『エッジ』 第8章 帷面権現(12)
呆れた表情で、涼香が礼韻を見ていた。これまで、突拍子もないことは何度も言われて、もう慣れてしまっている。しかし、時を超えるというのは初めてだった。
「どうやって……」
呟くように、小さく返した。
「分からない」
首を傾げる涼香に、礼韻は願坐韻とのこれまでのやりとりを話した。
涼香もまたひと通りの帷面に対する知識があったので、話は早かった。
「でも、時を超えるなんてこと、そんなに簡単に信じたの?」
理に合わないことを極端に嫌う礼韻の性格を知っている涼香は、首を傾げながら聞いた。
「とんでもない。ここまで来ても、まだ疑ってるよ。出身者の優丸には悪いがな」
「いや、おれだってそうだよ。ここの地理も人も把握しているし、伝承も世間に出ているものより詳しく知ってるけど、実際に時を超えた人間がいるなんて聞いたこともないし、信じられるはずもない」
そこで3人は互いに視線をはずし、黙りあった。
時折硬質の虫がぶつかるようで、窓ガラスがカチンと響く。それ以外に音はなく、静かだった。
「いずれにしても……」
その静寂を打ち破り、礼韻が低く、静かに言った。
「修行が始まるわけだ、時渡りの。特殊部隊並みに厳しいのかな?」
その言葉に、俯いていた優丸が礼韻に顔を向けた。
「修行は、おそらく、ないよ」
礼韻が眉を寄せながら見返す。どうしてだ、という言葉の含まれた表情だった。
「帷面の伝承では、修行はないんだ。時渡りをできる者というのは、鍛えてなるものではない。生まれついての資質が必要で、それのない者は努力をしてもどうにもならない」
礼韻はその説明にはおおいに頷けた。礼韻は常々、素質のない者の努力を評価しないことを公言していた。乾燥地帯で雨ごいするようなもので、雨が降る素地がなければそれに伴う行為はなんら効果を発揮しないという考えだった。
だから、資質至上で修行などしないという意味は分かる。しかし、それでは資質があるかないかはどうやって見抜くのだ。やはりなにかしらのテストは必要なのではないか。礼韻は優丸に疑問をぶつけた。
「帷面の伝承では、いいか礼韻、伝承だぜ、本当のことかは分からないぜ、でも伝承では、帷面の賢者が見て、光った者だけが時渡りを許されるというんだ。だから修行なんかではなく、ただ日常を暮らすしかない」
「ずっと?」
涼香が口をはさむ。
「それも分からない。この伝承が本当だとしても、いったい誰が賢者なのかも分からないのだから」
「あるがままか。たしかにその方が、術の会得にふさわしいかもな」
礼韻のつぶやきを最後に、また沈黙が3人を包んだ。
しばらくして、戸がノックされた。その不意の音に、3人はハッと、顔を見合わせた。




