第十三話 忘れがたき夢弐
ここは。一体『何時』だろうか、場所は学校なのだろう。
教室ではない、校舎の裏側。俺の記憶ではなかなか訪れたことが無かった筈だ。
少し歩いて、角を曲がってみる。
そこはほとんどの場所から死角になっており、本校舎から離れている。
だから人がいることは滅多にない。その筈だった。
「おい、しっかり金持ってきたか?祭川。」
彼は俺に桃鏡へ行こうと誘ってくれた友人。
友人?なのに名前が全く思い出せない。
「はい、持ってきました。」
目に光が無く、何もかも全てに絶望をした顔の青年がそう答える。
「はっ。五千円ってしけてるなぁ!」
その青年は友人に思いっきり蹴られている。
その周りにいる他の取り巻きにまで。
使えない等様々な言葉で青年をずっと罵り続けている。
再び場面が変わる。次は教室だ。
「はい、この問題だけど。おい、祭川!お前なら解けるだろ!この大学入試レベルの問題。解けなかったら課題追加な!」
「「「あははははははは。」」」
担任の教師が青年に対して無茶難題を叩きつける。
その言葉を聞いてクラスメイト全てが笑い出す。
青年を貶すように。
そして、青年は案の定答えられず、課題を増やされていた。
また、直ぐに場面が切り替わる。
「おいおい、学年主任に言うなって言ってんだろ!」
担任が青年を強く殴りつける。
見た目を気にしてなのか知らないが。制服に隠れるところを執念に。
青年は内臓が傷ついたのだろうか、
口から血を吹き出す。
担任はそれに気づいてすぐに暴行を止めた。
その後巡回の警備員が気付くまで青年は置き去られていた。
そして、桜のない、海に再び場面は移る。
俺はまた海に倒れていた。しかし、水面に映るは青年。
彼もまた、倒れていた。
いや、違う。彼は青年なんかじゃない。分かっていた。
自分自身で閉じ込めていたことに。
だけど、それを本能が、ナニカが、それを妨害していた。
だけど、彼女が戻してくれたのだ。この五兎に来れたことで。
あぁ、君は俺なんだろう。そして、俺が受け入れるべき苦痛。
「そう、俺は君だ。学校という檻の中で苦痛という苦痛を幾度も受けた。それが君だ。」
俺は水面に手をかざす。手だけが床を貫通していく。
そして、青年と手が触れ合う。その瞬間。
『ワレモ。ワレモ、フタタビキサマトナロウ。』
そんな声が頭を駆け巡り、消え去った。
そして失われていた記憶が俺に全て戻る。
果てしない程の絶望だった。
だけど、それを少しでも和らげる出来事がここ最近にあった。
場面はそんな俺の心を映すかのように切り替わる。
そこは自宅。親父の見送り、母の提案による五兎への移住。
そして。
「ねぇ、雪夜。どうして虐められてるなら相談してくれなかったの?どうして頼ってくれなかったのよ!」
沙良姉さんの言葉。
その思い達が俺を完膚なきまで叩き潰す絶望から守ってくれている。
この暖かさが、その冷たさを。
白い閃光が俺の前に現れる、それはとても強くて目を開けていられなかった。
そしてその光が落ち着いた頃、瞼を開けると二つの山と彼女の顔が俺を待っていた。
「お帰りなさい。どうでしたか、貴方の過去は。」
「知ってるくせにそのいい草はどうかと思うが、酷過ぎて何もかもに絶望したくなった。いや、していた。」
「大丈夫ですか!もし、辛いならあたs」
「いや、大丈夫だ。そこまで焦らなくても。絶望しきってはもういないんだ。ここに来るまでに沢山の温かさが俺を支えてくれたんだ。」
「そう、そうですか。それはとても良い事ですね。あたしも安心できます。しかし、貴方にはそれでは終われません。」
俺を撫でていた手が止まる。
どうしたのだろうと胸を凝視してみたら再び叩かれた。
「貴方が、自分自身と再び受け入れる時。自分ではないモノが入ってくる感覚、又は音を聞きませんでしたか?」
「自分でもないモノ・・・」
それってもしかして。
この前から昔を思い出そうとしたら頭の中を掻き乱していたナニカ。
先ほど一緒になった時に聞こえた声を発したナニカ。
あれの事ではないのだろうか。
「その顔、何か思い当たる節があるんですね。深くは聞きません。しかし、もしそれがあったのなら、頷いてください。」
彼女の強い視線に促され、俺は頷く。
「そう・・・ですか。信じたくはありませんが、事実なんですね。」
彼女が空を見上げる。
その目からは星が流れるかのように涙が零れていた。
俺はそれを、自分自身の顔で受け止める。
彼女の、悲しさを感じるために。少しでも彼女を知るために。
少しして、彼女はハンカチを取り出して顔を拭った。
充血した目と赤くなっている顔でこちらを向く。
「いいですか、貴方はこの地で言う『獣』となりました。いいえ、なっていたのです。この街に入る時に胸が痛んだりしませんでしたか?それが証。この街の結界に触れたことによるダメージです。結界は邪なモノを受け入れないために作った物。それが反応するということはあなたもそういうことです。」
「獣・・・。一体それは何なのですか?」
「この街の伝説は知ってますね。その時に物の怪等がいるという話も聞いたでしょう。それは事実。そして貴方はその中の力を持つ妖怪の様な類、『獣』になったのです。人から成る妖怪。我々はそう認識しています。しかし、その力は計り切れません。過去、この街で現れた『獣』で一番凄かったのは自らの血でこの地一体を呪える程。しかし、結界の前に砕け散りましたが。それ程強力な力を貴方は手にしました。」
「それじゃ俺はこれから化け物として恐れられるて生きていかないといけないのか!」
「いいえ、普段は隠しなさい。しかし、この街の町長。彼に会うときに『獣』とは何かを聞いてみてみなさい。そうすれば、貴方はこの街でそういう風に隠れながら過ごす必要はないでしょう。」
「そうですか、だけど俺って化け物なんですよね。」
「化け物と決めつけるのは良くありません。この街には貴方が知らないだけで『獣』はいます。結局力をどう使うかで貴方は善にもなり悪にも成りえます。だからこそ、正しい道を歩んで欲しいのです。」
彼女の真剣な顔がその言葉の重大さを語りかける。
「分かりました、出来るだけ。俺は貴方に善と認められるようになるように頑張ります!」
「はい、あたしもそうしてくれた方がうれしいです。」
堅苦しい喋り方が抜け、優しい口調に戻る。
本当に彼女は不思議な人だ。
「ところで、あたしのこと思い出した?」
「あっ、そのことなんですけど。」
彼女は俺に期待しているのが良く分かる。
眼を輝かせ、そして鼻息が少し荒くなっている。
しかし、俺はそれを裏切らざる事しかできない。
「思い出そうとしたら、『獣』に邪魔されちゃってさ。思い出せないんだ、悪い。だけど、いつかこの『獣』を抑え込んで思い出す。だから、今の君を教えてくれないか?」
彼女は言葉の途中から項垂れていき、そして魂が抜けたかの顔になっていた。
しかし、俺の問いかけに気づいたのか言い終わってから三十秒程してからハッと気づいたかのようにこちらを見直して笑顔で俺に語りかける。
「あたしは『月詠』っていうんや。よろしゅうな。」
彼女は優しく微笑む。
だが、俺には何かを隠しているように聞こえてしまった。
「さて、そろそろ夜も明ける。あたしも貴方もやる事があるさかい。今宵はここまでにしよう。多分、直ぐに会えますのでまた後程。」
「そうですか、その時も膝枕してもらえますか?」
「それは考えておくわ。今日みたいに胸ばっか見られていては困るからな。」
月詠は頬を赤らめながらそう俺に告げる。
どこか可愛らしく、そして何よりも懐かしかった。
「それじゃあ、また会える時まで、雪夜さん。お休みなさい。」
「えぇ、お休みなさい。」
そう別れの挨拶を言い終わると意識が薄れていく感覚が分かる。
眼の淵からどんどん真っ黒な闇が近づいてくる。
そんなもう、闇が目をほとんど包み込んだ時に、彼女が思い出したかのように言い出す。
「もしも、悪い『獣』と間違われた時はあたしの名前とこの黒兎の朏を連れて行って見せてみ。そうすれば身の潔白は証明されるから!」
その言葉が頭の中に響いてから俺は意識を完全に失った。