第4話:よろしく聖貴学園
石畳の道を進むと目の前に大きな噴水があった。今日は他の生徒はいないが、普段であれば生徒で賑わっている。
「夏穂ちゃんじゃん! ヤッホー!」
「神無月先生、いいから自分の職務に戻ってください」
「ほんとツッキーと似ているよね。しかも私はちゃんと仕事をしていますぅ~」
彼女は神無月舞。聖貴学園の現代文を担当している教師で、園芸部の顧問も努めている。趣味はコスプレで他の先生方に内緒で休暇を貰い、コミックマーケットに参加してる。
「神無月氏、私を呼んだか?」
噴水の向こうからピシッとスーツを着こなした先生が歩いてきた。彼女の名前は月見澤シロ。舞と同じく聖貴学園の教師で世界史を担当している。また、陸上部の顧問もしている。そして舞の数少ない友人の一人でもある。
「神無月氏、仕事は終わったか? 早くしないと更新に間に合わないぞ」
「大丈夫、書き溜めしているからね」
舞とシロは趣味で小説を書いている。舞は色々な意味で伸び悩んでいるが、シロは小説を書いている時間が無いことをそれぞれ悩んでいる。それでもお互いの辛さをわかっているからこそ二人は、同僚であり友人であり、ライバルなのだ。
「祐さん、行きましょう。彼女たちと絡んでいると日が暮れてしまうわ。それに舞は何を考えているか、よく分からない先生だから」
祐は一礼して夏穂の着いていく。しかし、祐にはひとつ疑問があった。夏穂は生徒会長でありながら、まだ一年生なのである。これ以上自分で考えても答えが出てきそうになかったので祐は直接本人に訊ねることにした。
「そう言えば会長は一年生なのにどうして生徒会長になれたんですか?」
「前任の生徒会長が仕事を溜めに溜めて学園を追放されたのよ」
その結果、他の生徒の推薦ではなく前任の生徒会長の置き手紙に夏穂の名前が書いてあった。たったそれだけのことだった。それでも夏穂は断るわけにはいかないと思い、その話を飲んだ。
「なんか、大変でしたね……。そのときの会長の気持ちを全て理解することはできませんけど……」
「そうね、同情は要らないわ。その代わり、私の友人になってもらえないかしら」
「俺でよければ、よろしくお願いします」
「友人なんだから、もう少し砕けた口調でいいのよ、祐」
言葉では柔らかい印象を受けるが、夏穂の表情は全く変わっていなかった。それでも、その言葉に偽りはないと祐は確信していた。
「よろしく、夏穂」
祐と夏穂は握手をした。学園に来たばかりの不安しかない祐の心に少しの余裕ができた。それでも祐の心の中には不安が粘着していた。
しばらく歩くと祐たちは大きな建物に到着した。
「ここが寮。向かって右が男子、左が女子だから。間違えないようにね」
ちゃんとした用がある場合は入ることができるが普段は警備員にしっかり監視されている。それを気にせず動くことができるのは現生徒会長の夏穂と風紀委員のみ。勿論、悪用されないようにしっかりとセキュリティーによって守られている。
夏穂はタブレット型の生徒手帳を取り出すと祐の名前を検索した。すぐに祐の部屋番号と場所が表示される。
「十階ね。階数は私と同じね」
「寮って言うよりホテルだな」
「そうかもしれないわね」
エレベーターホールで待つこともなく、すぐにエレベーターは来た。エレベーター内は祐たちの他に誰も乗っていなかった。そのためエレベーター内は沈黙に支配されていた。
その沈黙を破ったのは夏穂の方だった。
「祐は普段何をしているの?」
「漫画とかネット小説をよんでいますよ、あとはゲームをしたり……そんな感じ」
「そう、私もネット小説はよく読むわ。この寮でも一部の部屋はネット回線が使えるわ……勿論色々な規定を守らないとだけど」
聖貴学園も世間から隔離されているわけではない。夏穂のように世間に強いタイプのお嬢様や御曹司もいる。勿論、その数は全体の一割にも満たない。
「そういったものには興味がなさそうだったんで意外」
「そうかもね、ちょっと手を貸して」
夏穂は祐の腕を掴んで扉の隣にあるセンサーにかざす。すると小さく音がしてドアの施錠が解除された。
「技術は良いけど悪用されないか不安ね」
「じゃ、お邪魔します」
お邪魔しますと言いつつ、この部屋は祐のものである。しかしそれでも祐の口からその言葉は出てきた。部屋に入ったときの祐の感想は”シンプルだなぁ”だった。何もない真っ白な部屋だった。何もないと言っても、風呂やキッチンといった生活に必要な物は揃っていた。
「壁に穴を開けるのは弁償になるから気を付けてくれれば、他は自由にしてもらって良いわ」
夏穂は廊下にいて部屋に入ろうとはしなかった。
「あ、すみません。何もないですけど、どうぞ」
「構わないわ。このあと仕事が残っているから。とりあえず、明日ゆっくり学園内を案内するわ」
「ありがとうございます」
祐は夏穂の姿が見えなくなるまで見送った。すると段ボールを抱えた用務員が祐に話しかけてきた。
「祐さまですか? お荷物です」
「そうです。荷物は、そこに置いてください。あとは自分でやるんで」
祐は持ってきてもらった段ボールの数が合うか確認してから段ボールを部屋に運び込んだ。とりあえず、奥に段ボールを置いてカッターを使って荷物を開封した。
「とりあえずディスプレイとか、壊れていないかとか確認したいな。据え置き型の最新機種が壊れたりしていたら立ち直れなさそうだし」
ぶつぶつと独り言をいいながら段ボールの中身を取り出しては棚に収納していく。数十分もかからずに空きがあった部屋も物によって占領されていった。それでも祐の家の部屋よりも広いため、ちゃんとした生活が出来そうだった。
そして一つ一つ丁寧に動作確認をして無事起動することを確認すると安堵による睡魔が祐のことを襲ってきた。それでも入浴をしなければという使命感で祐は、まだ寝ることができなかった。
「とりあえず、風呂に入らなきゃだ……」
よろよろとバスルームに向かい、入浴を済ませる。バスルームの内装は高級ホテルを思わせるような豪華な作りになっていた。その事にも驚きながら祐は体の疲れを取った。
「さっさと着替えて寝るか」
パジャマに着替えるとベッドに潜り込んだ。すると色々なことがあったせいもあって、すぐに瞼が重くなっていた。
そのまま夏穂が起こしに来るまで爆睡をしていたのは、この次のお話。