第十八話 力とは
それで話なんですが。『獣』って一体なんでしょうか?」
その俺の問いかけに凪さんは淡々と答える。
「『獣』とは簡単に言うと心の傷に入り込む物の怪の様なもの。その力の大小は入り込まれた者の傷の大きさによる。そしてそれは何らかの動物がモチーフとなっている。君は一体何の動物なんだい?」
「すいません、その『獣』自体は認識できるんですが。俺には未だその獣がどういうものかさえ分からないんです。俺は一体どうすればいいんですか?」
「そうじゃな、それについてはわt」
「あたしが話しましょう。」
襖が勢いよく開かれる。そこには何処かで見覚えのある女性と、その後ろを心配そうについてくるこの家の他の従人の女性が後を追っていた。
「むっ、貴方は一体誰でしょうか。」
凪さんも怪しがっている。そりゃいきなり人の家に上がり込んできた人だからね、その上知り合いじゃないし。俺は顔の向きを直し、やってきた彼女を見る。・・・間違いない。夢の中で見た彼女、『月詠』である。本当に直ぐに再会したものだと心の中で少し笑う。そんな俺に気づいたのか彼女もこちらを見て微笑んでくれた。そして直ぐに顔を戻して凪さんの方へ向けていた。
「まぁ、そう警戒しなくても大丈夫です。あたしは月詠。この地を収める神様です。」
言っちゃったよ、この人信じてもらえないよ絶対それじゃあ。
「はて。この街にも神の名を騙る不敬者がいるとはな。摘み出せ!」
凪さんがそう後ろにいる従人に叫んで指示を出す。そんな所で俺が口を開く。
「待ってください。その人は正真正銘月詠様ですよ。俺に『獣』のことを教えてくれた。」
俺は真っ直ぐに凪さんの目を捉えて言い張る。少し考える素振りをしてから凪さんは朏を見つめ口を開いた。
「もし、本当の月詠様なら聖兎達を集結させてみてください。その後であれば話も信用しますし謝罪も致しますので。」
「なんや、それくらいのことか。わかったちょい待っとき。」
月詠の口調が崩れている。どうやら威厳を見せる気がないのだろう。そのせいで甘く見られてる気がするのだが。そういう所が彼女の抜けている所なんだろう。彼女に視線を戻すと庭の方を向いている月詠の後ろ姿が見えた。そして手を軽く叩く。しかし、その音は小さいのだが何処までも届くかのように感じさせる感じがした。その音は直ぐにこの場を去り異様な物を見た我々と月詠を置いて行った。朏もここにはいるが招集に応じるために立ち上がってゆっくりと月詠の前に歩いていく。朏が月詠の前に着いた時に、屋敷の塀を4つの兎が乗り越える。その兎達は我々に目もくれずに月詠の前に座る。月詠は振り返り凪さんに告げる。
「聖兎五羽全て集合しましたよ。」
凪さんは驚いて目を丸くしていたが直ぐに口を開けた。
「しかし、朏以外は本当に聖兎か?私にはただの兎にしか見えない。」
そりゃそうだ。色や柄は珍しいがこういう兎はこの街には何匹もいるだろう。
「それはこの子達の力ですね。仕事以外はのんびりと生きたいと聖獣になる時に言ったので授けたのです。周りに同化する力を。ただ物の怪や獣には効かないみたいなんですけど。」
そういいながら俺の方を見て直ぐに屋根の上に目をやる。
「普通はただの黒兎や白兎にしか見えないんですよ。誰かから指摘されたり認識したい思わない限り。そうでしょ?十種姫。」
屋根の上で物音がなる。恐らく瓦の擦れる音だろうか。屋根の上にいる人がその言葉に驚いたせいだろうか、動揺して音をたてたのだろう。
「・・・おい、霧命。隠密が場所を晒すとは情けない。降りてきなさい。」
凪さんがドスを効かせた声で上に叫ぶ。コトコトと音をたてながらその人は降りてきた。庭先に音も無く着地した彼女はまさに隠密と呼べるだろう。紺色の綺麗な長い髪を後ろで結び、巫女服の様な服を着ていた。彼女は月詠に一礼をしてこちらへと振り返る。整った顔立ちと、空の様な青い目に少し見惚れる。そんなのをお構いなしに膝をついて頭を下げる。
「失礼しました父上。お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ありません。しかし、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか。」
「良いだろう。言ってみろ。」
「何故、彼がここに居るのでしょうか。」
「簡単な事だ。引っ越して来たから挨拶に来ただけだ。そんな事も分からないのか?」
凪さんの娘であろう彼女に凪さんは冷たい視線を向ける。その視線には愛情を感じられなかった。むしろ、彼女の事を遠ざけるかのように。
「はぁ・・・。そんな事しとるから娘も獣になるんやないか。『ムラクモ』のトップが情けないことしとるなぁ。」
「な、何故霧命が獣だとお気づきになったのです。」
「さっきから言うとるやないか。アタシは月詠やって。」
いつの間にか抱えていた朏を撫で始める。何度も繰り返される同じ質問に面倒くさくなってきている。
「手っ取り早く部下の報告の方がいいやろ?その方が理解もできるやろう。」
月詠が朏の腹を撫で繰り回しながら一切凪へ目線を配らない。その様子に少し不満げな凪さんだが霧命と呼ばれた彼女に確認する。
「霧命。あそこにいる五匹の兎は誠に聖兎か?十種姫の仕事で何度かあっているであろうお主に確認したい。」
「はっ。あれはまさしくこの地を守る聖兎達であります。間違いありません。」
その質問に瞬時に彼女は返す。それ程見間違う事がないのだろう。しかし、この報告により凪さんの中でも庭で和傘を差しながら兎を撫でているのが月詠であるということに納得が言ったのだろう。すぐさま月詠の方へ姿勢を直し、床に頭をつける。
「申し訳ございません、月詠様。この度は誠に無礼な事をしたと思っております。何なりとでもお申し付けください。罰を受ける覚悟は出来ております。」
一切揺るぎのないその言葉には一種の狂気を感じてしまう。そんな凪さんに月詠は。
「ええよそんなもん。あたしはそこまで堅苦しいの嫌いやし。取りあえず。話を戻そうや。」
そう言いながら聖兎達を朏を残し散開させる。そうして、屋敷の中へと戻ってきた。
それから場を仕切り直すために部屋の中へ全員が集まり、机を挟んで対面する。有流さんがお茶を入れ持ってきてくれたおかげで謎の固まった雰囲気が壊れた。有流さんが最後のお茶を俺の前に置いたところで凪さんが口を開く。
「さて、自らの獣の力への認識の仕方についてだったね。」
「はい、俺が一番気になっている所です。今自分がどういう獣なのか知っておきたいんです。」
「確かに重要な事だ。自分の能力が分からず、感情の昂ぶりによって暴走されては困るからね。」
「まっ、よっぽどな事がないと暴走なんざそんな簡単に起こらんけど。」
月詠が話しに茶々を入れ出すが皆あまり気にしないで話を進める。
「で、知る方法だったね。それについては、月読様がお話してくれるそうだ。」
「では、あたしから説明させてもらいます。」
月詠の口調が仕事モードに入った。
「獣の力は主に傷の深さによって決まってきます。深ければ深い程強力に。そして、その力を認識するには、まず己の傷に向き合うことです。」
己の傷。恐らくそれは俺の場合学校でのイジメ、それから派生して親父から見放された事なのだろう。あれ?でもそれってそこまで深くないような気がする。しかし、俺は人間性を失っている。だが、それは今考える事じゃないだろう。
「この条件については、あたしが昨日雪夜に向き合わせましたのでクリアしております。ですので次の工程に入りましょうか。」
月詠はそういいながら俺の方へ近づいてくる。
「本来は向き合った後に夢を見るんです。そこで認識をして、現実で同じことをすることで使えるんですが。その夢を見ることが私のせいで無かったので、実力行使と行きます。」
そう言いながら月読は俺の額に額をくっ付ける。
「少し、意識を失いますが安心して落ちていってください。」
その言葉のように、俺の瞼はどんどん落ちていく。これ昨日にも同じことがあった気が。そうだ、朏が。朏がいたであろう方向を見ると。朏の模様が薄く輝いていたのだった。