『エッジ』 第8章 帷面権現(15)
それから数日後の晴れ渡った日、礼韻と優丸は帷蔵山という近くの山に登った。
自らが登ろうと思い立ったのではない。そういう指示が届いたのだ。
その前夜、老婆の運んできた夕飯に、一通の封書があった。開けると、翌朝、男2人で帷蔵山へ登れと書かれてあった。言葉の下には手書きの地図が記載されていた。
礼韻と優丸はその簡易な指示書に従い、日の出とともに小屋を出た。
小屋を出るとき、涼香が、今晩帰れるのかと不安顔で聞いてきた。礼韻は振り向き、分からないと答えた。本当に何もかもが分からないのだ。
山に登れと言うからには、とにかく頂上まで行けということだろう。しかし礼韻はその山の標高もルートの険しさも分からないのだ。そしてまた優丸も知らなかった。
ルートはなかなかの傾斜だが、けもの道というわけではない。雑ではあるが、登山道となっている。その道を、礼韻が黙々と上がり、優丸が付いていく。
口を聞かないのは、単に息があがっているからだ。礼韻は万事に長けた男で長距離走などもお手のものだが、極端なハイペースできつい勾配を登り続けのために荒い息を吐きっぱなしだ。
汗も流れ落ちる。ところがうしろを振り向くと、優丸は涼しい顔で付いてきている。驚くべきことに、振り向いた礼韻に微笑すら浮かべる。
礼韻はこれまでの人生でほとんど味わったことのない感情がわき立った。「悔しい」、と。
その感情が礼韻の疲れを飛ばした。より速度を上げ、まるでクロスカントリーかのように駆け上がっていく。優丸はしかし、ぴたりと付いてきて離れない。
「あっ!」
礼韻が足をもつれさせ、ざざっと地面に倒れ込んだ。
参った、というように礼韻は苦笑しながら首を振り、振り返って座り込んだ。
「かなわないな。すごい脚力だな」
優丸に、降参の意を伝えた。
優丸は黙って、ティッシュペーパーを差し出した。転んだときに頬を切り、血が一筋流れているのだ。
空に雲はなく、青空が広がり、緑に覆われた山並みと合わせて目が痛いほどだった。優丸は立って腰に手をあて、礼韻は座って、じっと眺めた。




