第二章「魅力」 後編
第二章「魅力」 後編
「お、神崎!待ってたぜ」
喫茶店前で落葉と落ち合う。
「はやいな」
「そりゃあんな電話の切り方されたら気になるだろ!一体何の用だよ?」
「落ち着け、中で説明する。」
俺と落葉は喫茶店の中に入った。きっと彼女も既にいるだろう。
「いらっしゃい」
「おーす!店長また来たぜ!」
「おぉ、落葉君と神崎君。また来てくれたのかい」
俺達の目の前にはマスターだけではなく、俺の目当ての“彼女”もいた。
「か、神崎……?」
久堂はその場で驚いた表情を浮かべ、棒立ちになっている。
「よ。お二人様、禁煙席で頼むぞ」
「こちらの席にどうぞ…」
渋々久堂に案内され俺と落葉はテーブル席に座る。
「落葉、注文どうする?」
「じゃ俺はコーラフロート!」
「俺はコーヒーで」
「か、かしこまりました…」
そう言って、久堂は逃げる様にそそくさと厨房に向かって行った。
「おい、大将。結局何するんだよ」
落葉は小声でそう尋ねる。
「まぁまてまて、よっと」
俺はバックからノートパソコンを取り出す。
「おいおい、一体何を」
「生放送だ。生放送が始まったら俺の本名は言うなよ」
「はぁ!?一体どういう事だ!?」
神崎が何を言っているのか落葉には理解出来なかった。
「お客様、お待たせしました。コーラフロートとコーヒーです」
久堂が笑顔でテーブルに置く。次に笑顔が消え、普段の久堂の顔に戻る。
「何を企んでるか知らないけど、私は絶対に入らないから」
「そうか。今はそれでいいよ」
神崎は適当な返事してバックからイヤホンとパソコンに繋げるようなマイクを取り出す。
「よっと、準備おっけーだな」
「勝手にして」
そう言って久堂は厨房に戻る。
「今あいつを俺達のサークルに入れる気か?」
「そういう事だ。で、その準備中ってわけ」
そう言いながら神崎はパソコンのキーボードをカタカタ打ちながら何やら準備を始める。
「でも生放送は何も関係なくねーか?他の客にも迷惑だろ」
と落葉が珍しく正論を言う。この男にもモラルがあったのか。
落葉は周りを見渡す。するとある異変に気付く。
「あれ?客がいない…?」
「客がいないなら周りの心配する事は無いだろ?」
「そ、そうかもしれねーけど…何でここで生放送をするんだ?」
客がいない。そうだとしても落葉には神崎の意図が読めなかった。
「見てればわかるさ。とっ…頃合いの時間だ」
「頃合い…?」
神崎がそう言うと喫茶店の扉を開けるとカランカランとベルの音が鳴り、一人のガタイのいい男が入ってくる。
「店長ちーっす!約束通り来たぜ〜」
その男はそう言うと、マスターがいるカウンター席に座る。
「た、田畑君…」
「田畑…何しに来たの」
久堂が田畑と呼ばれた男を睨みつける。
「あれ?久堂じゃねえか、まだ働いてたのかよ。わりーけどお前には用はねーんだ」
「おい、大将。誰か入って来たぞ」
また落葉が小声で話しかける。
「田畑和樹…年齢は21歳。大学生だ。いや、大学生だった奴だ。今はnew meで金を稼いでる」
「new meって金稼げるのか?」
「new me内の仮想通貨をそのまま現金にする事は可能だ。奴も生放送をしている配信者だな」
「へ〜。って…何でそんな詳しいんだよ?」
「これだよ」
カタカタとキーボードを打ち込み落葉にパソコンの画面を見せる。
「ネットで検索かけたら一発さ。new meのアカウント名が本名だから引っかかったってわけだ」
「おー!すげー!ネットってすげーな」
生放送やってる奴が何言ってんだか。
俺と落葉がそんなやりとりをしていると…目の前のカウンター席では怒鳴り声が喫茶店の中一杯に響いた。
「おいマスター!金貸すって約束、前電話でしたよな!?」
田畑は鋭い目つきでマスターを睨め付ける。
「田畑君…これ以上はもう貸せないよ。だいたい、いつ返してくれるんだい?」
「だから俺がビッグになったら返すって言ってんだろ!だから貸せよ!」
「おいおっさん!やめろよ!おっさんが困ってるだろ!」
気づくと落葉がカウンター席に立っていた。マスターを田畑から守るつもりなんだろうが、分かりづらい呼び方だ。せめてどちらかの呼び方を変えろ。
「あ?誰だお前」
「俺は客だ!」
「だったら引っ込んでな。お客様には関係ねーんだよ」
「な、なんだと!」
「や、やめて!これ以上騒ぐなら警察に電話するから!」
久堂は体を震わせながら、田畑に向かって言い放った。
「いいのか?そんな事して。ただでさえ人気の無い喫茶店なんだぞ?警察沙汰になってみろ。こんなとこ誰も来やしなくなるぞ!」
「お、お前、きたねーぞ!!」
「うるせーガキだな。ほら見てみろよ、現に今いる客はこの金髪のガキと奥に座っているガキだけじゃねーか」
確かに田畑の言う通りだった。…しかし久堂は思った。確かにここの喫茶店は来客は少ない。だが、こんなに客が来ないのは初めてだ。
神崎に関しても未だに動きがなく、結局何しに来たのかも分からない。この状況で、一体何をしているのだろうか。
久堂は神崎の方を見た。
「………」
何とこの状況で神崎はパソコンをいじっている様だった。何て奴だ…最低。問題事には足を突っ込みたくないって事なのだろう。
「さぁ!店長、金を貸してくれ!問題事にしてやってもいいんだぜ?」
絶対絶命のピンチだった。田畑をここで追い返したら、客が減りこの喫茶店は潰れる…でもこのまま金を貸し続けても、いつかこの喫茶店は潰れる。
そんな時…音がした。
何かの衝撃音だ。その場にいる全員がその音の方に目を向ける。
目を向けた先は…机を叩き、立ち上がる神崎の姿だった。
「た、大将…?」
「な、なんだ…?あのガキ」
神崎は私達四人の方に目を向け、少しするとまた席に着き、パソコンに手をかけた。
「あー、あー…聞こえる?」
神崎は急に、パソコンに向かって話しかけた。
「よし、聞こえてるみたいだな!!さて、本日も生放送開始していくぞ!!皆心してかかれよ!!」
「大将、このタイミングでか!?」
「ち、ちょっとどういう事?」
一同、一体どういう状況か分からなかった。
「えっとかんざ…おほん。あいつ、new meを今始めやがったんだ」
「new meってあの生放送の?」
「ああ。あいつ、ゴットマンって名前でやってるんだぜ」
「え…?ゴットマンってあの!?」
久堂が声を荒げた。
「なんだ知ってるのか?」
「知ってるも何も、ゴットマンといえばnew meのランキングに入るぐらいの有名人じゃん…」
「えーー!?そうなのか!?」
「知らなかったの!?」
あのゴットマンが神崎だなんて、私にはとても信じられなかった。でも、ゴットマンは顔を生放送で出した事も無いし、本物かどうかも分からない。
「ゴットマンってあのランキング上位のか?はっ!笑わせんなよ、そんな嘘が通じるわけねーだろ」
私達の会話を聞き、田畑が神崎に向かい言い放つ。
「だったら今確かめてみたらいいだろ?放送中だからさ」
神崎は嘘をついてるように見えない。第一そんなハッタリなんてすぐにバレる。私は携帯でnew meを開く。
「うそ…?ほんとに…?」
信じられなかった。確かに放送中だった。神崎の発した言葉は放送でも全て同じく聞こえる。
間違いなく神崎はゴットマンだ。そして、そこには大量のコメントが流れる。
《きたーーー!!》
《ゴットマン待ってたよーー!!》
《待ちわびた》
《お前を俺は待っていた》
「マジで言ってんのか!?ほんとにゴットマンか!?」
「ああ、嘘を吐いてもしょうがないだろ?」
「おおお!こりゃネタになるぜ!!」
「田畑さん、あんた有名になりたいのか?」
「ああ!頼む!俺を売名してくれ!」
田畑は急に下手に出る。そりゃ目の前に生放送カテゴリでランキング入るする男がいるんだから当たり前か。
「ああ、いいぜ!売名してやるよ。みんな聞こえるか?」
パソコンの画面にはたくさんの視聴者のコメントが溢れている。
《聞こえるー!》
《お、なになに?》
《ゴットマン今度は何やらかすのw》
《売名とか無名乙ww》
《ゴットマンを売名に使うなよ》
などのコメントが次々と大量に書かれていく。
「じゃあみんなに田畑さんの事を知って貰わないとな」
「おう、じゃあ俺の自己紹介をさせて貰うか!」
「いや、その必要は無いな。田畑さんについてはマスターに語って貰おうか」
神崎はマスターに話を振る。
「分かった。田畑君は元々私の喫茶店のバイトだったんだ。今は辞めてしまったんだけどね」
「何で辞めてしまったんですか?」
「えーと…『俺には向いてない』とか言って二ヶ月くらいで辞めてしまったんだ」
「ああ、辞めてやったよ、俺には向いてなかったからな」
「で、俺は気になる事があるんだが…何でマスターに田畑は金を借りてるんだ?」
マスターにそう問いかけると田畑は話に割り込んで来る。
「は? それはゴットマンには関係ないんじゃ」
「俺は今マスターに話を聞いてるんだ。黙れよ、田畑。有名になりたいんだろ?」
神崎…いや、ゴットマンは声色を変えてそう言った。田畑はゾッとして口を閉じてしまう。
「じゃマスターの方から話を聞こうか」
「ああ、じゃあ話させて貰うよ」
マスターは頷き、話し始めようとする。
「お、おい!待てよ!」
田畑がまた話に割り込む。
「田畑さん…一応言っとくが、放送中だ」
神崎は眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そうな顔だ。
「そんなの分かってる!!」
「…妙に苛立ってる様ですが、もしかして田畑さん…何か隠したい事でもあるんですか?」
「は、そんなわけないだろ…」
そうは言うが田畑の顔は明らかに動揺している。当然だ。田畑にとっては隠したい事のはずだから。
「ははっ!!嘘はやめて下さいよ。俺は全部知ってるんですよ?」
「は?…嘘は止めろよ。じゃマスターに話させる理由が…」
「それが嘘だよ」
神崎は真顔で言う。
「は?」
「田畑さん。今なら間に合います。この話をされたく無かったら、マスターに迷惑をかける事は辞めて下さい」
「や、やめて下さいって…な、なにを…別に俺は……」
田畑はこの後に及んでとぼけるつもりだ。
「二度目の忠告はない」
「…ふ、ふふふ。ははははっ!!」
急に田畑が笑い始める。ついに気でも狂ったか。
「…どうしました?田畑さん」
「いや、そっちこそいいのかなと思ってよ。お前がその事を話すなら俺は…」
「ゴットマンの正体を暴露してやるよ!!」
「あっはははは!!これでどうだ!!さぁ!俺を売名しやがれ!!」
「た、大将…」
どうするつもりだろう。神崎はこのままだとネットに顔はおろか、大体の年齢や住んでる場所まで特定されちまう。
「なんだ、そんな事か」
「は?」
「そんなの上等だ。やってみろよ。こっちは常に身バレする覚悟をして放送しているんだ。最近少し視聴者が増えた奴とはわけが違う。でも忠告しておきます。やめた方がいい。あんたには耐えられないよ」
「耐えられないって…な、なにが」
「俺の個人情報を漏らすのはやめた方がいい。new meの契約上、他人の個人情報を晒す行為は違反に当たる。お前、new me出来なくなるぞ?」
「け、契約なんて破ってなんぼだっつーの!」
田畑は完全に冷静さを無くしていた。ここまで来ればもう簡単だった。
「第一、俺の視聴者全員を敵に回す事になるけどいいのか?」
「え…?」
「俺の正体を知れて嬉しい奴はいるだろうが、お前の事をいい奴と認識するかは別だ。良くは思われないと思うぞ?」
俺はパソコンの画面を田畑に見せる。
《ゴットマンの事も気になるけど田畑の視聴者にはならねーわ》
《ゴットマンを汚すな》
《田畑とか誰?無名すぎんよ》
《逆にこいつの住所特定するわ》
次々と田畑を指摘するコメントや悪口が飛び交う。
「この量のアンチ、お前は抱えられるのか?もちろん、俺にも大量にアンチはいる。たが、ここまで登りつめた。それがアンタに出来るか?」
「……ご、ごめんなさい…俺が悪かったです」
田畑はその場に倒れみ、頭を床につける。
「放送は以上だ。また後でなみんな。後、今後田畑の事は触れるな。」
神崎はパソコンのキーボードカタカタと打ち、放送を終了させる。
「さて、と」
田畑は倒れこんだままでいる。無理もない。あれがネットの恐怖だ。ネット怖さを知らずに始めるとこうなる。最も今回のは珍しいケースだけど。
「俺は…どうすればいいんだこれから…これから大量の…アンチが…」
「ねぇ、田畑。ここでまた働いたら?」
久堂が田畑に近づきそう言った。
「あんた自分には向いてないとか言ってたけどちゃんと仕事はこなしてたし、私は悪く無かったと…思う」
あんな奴でも、最初は真面目に仕事をしていたんだろう。田畑はネットに毒されて過ちを犯しただけだと思う。
「そんなの今更無理だろ!!!」
「そんな事無いよ。田畑君」
マスターはその場でしゃがみ、田畑と目線を合わせる。
「て、店長…」
「田畑君、ここでまたやり直さないか?貸したお金も少しずつ返してくれればいいからさ」
そう言ってマスターは田畑の肩にポンと手を置いた。
「店長…すみません…本当にすみませんっ!俺、俺とんでもねー事をしちゃいましたッ!」
「いいんだよまた一緒に頑張ろう」
田畑は顔はしわくちゃになり、泣いていた。あの涙は嘘じゃないだろう。
「落葉、帰るぞ」
「え、いーのか?」
「ああ、やる事はやったからな」
「ちょ、待ってくれよ!大将〜!」
俺と落葉はそっと喫茶店を出た。
「なぁ大将、いつから田畑から来るって知ってたんだ?」
「実はマスターに相談を受けててさ、もちろん田畑の件でだ。それで俺は取引をしたんだよ」
「取引?」
「午後の四時から店を貸し切らせてくれってな。ほら、客…俺達以外にいなかったろ?」
「あー!成る程なぁ!だからか!でもよ、何で自分の正体がバレるかもしんねーのにわざわざそんな事したんだ?」
どう考えてもこの作戦は神崎に対してリスクが大きすぎる。
「まぁ…な。だが、new meで人生を棒に振るのも可哀想だろ。あいつ、あのままいったら間違いなく悲惨な人生になってたぞ。俺は、new meは楽しく使ってこそだと思う。」
new meで人気になるのは相当の実力がなくては難しい。憧れる者もいるが、ランキング上位になれるのはほんの一握りだ。このままいけば田畑は一生new meに縋り、人生を棒に振る。そう、俺は思ったのだ。
「か、神崎…」
「それに、俺の作戦はどうやら成功したみたいだぞ」
「へ?」
そんな会話をしながら歩いていると、後ろからこちらに走ってくる音が聞こえた。
「あれ?あいつって大将のクラスメートの…」
確かにあれは久堂だった。久堂は俺達の元に辿り着くと息を切らし呼吸を整える。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「なんかエロいな!」
本人を目の前によく言えるな。流石落葉。
「つっこまないからな」
「神崎…あんた何でこんな事したの…」
「別に?マスターの話を聞いて情が移っただけの事だよ」
「嘘。だってあんたゴットマンなんでしょ?ゴットマンってかなり有名な配信者じゃない!リスクを背負ってまでする事じゃないでしょ!」
「あー、そういや、神崎ってかなり大手だったんだな!俺今日知ったぞ!」
「まぁ…強いて言うなら、サークルの為かな」
久堂を見ながら神崎はそう言い放った。
「……」
久堂は一瞬驚いた表情を見せると沈黙する。
「ずるいね…神崎って」
「ああ、そうかも」
久堂はゆっくり後ろを向いて深呼吸をする。
「入るわよ!私も!そのサークルに!」
勢いよくそう言うと、久堂は走って喫茶店に戻っていった。
「お〜、はえーな」
「じゃ、帰るとするか」
「お、おう?…てか大将、もしかしてここまで予定通りだったりする!?」
「さぁ…どうだろうな」
その時の神崎の表情は笑っていた気がする。
実際に初めて見たゴットマンだったけど、やっぱり神崎は本物だった。そんな奴とサークル活動。楽しみになってきたぜ。
「どうした?早く帰るぞ」
「おう!!!」
サークルメンバーは三人にへ。