第二十二話 ムラクモ採用試験1
「それでは『ムラクモ』についてだが、最初に軽く説明をさせてもらうと。私達『ムラクモ』は特別治安自治隊だ。警察とは異なるが、政府公認の組織だ。しかし、その取り締まったりする対象が対象故基本伏せられている。私たちが取り締まる者。それは即ち、妖怪や獣といった、一般常識の枠を超える者達の事だ。基本、獣の管理は各地に散らばった支部とこの本部でやる。そして何より、情報を秘匿することが一番重要な我々の任務だ。」
「何故、隠蔽することが重要なんですか?」
「君もこの町に来るまで知らなかっただろう。それと一緒だ。情報統制をして、この一般常識から外れた危機を認識させない。そうすることで均衡を保ってきたのだ。もし、妖怪とかが普通に存在していることが世に出回れば。まず日本の外国人旅行者が減り、そこから次々と色々な問題となるだろう。さらに、そこから無実な妖怪や獣に対しての迫害が始まってもおかしくない。だから私たちはこういう活動をしているのだ。まっ、簡単に言うとこんな感じだけれど、何か聞きたいことはあるかい?」
俺は少し目を閉じて考える。聞きたい事、聞きたい事。
「それをやるのは正義や平和の為ってことですよね。悪事に加担するとかではなく。」
「あぁ、それは保証する。私たちは獣も人も共存できる世界が一番望んでいる。だから今のこの関係を守ることが大事だと思っている。」
「成程。分かりました。なら俺もお手伝いしたいです。よろしくお願いします。」
俺は快く、その誘いを受け入れた。
「まぁ、そうは言ってもまずは実力を図らねばならん。霧命。相手をしてあげなさい。何心配することは無い。手加減はする。」
霧命さんは頷いて庭の奥の方へ行き、振り返って此方を待っている。
先程と同様、猫の姿を模した姿になる。俺もゆっくりと庭に降りた。
しかし、彼女の前に一歩踏み出すごとに鼓動は激しくなり、足取りが重くなる。
当たり前だ。今までは喧嘩などはしていたが、こんな実戦形式の試合のようなことはしたことはない。
その上ムラクモの様な組織で働いてる霧命さんは手練れだろう。
そして何より今の俺が一番恐れているのはあの能力。獣の力という新しい概念を前に俺は怯んでいる。
今の俺にも使えるらしいが、未だにどう使えばいいのかが分からない。
そう思い詰めていると、ついに俺の足は上がらなくなり前へと進めなくなった。
その様子を見てか月詠が俺へと一言告げる。
「何。そこまで肩の力を入れんでえ。要は自分の力をどう使うかだけや。その方法は自ずと見えてくるさかい。」
そう言って再び手にしていたお茶を啜る。そうは言ってもどうしろというのだ。
このままいけば能力発動以前にボコボコにされそうなんだけど。
しかし、そんな俺の決断を待つことも無く開始の掛け声が響く。
「それでは、手合わせ開始!」
無慈悲に凪さんの口から放たれた瞬間。俺達の周りには炎の壁が展開されていた。
それは霧命と俺を囲う四方の檻。決して彼女は逃がすことを許さないようだ。
「生憎。この前この試験でリング外に出ての失格が多いので。それでは実力を測れないので致し方ありません。」
そう言いながらゆっくりと近づいてくる。俺はそれに合わせて、一歩。また一歩と退いてく。
しかしそれは有限。後五歩近くで炎の壁に当たってしまうだろう。逃げ出すことも不可。
距離を取るのも不可。そうなれば突っ込むしかない!俺は彼女に向かって走り出す。
驚く様子もなく、ただその場に立ち尽くす。そんな彼女に容赦なく拳を突きだす。
しかし、それはあっさりと、最小限の動きで避けられた。
そうして呆気に取られていると彼女は腕を掴み、軽々と放り投げた。
天を仰ぎ、そのまま地へと叩きつけられる。後頭部に激しい痛みが走る。
それと共に俺の中に湧き上がるのは強い敗北感。当たり前だ、なんせ今のは獣の力でも何でもない。
柔道や護身術、どちらか分からないがまだ人の力で相手をされているのだから。
こんな自分の無力さに怒りが湧いてくる。だが、そんな事よりは目の前の事だ。倒れていた体を上げる。
目に入ってくのは先程と同じくゆっくりと歩いてくる姿。それは明らかに余裕の表れであった。
しかし、そうなるとどう攻めればいいのだろうか。
未だに獣の力の使い方は分からない、かといって単純な力でも負けている。
ならば今俺が出来ることは、
「避けることだけ。とか考えていませんか?」
その言葉は目の前からだった。俺がどうしようか迷っているうちに一瞬で距離を詰めて来ていた。
その上思考までも読まれている。そう考えるとレベルの差が大きすぎやしないかな。
やや諦め気味の思考になる。
そんな俺を差し置いて彼女は俺の腹に一撃を入れて、
そこから直ぐに再び俺の崩れた体勢を掴んで放り投げる。そうして再び俺は宙を舞う。
俺は後何回投げられ、叩かれるのだろうか。果たして俺はこの試合で彼女の力を見れるのだろうか。
情けも無く、何処かで力尽きてしまいそうだ。再び俺の後頭部は地面に叩きつけられる。
飛びそうな意識を何とか捕まえて再び立ち上がる。やはり、先程と変わらない光景。
これを繰り返していくと見えるのはただの惨敗。
月詠の期待にも答えられず、その後は凪さんにも霧命にもこの程度かと思われてしまうだろう。
それは嫌だ。俺が、今俺としていられる原因である獣。
その獣をどう使うかによって俺の人生は大きく変わるのだろう。
それがムラクモで分かるというのならば、俺は決してここで折れてはいけない。
折れてしまってはいくら分かろうが俺は新しい俺にはなれないのだろう。
だからこそ俺はここで可能性を示さなければならないのだ。
「案外タフですね。何も習ってない人なら一回で意識が飛んでいてもおかしくないはずなんですが。頑丈さはあるようですね。」
「そうですか、おほめ頂きありがとうございます。ですが、そこで止まる訳にはいきません。」
この状況を打破する方法は力を使うのみ、しかし一向に分かる気がしない。
彼女は一体どのようにして、この力の使い方が分かったのだろうか。
何か月詠が使い方のヒントを出していた気がする。それを思い出せ。
俺は何の為にあの世界に行った?そこで見た全てを。
「考えるのはいいですが、それはもっと余裕がないといけませんよ。」
彼女の体が少し強張る。恐らくあれは予兆だろう。先ほどやった瞬時に間合いを詰める技の。
「どうですか?もうそろそろお掴みになられたでしょうか?」
再び彼女は目の前に現れる。勿論、対処できるわけもなく、足払いをして体勢を崩され。
三度目の宙を舞う。三度目の今日の空。何処までも綺麗に青空が晴れ渡っていた。
今は太陽と白夜月を遮る雲は無い。その光景は俺が宙に投げ出されている時間を長く、長く感じさせた。
空に浮かぶ月。その月は俺が夢の中で見たあの大きな満月を連想させる。
雪景色の中。暗い夜の空の真ん中で。誰かを待つかのようにその場に浮かんでいたあの満月を。




