第2話:悩んで迷って決める道
その日、祐たちは結局ホームルームに参加することなく放課後を迎えた。それは他の教師が気を使っているからだろうと、祐はすぐに分かった。聖貴学園の学園長であるマリアが話したいと言った生徒だからこそ、特別視しているのだろう。
「祐、このあと何か予定あるか?」
「むしろ予定しかない。コンビニ行って今日の食料を確保しなければいけないし」
「そんなこと気にしないで、俺とゲーセン行こうぜ」
「お前、冷蔵庫開けたとき豆腐と牛乳しかないときの絶望感を体験したことがあるのか?」
祐にとって苦渋の選択だった。元々嫌われやすいため友人は、ほぼいないのに貴重な友人からのお誘いを断るわけだから。もちろん頭の中には食べないという選択しもあったが、出来れば避けたいことだと自分に言い聞かせて大樹と別れた祐の行く手を阻んだのは梓ではなく、部活の勧誘だった。
「君、野球部に入って一緒に甲子園を目指そう」
「なあ俺たちと一緒にサッカーやらないか?」
「お断りします」
全ての誘いを“いいえ”の一言で通りすぎていく祐の背中を勧誘に失敗した先輩たちは眺めることしか出来なかった。そんな中、祐の足を止めることに成功した部活があった。其は……。
「……水泳部」
祐はボソッと言ったつもりが水泳部の生徒には聞こえていたようで、すぐに祐を囲った。
「君、水泳に興味があるの!?」
「いえ、昔少しやっていたので」
「じゃあ……」
「悪いんですけど、今は興味がないので」
祐は出来るだけ嫌みっぽく聞こえないように気を使いながらお断りした。祐がその場を離れたとき、背後からコソコソと話す声が聞こえた。……偶然聞こえてしまった祐はうつ向いてそのまま全力で学校を出た。
「そう言えば今日はポイント二倍デーだったな。少し買い込むのもありだな」
無理矢理考えることを変えて気分を変えようとした。しかし、祐の心は今の天気のように曇っていた。
一度家に買えって来た祐は解錠してリュックサックと財布を持って自転車でコンビニを目指した。祐は、車道の左側を走っていると後方から警音器を鳴らされた。チラリと横目で見ると確認すると絡むと面倒な二人組だった。
「どこ見て運転しているんだよ、このガキが!」
助席の窓を開けて運転手が暴言を祐に向かって吐き出した。祐は天罰が下ることを祈り、車との距離を開けた。
大きな交差点を左に曲がり、コンビニ着き、祐は自転車を手で押しながら決められた駐輪場に置こうとしたとき、後方で物凄い衝突音がした。慌てて振り替えると先程、祐に喧嘩を売った車が対向車線の車と衝突したようだった。
「……世の中って怖いな」
そう言い祐は駐輪場に自転車を停めて、二重で鍵をかけて鍵を鞄にしまい、店内に入る。
「い、いらっしゃいませー」
祐はよくこのコンビニを利用するが、店員の声が震えているのは聞いたことがなかった。かごを持ちおにぎりのコーナーに行くとおにぎりの種類は減っていた。しかし背に腹は変えられぬと思い、かごに放り込んでいく。しゃがんで品出ししている店員の手が震えていた。祐は、お偉いさんでも来ているんじゃないかと思っていたら隣にいた人にぶつかってしまった。
「す、すみません」
「いえ、お気になさらず」
下げた頭を上げるとそこにいたのはマリアだった。コンビニという庶民的な場所に神崎マリアという存在は多くの子供の中に一人だけ大人がいるような状況に似ている。祐は周囲を見回しても、やはり自分がよく来ているコンビニで間違いことを再認識した。
「私もコンビニくらいは利用するわ。と言いたいところだけど、今回が初めて利用するの」
「そ、そうですか」
気まずくなった祐は逃げるようにレジに向かおうとしたが、祐の肩は、マリアの手によってしっかり掴まれていた。祐は油の切れたブリキのオモチャのように振り向くとマリアは俺が持っているかごを持ってレジで会計を済ませた。その姿を見て祐は、ただ呆然としていた。
「話してくれたお礼よ。一般人とって私は気軽に話しかけにくいのかな。こんな感じにフランクに行けば良いって聞いたんだけどな」
「ま、まあ。そうかもしれませんね」
「そのことは、もういいわ。それより少し時間はある?」
このコンビニはフードコーナーと呼べる買った商品を食べることができる、ちょっとしたスペースがあった。祐はそこでも構わないか訊ねるとマリアは快く承諾してくれた。椅子に座るとマリアは真面目な表情で祐に話しかけた。
「貴方、聖貴学園に転校する気持ちはある?」
「……質問の意味がよくわからないのですが」
祐は、マリアがなぜ自分に転校の話を持ちかけてきているのかが分からなかった。祐自身が聖貴学園と釣り合っていないと思い込んでいる。
「……貴方の夢は何?」
「え……」
突然質問されて祐は、何も答えることができずに黙り込むしかできなかった。しかし祐は夢でよく見る少女を探すという不確かかもしれないが夢があったはずだった。
「私はね。小さな夢でも持つべきだと思うの。夢って成長すればするほど現実を見てしまう。そして探そうとしなくなる。まぁ、現実を理解する力がついたとも言えるかもしれないけど学生は夢を見る職業よ。勉強が全てじゃない」
「……そうかもしれないですね」
「夢がないなら聖貴学園で探せばいいし、夢があるんだったらそれを育てない?」
「考えておきます」
「それじゃ、この電話番号に電話して。そしたら迎えにいくわ。聖貴学園で貴方とで会えることを楽しみにしているわ」
マリアは高そうな手帳に電話番号を書きページをちぎって祐に渡した。祐は紙を受け取り、一礼してコンビニをあとにした。鍵を解除して自転車で帰宅した。
「ただいま」
祐が家につくと家の鍵は開いていた。ドアを引いて家に入ると家の中からお帰りという声が聞こえてきた。
「母さん、今日は仕事で遅くなるんじゃないの」
「うーん。話しにくいんだけど、今日海外に転勤しないかって話が来ているんだけど祐のこともあるし」
「それなら大丈夫だよ、聖貴学園に転入の話が来ているんだ」
祐は今日あったことを出来るだけ丁寧に説明した。そして次に自分の母親が海外に行く経緯を聞いた。祐は別に自分の親が決めたことには文句を言うつもりはなかった。むしろその背中を押そうと思っていた。
「いいんじゃない? 母さんが海外に仕事をしに行くんだったら俺は聖貴学園でお世話になればいいんじゃない? しかもあの学校は寮生活だし」
「ま、従者コースに通って敬語の勉強をした方がいいのかもしれないわね」
保護者の許可が下りたところで祐は渡された紙に書かれた電話番号に電話をかける。数回コールしたあとマリアが出た。
「あ、もしもし。祐です」
『……決めたのね。電話してきたってことは』
「転入を希望します」
『ええ、皐第二高校には私から連絡しておくわ』
「はい、お願いします」
『ちなみに好きな色は?』
「え? 緑ですけど」
『そう、分かったわ』
通話を終了して、少し遅めの夕食を食べた祐は入浴を済ませて部屋に戻った。そして少しでも荷物をまとめておこうと思ったからだ。
「従者コースでも普通に就職とか出来るだろうし。気楽に構えよう」
祐の荷造りは二時間以上行われた。
リビングに一人残された祐の母親は暫く考えた後スマートフォンを取り出して何か操作してから電話をかけた。
「やあ、久しぶり。元気にしている? え? 誰かって忘れたの……。酷いな。君の一番の理解者だよ。そそ、言わなくても分かるよね? あ、そうそう逆探知しても無駄だからね」
通話を終了した祐の母親はリビングの明かりを消した。