第一章 恋に恋して03
10時過ぎまで璃杏に粘られ、やっとの思いで部屋から追い出した颯太は、ベッドに横たわり、額へ腕をのせる。
颯太が荒れているとき、璃杏にまで影響を及ぼしていたことを、つい最近まで知らなかった。
そんなこと、おくびにも出さなかった璃杏である。
「璃杏?」
洗面所で、一生懸命に何かを洗っているのを見つけた颯太が声を掛けると、璃杏は肩をびくつかせ、それを隠す。
「何している?」
見ると、足から血が出ていた。
「誰かにやられたのか?」
怖い顔をして聞く颯太に、璃杏は涙を堪えながら、首を横に振り続ける。
「言えよ。誰がやったのか。俺がそいつを」
「大丈夫。璃杏、強いから。颯ちゃんを守るって決めたの、だから」
両腕をしっかり握った璃杏が、不安げに颯太を見上げる。
その顔にも、かすり傷があった。
相馬に説得を受けても、あんな話を聞かされても、なかなか学校へ足が向かなかった颯太である。
行けば、黒田に会う。会えば、また何かをしてしまいそうで、自分に自信が持てなかった颯太である。
あんなことさえなければ……。
あの日、密かに思いを寄せていた、吉野朱里と、休日、どこかへ遊びに行こうと話しているところだった。
颯太は、黒田を特別意識したことなどなかった。
どうして、あんなことを言い出したのかも分からないまま、颯太は気が付くと黒田を殴ってしまっていた。
今、冷静になって考えても、母親が殺人犯と言われたからなのか、血の繋がらない親子を指摘されたからなのか、それとも、朱里に怯えた目で見られてしまったショックからなのか、自分が自分で、分からないのだ。
確かに言えるのは、学校には絶望しかない場所。
その行動が、どれだけ璃杏を傷つけていたのかなんて、まったく知ろうとはしなかった。
大学まで通ずる一貫校だということを、颯太は、すっかり忘れてしまっていたのだ。小学部へ通っている、璃杏に影響を及ぼすってこと、考えてみればすぐに分るものの……。
颯太は、璃杏を守るために学校へ行くようになった。
しかし、それもすぐに限界が来てしまう。
自分が思っているほど、強くなかったのだ。
ずっと姿を見せていなかった相馬が、一人で公園にいる颯太の前に現れたのは、十一月のよく晴れた日だった。
世間話をして、肩を叩く相馬の手に、力がないことに気が付く。見ると、少しやつれたかのようにも思えた。
「一度、出てみるのも手かもしれないな」
そういう相馬の顔を、颯太は見詰める。
相馬からそんな言葉を聞けるとは、思ってもみなかった。
そして、颯太は決心を固め、十二月の今にも雪が降りそうなどんよりとした朝、両親へ伝えたのだ。
――朝、早めに起きた颯太は、えっと驚く。
いつの間にか璃杏がベッドへ潜り込んできていたのだ。
寝言で自分の名前が呼ばれ、颯太はギクリとなる。
そっとベッドを抜け出し、颯太は階下へと降りて行く。
天璃が食事を済ませ、コーヒーを飲んで寛いでいた。
食卓へ着く颯太に気が付き、天璃が顔を上げる。
「お前も食うか」
「大丈夫」
「そう言わず、食っていけ。力が出ないぞ。と言っても、ママはいないから、パンとコーヒーで我慢しろよ」
コーヒーとトーストを用意して、天璃が戻ってくる。
「颯太、学校へはきちんと通っているか?」
聞かれて、颯太は思わず目を伏せる。
「うん」
嘘を吐くときの、颯太の癖だ。
そんな颯太の顔を、天璃は覗き込む。