第七話 別れの日弐
それからどれくらいたったのだろうか。
沙良姉さんが泣き止むまで頭を撫で続けたのであった。
母さんがある程度事情を話したらしく、不満げではあるが承諾してくれた。
そんな彼女を傍目に俺は車に乗り込む。
そう、もう時間なのだ。
彰人さんが気を利かせてくれて窓を開けれくる。
「それじゃあ母さん、沙良姉さん。行ってくるよ。」
「...なにか辛いことがあったり、勉強が分からなかったらお姉ちゃんにいつでも連絡してね。約束だよ。」
俺は深く頷く。そして母さんの方を向いて。
「母さん、また今度。」
「はい、元気に行ってきなさい。それじゃあ彰人さん。不甲斐ない息子ですがよろしくお願いしますね。」
「お任せ下さい。立派な大人にして見せます。」
彰人さんは母に向かって深く礼をした。
そしてドアの窓は締められる。
車はエンジン音を出しながらゆっくりと動き出す。
外で沙良姉さんが何か言っているのだろうが、窓という壁とエンジン音により聞こえなかった。
ただ帰ってこいっと言いながら手を振っているのはなんとなくだが俺には分かった。
こうして俺は故郷を離れて五兎に向かい始めた。
出発してから3時間近くが経過していた。
車は既に住宅街を抜け完璧な山道となっていた。
流石にやることがないので携帯を弄っていたのだが電波もかなり弱くなっている。
よって今は寝るくらいしか出来なかったのだが、それも起きてしまいどうにも落ち着かないのだ。
そんな俺を見かねてなのか彰人さんが口を開いた。
「雪夜君は久しぶりだよね五兎に来るのは。」
「そうですね。かなり小さい頃でしたから10年くらい前でしょうか。」
「もうそんなに経つのか。そう考えるとうん。本当に立派になったね。」
「いえいえ。まだまだ未熟者です。父はまだそう言います。」
「あいつは不器用だからな。しっかり褒めるのも恥ずかしんだよ。まぁ、あいつらしいっていえばそうなんだが。」
「ははは、そうですね。」
「おっと、話がズレてしまったね。それじゃあ、五兎がどういう街か覚えてるかい?」
「確か温泉街ですよね。」
「まぁ、普通はそんな感じだよね。しかし。これから君は短い間とはいえ五兎で過ごすんだ。ならもう少し詳しく知っておいた方がいいだろう。」
そう彰人さんは言うと先程までとは少し雰囲気が変わった。
「五兎はね。名前の通り5匹の兎がこの地を守ってくれたのである。その時1柱の神様はこう言ったんだ。」
彰人さんは「あぁ、これは街の人以外に口外禁止ね。」と付け加える。
しかしその顔はどこか俺を心配してでのことだと分かった。
だから俺は姿勢を正して彰人さんの方を見る。
そして彰人さんはその重い口を開け、再び話し始めた。
「『だが、私は外から来る人外の者からしか守れない。何を言いたいかと言うと人でありながら人外に近い存在は守れない。故にそこはあなた達が守りなさい。』っと言ったようだ。」
「えーと、つまりどういうことですか?」
「まぁ、一言で言うとだな。人外、世間一般的に言われる妖怪やその他諸々実在するってことだ。」
「彰人伯父さん、いくら暇だからって本当みたいな言い方でそんな冗談言わないでよ。さすがに分かっちゃうよ。」
俺が苦笑いしながら彰人さんを見ると、その顔は冗談などは言っていないと言わんばかりの顔をしていた。
だが俺はその事実を受け入れることが出来なかった。
それを認めてしまうとこの世界は危険で、さらに人の中に紛れながら暮らしているとなるととてつもなく怖く感じでしまう。
だから俺は今の話を聞かなかったことにして眠ることにした。
意識を失う直前彰人さんはこう呟いた。
「雪夜..がけ...ゃなければ....。」
しかし俺は1度眠りに入った意識を目覚めさすことは出来なかった。