第一章 恋に恋して01
息を切らした颯太が店へ入って行くと、ソーダ―水を飲んでいた璃杏が、目を輝かせ飛び付く。
「璃杏、お前また家出してきたのか」
「だって、颯ちゃんがいない家、つまんないんだもん」
「つまらないって。華さん、心配するじゃないか」
「大丈夫だよ」
今、映画の撮影で、美希は海外へ行っている。天璃が帰るまで、近所に住む知人に預かってもらえるよう、頼んであるのだが、璃杏はことごとくそれを無視して、颯太に会いに来てしまうのだ。
「璃杏」
「だって、てるちゃん、嫌い」
「またそんなこと言って。だったら、比呂美さんに預かってもらうか? あの人なら、車で学校まで迎えに来てもらえるし、人の手もたくさんあるし、そうするか? 俺から父さんたちに言ってやっても」
「颯ちゃんのバカ。何で分からないの? 璃杏は颯ちゃんが良いの。颯ちゃんと一緒に居たいの。私の気持ち、知っているくせに、意地悪言わないで」
「いじわるって、お前な、俺とは兄妹で」
「だって私たち、血が繋がっていないんだよ。同じ屋根の下で暮らしていたってだけで、今は颯ちゃん、篠原になったし、全然、問題ないじゃん」
痛いところを突かれた颯太は、言葉を失ってしまう。
「大体、どうして送り迎えが必要なの? 私、もう六年生だよ。確かにずっと颯ちゃんと一緒だったから、最初は不安だったけど、今は一人でも平気だよ。地下鉄とかも間違わずに乗れるし」
「そう言うことじゃなくて……」
「パパもママも大げさなんだよ」
「そんなことはないと、おじさんは思う。璃杏ちゃん、可愛いしさ、世の中、変態が多いし」
口を挟む柳井を、璃杏が怖い顔して睨む。
「すいません。俺、連れて帰ります」
「嫌だ。颯ちゃんが一緒に戻るまで、私も帰らない」
「だから、何度も説明しただろ」
「颯ちゃんが好き。大好き。あと四年もすれば私たち、正規の家族になれるよ」
「何を言っているんだ?」
「颯ちゃん、私のお婿さんになればいいんだよ」
「お婿って」
絶句する颯太を、璃杏が乞うように見上げる。
璃杏の気持ちは、だいぶ前から分かっていた。
だが、颯太にはそれを受け止めることができないのだ。
颯太にとって璃杏は、可愛い妹でしか過ぎない。
「璃杏……」
颯太の次の言葉を遮るように、ぱっと離れた璃杏が、声を張り上げる。
「パンパカーン発表します。私こと、乳井室璃杏は、篠原颯太と結婚することを、ここに誓います」
「コラ。璃杏、そんなこと勝手に誓うな」
颯太に怒られた璃杏は、むくれてしまう。
「颯太は良いな。明るい未来が約束されていて。俺、この齢になっても、そんな人、巡り会えやしない」
「もう柳井さんまで。何を言っているんですか? 止めてくださいよ」
「赤くなって、かわいいね。颯ちゃん」
「もう、柳井さん、本気で怒りますよ。ほら璃杏、くだらないこと言ってないで、家に帰るぞ」
「ああ颯太、今日はそのまま戻ってこなくてもいいように、勉強道具、持って行け」
「嫌ですよ」
「何で? 璃杏ちゃんを一人で留守番なんかさせたら、それこそ天璃さんに、殴られるぞ」
「大げさな」
言い返す颯太に、柳井がわざとらしく驚いて見せる。
璃杏ではないが、少し過保護気味の反応だと、颯太も思う。
周囲の大人たちは、やたら二人を気にしたがる。それは今始まったことではない。その理由も曖昧で、はっきりとしていなかった。
「10歳になったって言ってもなぁ、最上美紀の娘だし、美人だし、可愛いし、誘拐とか、考えたら怖いよな。もしそうなったら、誰が責められるのだろう? 俺か、お前か、はたまた璃杏ちゃん、本人か。きっと言われるのは間違いなく、颯太だな。颯太がそそのかしたって、周りの大人たちは口を揃えるな。パパやママが言わなくても、教師やおまわりさんは確実に言うな。前が前だけに。そして最後に、非難の目は俺に向けられる。俺、店、やって行けるのかぁ、心配だ」
「柳井さん、大げさすぎ。どうして俺たちの周りにいる大人たちはみんな、そうなのかなぁ?」
真顔になった柳井が、言う。
「璃杏ちゃんも、大人の言うことを聞かないと、えらい目に遭うぞ。颯太バカだから、璃杏ちゃんに何かあったら確実に、そいつを殺しにかかると、思う。今度こそ、会えなくなっちまうぞ」
「それは俺が……」
「何を勘ぐっているんだよ。それほど妹思いの兄だって、俺は言いたいだけ。もし、俺に妹が居て何かあったら、確実に魂を取りに行く。お前もそうだろ?」
納得はしていなかったものの、颯太は頷く。
「どうする? 璃杏ちゃん、今度は留置所か、刑務所か。そうしたら、二人揃って死刑になるんだろうな」
「何で二人?」
颯太に聞かれ、柳井がニッと笑う。
「当然、お前一人に、させるわけないでしょ。保護者だし、璃杏ちゃんのファンだし」
「え? そんなの嫌だ」
「本気でそう思ってくれるか、璃杏ちゃん」
璃杏は大きく首を縦に振る。
「だったらもう、こんなことをしないって、約束してくれる?」
「ええそれは……」
「分かった。璃杏ちゃん、みなまで言うな。そうしたらこうしよう。パパたちが行ってもいいですよって、言ってくれたら来ても良い。但し、一人で来ちゃダメだ。来るときは颯太に迎えに行かせる。それが無理そうなら、俺たちが信用できる人と来る」
「颯ちゃん、迎えに来てくれる?」
「ああ。だけど、前日に連絡しろ。そしたら学校まで行ってやる」
「学校? 嫌じゃない?」
「まぁな、言うやつは言うだろうし、嫌な奴にも会っちまうかもしれないけど、可愛い妹のためだ。そのくらいは我慢する」
「妹、妹なの?」
璃杏に目を覗かれ、颯太ははっきりと頷く。
「そう、璃杏は俺の大事な、たった一人の妹だ」
「颯ちゃんのバカ」
璃杏が一人で、店を飛び出して行ってしまう。
面食らった颯太が、柳井を見る。
「璃杏ちゃんも、女だね。って、早く追いかけろ。マジあの子、可愛いから、しっかり守らんと」
促されて、颯太は慌てて店を飛び出して行く。
ブラコンはLOVE HOUR のお約束ですから……。
本人が勝手に思っているのですが(^^ゞ