げてやる!」


あたりの皆がどっと、大笑いしました。してやられた足軽も、にやにや笑って頭をかき、横の兵に小突かれて、前を向きました。皆々、戦意は旺盛(おうせい)でございました。

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