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第1話:動き出す新たな物語

「――くん、早く早く」

「待ってよ」


 青空の下、緑色の草原を二人の幼い子供が駆け回っていた。少年は少女を追いかけるが、走っても走っても追いつけることはなかった。


「ねぇ!」

「だらしないよー。ほら」


 少年は少女に向かって声の限り叫ぶと少女は振り返り、少年に手を伸ばした。その手を少年が掴もうとしたとき、少年は現実に連れ戻された。

 少年は何もない空間に手を伸ばしいていた。暫くは余韻に浸っていたが、やがて恥ずかしくなり伸ばしていた右腕で顔を隠す。

 彼の名前は山谷(やまたに)(ゆう)。本日から(さつき)第二高等学校に通うことになっている新入生だ。跳ね上がっている髪の毛を押さえつけて何とか身だしなみを整えようとするが、癖毛のようにすぐに戻ってしまう。


「ふぅ……ワックスでどうにかするか」


 独り言を言いながら階段を降りてリビングに向かう。リビングのテーブルの上には一枚の紙が置かれていた。紙には走り書きで“仕事で今日は早く出ていきます。朝食以外は自分で何とかしてください。母より”と書かれていた。確かに朝食はキッチンに置かれていた。問題は昼食と夕食の確保である。祐は冷蔵庫に手をかけたとき嫌な予感がした。


「冷蔵庫から何か引っ張り出して簡単に済ませればいいんだけど、問題は冷蔵庫の中身だよな」


 祐の記憶の中に、母親が買い物に行っている姿は思い浮かばなかった。疑心暗鬼になりながらも母親を信じて冷蔵庫の扉を開けた。冷蔵庫の中身は……豆腐が一丁、牛乳のパックが一本しかなかった。祐は一つ大きくため息をついた。


「これで、どうやって一日乗り越えろと!? うちの母さんは何を考えているんだ」


 とりあえず祐は、用意されていた朝食をレンジで温めて誰もいないリビングで一人で朝食を済ませた。完食し、皿を食洗機に入れてから自室に戻っていった。そして真新しい制服に袖を通し、ネクタイに苦戦しながらも制服に着替えて洗面所に向かう。


「……とりあえず午前中で終わるから一旦帰ってきてコンビニで昼食と夕食を確保しよう」


 ワックスの付けすぎに気を付けて髪型を整えているとインターフォンが鳴った。慌てることなく髪型を整えながらリビングのモニターを確認する。そこには友人の鬼月(おにづき)(あずさ)がカメラを覗き込んでいた。祐は誰がいるのかを確認してから通話ボタンを押した。


「梓か。何のようだ」

「やあ、元気にしてる?」

「はいはい、元気ですよ。今ドアを開けるから」


 祐はリビングに来るときよりも、さらにゆっくり歩いて玄関まで来た。ドアを押し開けて梓を招く。梓はニカッっと笑い、お邪魔しまーすと軽く流して入ってきた。


「今日から高校生活だよ。楽しみだね」

「そうでもない」


 リビングに戻る祐のあとを追いかけるように梓も続く。


「ちょっと、ネクタイ曲がっているよ」

「あ? マジか」


 そう言って梓は祐のネクタイをキチンと結んでくれた。この場面だけ見たらラブラブなのかもしれないが、二人にそういう感情は芽生えなかった。祐は漫画を読んだりやゲームをするので忙しく、梓は小学生の頃から足が速いため陸上競技に集中していた。そんな対照的な二人である。


「さて、そろそろ学校に行くとするか」

「そうだね! 迷子にならないように、しっかり地図アプリを入れておいたんだ」


 そう言って梓は自信満々にスマホの画面を祐に見せつけた。梓がそこまで気にする理由は、祐たちが小学生の頃に寄り道をして迷子になった出来事が関係している。寄り道をした結果、現在位置が分からなくなり、そのとき自信満々の梓についていった結果、隣の市まで連れていかれたことが二人の心の中に深く刻まれていた。


「とりあえず目的地に学校を指定しておき、しゅっぱーつ!」


 祐も準備は粗方終わっていたからスムーズに家を出ることができた。施錠をしっかりして鍵がかかっていることを確認する。


「学校までダッシュだ!」

「おいおい、俺は――」

「初日から遅刻して許されるのはアニメの世界だけだよ!」


 梓は祐を置き去りにして全力で駆け出した。祐も慌てて後を追いかけようとしたが、中学生の頃は文化部に所属していた祐が陸上部の梓に敵うことはなく、差はどんどん広げられてしまう。三十秒ほど頑張って走ってみたものの、梓は遥か彼方先を爆走していた。祐は諦めて自分のペースで歩き始めた。

 誰かから連絡が来ていないか確認するためにスマホを取り出すと、一通のメールを受信していた。送り主は不明、本文に“今日、君の人生が変わる。受け入れるか、受け入れぬかは君次第”とだけ書かれていた。


「なんのことだ?」


 かと言って普通の迷惑メールとは明らかに異なることは祐も理解していた。大概の迷惑メールは本文にリンクが張ってあるものが多い。しかし今回は明らかに異なっている。

 祐は考えるのをやめた。考えたところで答えが出てきそうにないことを察したからだ。


「祐じゃん、お疲れ~」

「大樹か」

「なんだよ、俺じゃ悪いかよ」


 彼の名前は山中(やまなか)大樹(だいき)。祐の数少ない友人の一人で中学生の頃は祐と仲良く遊んでいた奴だ。


「ま、高校生になってもよろしくな」

「ああ」


 皐第二高等学校に着くと駐車場に黒い高級車、リムジンが駐車していた。この学校とは無縁の存在だし、その存在感はかなり大きい。


「何でこんなところにリムジンが停まっているんだろうな」

「違和感しかない」


 そんな会話をしながら駐車場を横切っているとチャイムが鳴り出した。祐は自分が付けている腕時計で時間を確認すると始業式開始の時間だった。恐る恐る体育館の中に入ると、教師たちから冷たい視線を送られる。


「二人とも、あとで職員室に来なさい」

「はい」


 祐と大樹は大人しく返事をして事前に発表されていたクラスごとの列の最後尾に並ぶ。祐たちのすぐ前は梓でクスクス笑っていた。そして祐に耳打ちをした。


「私も、あと少しってところで始まっちゃって間に合わなかったんだよね」


 大人たちがダラダラと無駄話をする始業式が終わり、解散かと思いきや一人の女性が壇上で話始めた。


「そのままで構いませんで、お聞きください。私は神崎(かんざき)マリア、聖貴学園の学園長です。手短にお話ししますと皐第二高等学校の優秀な生徒を我が学園に転校していただこうかと思います」


 聖貴学園。それは有名な令嬢や御曹司が通っているとされているランクの高い学園である。また令嬢や御曹司が在籍する主人コース。将来、従者として羽ばたきそうな人物を集めた従者コースが存在する。

 そんな学園の長がこんな普通の高校に足を運んでいるのには、何か理由があるのではないかと祐は勝手に想像していた。

 その話を聞いた生徒たちは歓声をあげた。それは、有名人がコンサートを開催したときのような盛大なものだった。そんな中で祐たちは実にどうでも良さそうに見ていた。実際に転校したところで良くて主人が見つかる。それだけだ。


「実にどうでもいいな」

「まだ続くのか、このあと職員室に呼び出されているしさ。夕食とかの食材探しに行かないとだからさ」


 祐たちは一足先に体育館を抜け出して職員室に向かった。その事に気がついた生徒指導の先生も祐たちの後を追った。

 職員室に入ると真っ先にコーヒーの匂いが祐たちを歓迎していた。


「とりあえず、そこのソファーにでも座っていろ」

「はーい」


 間抜けな声で返事して祐たちはソファーに腰を下ろした。暫くすると、マグカップを片手に生徒指導の先生が戻ってきた。


「で、お前らは何で遅刻したんだ」

「別に対した理由はありませんよ、ただ遅れたそれだけです」


 祐は間をいれずに答えた。こういう教師は本当に面倒だと祐は内心思っていた。


「まったく。今日は来賓の方が来ていると言うのに」

「聖貴学園のお偉いさんでしたっけ」

「お偉いさんではなく、神崎マリア。ただの学園の長ですよ」


 勢いよく職員室のドアが開き、登場したのは神崎マリアだった。マリアの登場に生徒指導の先生は鯉のように口をパクパクさせていた。


「彼らと少し話をさせてもらっても良いかしら」


 生徒指導の先生は、ただ赤べこのように頷いた。マリアは微笑み、ソファーに座った。


「貴方たちは本当に仲が良いのですね」

「普通ですよ。もっとも俺には梓と大樹しか友人がいないので」

「ふふっ、面白い子ね。ねえ、いきなりでごめんなさい。貴方たちは(ひじり)静奈(せいな)という人物を知っているかしら」


 祐たちは揃って首を横に振った。聖静奈という人物は初めて聞く人の名前だった。


「そう、ありがとう。話せて楽しかったわ」


 そう言ってマリアは職員室を出ていった。このとき、彼らの新たな物語は動き始めようとしていた。



 職員室から出たマリアを多くの生徒が囲んだ。誰しもが聖貴学園に転入を希望している生徒だった。学園にとっては確かに嬉しいことだが、一般人が増えすぎると令嬢や御曹司と衝突する可能性が高まる。それだけは避けたいことだ。


「ごめんなさいね、直接の交渉は受け付けていないの」


 ここに集まっている生徒が仮に転入するとなると、面倒なことになるのは火を見るよりも明らかである。マリアは誰を受け入れるか、ほぼ決まっていた。

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