第二十三章 ただ、なすべきことを (5)
おたきは、このさまを、すべて櫓台の後ろから目にし、眼前いっぱいに広がる櫓門上の数十名の銃隊が、わずか一夜のあいだに、恐るべき実力をつけたことを感じました。いま敵を撃ったのは、左座と、種子島銃に慣れた根来の衆数名のみ。あとは、誰も撃とうとしなかったのです。そしてそのことこそが、すなわち、彼らの実力でした。敵勢近接の恐怖に負けず、事前の命をきっちりと守り、引鉄にただ指だけかけて自重する。これは、そこいらの素人の雑兵や鉄砲足軽どもには、なかなかできる芸当ではございません。
多くの場合、恐怖に負けた誰かが引鉄を引いてしまい、一発だけ銃声が響きます。腰の引けて放たれたそれは、当たらず、どこか明後日の方向に逸れていってしまいます。そして、それにつられ次々と皆が引鉄を引き、ばらばらの気の抜けた一斉射撃となってしまうのです。そうなると、広場は敵味方問わず大混乱に陥り、敵勢はすぐと逃げて行ってしまうでありましょう。慎重に、それぞれの持ち分をあらかじめ決めて、撃ち倒す相手を手の合図で定め、割り振っていた左座らの腕も見事でしたが、それ以上に、その間、凝っと撃たずに耐えていた、廿ほどの銃列の急速な熟練に、おたきは強い印象を受けました。
おそらく、これら物見が撃ち倒された際の銃声は、この斜面のすぐ下に控えているであろう敵勢に、聞かれておる筈でございます。その隊の隊長は、生き残りが戻って復命するのを待っておるでしょうが、戻らぬとわかれば、また物見を出すか、それとも一気に寄せるかの決断を迫られることになるでしょう。それまでに、ほんのしばしの間があるはずです。
おたきは、そのままそこに立ち尽くしていましたが、はっと我に返って、自分のなすべきことを探しました。
すぐと来たる、今度こそ本物の戦闘に備えて、いまここで自分にできること。
おたきは、楼上奥に積まれていた、胴乱の箱を見つけました。それらは個々、腰に提げられる程度の大きさです。すでに同じものの幾つかが各銃列の後ろに数個づつ置かれており、口が開けられ、なかに十個ほど並んで挿さった油紙のような包が見えました。
おたきは、早合のことを知りません。しかし、それが、種子島に用いる弾丸の一種に違いないと見当をつけ、積まれた箱を開きました。ほぼ同じものが、十個並んでおりました。ただし、それぞれ固く封をして閉じられております。それを切り開き、全部開けて各銃列のもとへ持っていけば、戦で次々と放たれる種子島の筒から弾丸を切らすことはないでありましょう。




