第九話 到着
車のやや心地よい揺れに俺の意識は起こされる。
大きな欠伸をしながら、背筋を大きく伸ばす。
しかし、車の天井という障害物によってそこまで大きくすることはできなかった。
「おはよう雪夜君。よく眠れたかな?」
「おはよぉうござます。えぇ、ぐっすりと。」
そう言いながら自分の頬を強く両手で叩く。
これで少しは眠気も覚めるだろう。
「丁度いいタイミングに起きたね。ほら、湯煙が見えて来ただろう?あれがこれから僕たちが住む街、五兎だ。」
その言葉につられる様に俺は彰人さんの見ている方向を見てみる。
そこには、山の中に一際目立つ様に広がった一つの大きな街があった。
遠目から見ても分かる湯煙と昔ながらの和風建築の数々。
まるで一昔前の時代にタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。
これが今日から俺が住む街五兎。
俺が新しく、そして成長するために俺はこの街で精いっぱい生きるていくのだろう。
そう思いながら窓から五兎を眺めていくと、街の入口あたりに大きく聳え立つ鳥居が目に入った。
ここらへんはあの伝説をイメージして作られたんだろう。俺はそう思うことにした。
街の入口に到着し、車はそのまま鳥居の下を潜る。
そう、潜ったその瞬間だった。
体を駆け巡る血が熱く沸騰したようになり、俺の体中を駆け巡る。
心臓の鼓動は破裂しそうな程に早くなったのだ。
俺はその症状を訴えることもせず、ばれない様に隠すことにした。
これは彰人さんを心配させない為ではない。
何か直感的な物が知られるとまずい、そう叫んでいる気がしたからだ。
なんとか耐えている状態でチラッと彰人さんを覗き見してみる。
特にこちらを気にしている様子は無く、俺の異常には気づいていないようだった。
そうして数分くらい何もせずにいると痛みは急に無くなった。
鳥居から離れたからなのか、時間が経ったからなのか。
原因が分からない俺はただ訪れた安堵に包まれるのであった。
五兎内を10分くらい走ったところで車は止まった。
そこは彰人さんが運営する『兎万理屋』という旅館。
そう、ここが俺が今日から住む家である。
客室を一つ貸してもらいそこに住むことになったのだ。
その条件としてお店のお手伝いを少し手伝う必要があるのだが。
今日はお手伝いは無いということだ。というより宿自体が休業していたのだった。
そんなことに感謝をしながら、俺は彰人さんと一緒に荷物を運びこんでいく。
荷物を降ろしている最中にふと何処からか視線が飛んでくるのを感じた。
付近を見回すがそこには誰も居らず。
俺は再び奇妙な感覚に飲み込まれていくのであった。