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高嶺の花  完全版  作者: 早川隆
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第二十三章  ただ、なすべきことを (3)

誰もが向こう側を向き、彼女のほうを見ておりませんでした。なぜなら、今まさに、敵勢数名の物見(ものみ)が、眼下の大手門前広場へ、槍を構えて侵入して来たところだったからです。


十数列に別れた銃隊の者どもは身を伏せ、敵から姿を隠しており、ただ銃手が手にした火縄の先に、ちりちりと火が()いているのが目に付きました。


局は、薙刀を斜めに低く寝せて、()っと向こうを向いております。(やぐら)の端には御曹司の元教様が控え、一斉射撃を命ずる頃合いを伺っております。反対側のほうには、左座宗右衛門が居りました。彼はすでに火縄を火挟(ひばさみ)へ挟み、いつでも火蓋(ひぶた)を切れる態勢で、敵兵に筒先を向け狙いをつけておりました。よく見ると、銃隊と銃隊とのあいだに、根来衆(ねごろしゅう)手練(てだれ)がばらばらに散って銃を構え、それぞれ、左座と同じように狙いをつけております。




じりじりと、(とき)が過ぎてゆきました。


眼下に居る五名の物見の動きは慎重で、斜めに山肌を切る坂道からこの広場へと出て、相互一間(いっけん)ほどの距離を置きながら横に広がり、やや腰を落とし、槍を腰だめに構え、周囲をゆっくり見渡しつつ、歩いて参りました。戦場(いくさば)に出たことのないおたきでも、彼らが、戦に慣れた熟練の兵どもであるということくらいは、その落ち着いた動きでわかります。


物見どもは、すでに、気づいておるようでした。彼らの眼前に(そび)える高嶺城の大手門の櫓上は、まだ姿の見えぬ敵兵でいっぱいだということを。そして、その周囲にも兵が配され、彼らをびっしり取り囲んでいるということを。それは、なにとはなしに漂う、殺気のようなものが(はだ)に伝わり、この精兵どもの毛穴や、(ひげ)の剃り(あと)などから心のうちに浸潤(しんじゅん)していくもののようでした。


同時に、この熟練した物見どもは、おそらくは彼らをこのすぐあと襲うであろう運命についても、ある程度の諦観(ていかん)を込め、覚悟していたもののようでございます。敵は、おそらく種子島を数丁構え、彼らに狙いをつけている。撃たれたら、数名が(たお)れ、それが合図に戦闘が始まる。生き残った数名は、だいたいの兵力、筒数(つつかず)のあたりをつけながら急いでこの死の広場から後退し、逃げ戻って味方に報ずる。


「敵兵、大手門に伏せたり。戦意旺盛、練度抜群!」

などと。


まだ戦う前ですが、物見どもには、わかっていたのです。彼らがいま相対している (姿は見えませんが)敵は、手に負えぬほどの戦意と計策と裂帛(れっぱく)の気合を帯びた、恐るべき(つわもの)どもであると。そして、この戦は簡単には終わらず、味方に悲惨な人死(ひとじに)をもたらす、恐るべきものになると。この、誰も居ない森のような静けさは、その不気味な前触れなのであると。


そして、さらに数歩進むと、物見どもは、決して認めたくはない残酷な事実を、認めざるを得なくなりました。


これは、巧みに仕掛けられた、死の罠だ、と。


はまり込んだ彼らに逃げ道はなく、もう、誰も戻れないのだ、と。

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