プロローグ05
ラフな格好で現れた相馬は、今日は非番だと話す。
部屋から出され、いつも遊んでいた場所へ連れて行けと、命じる相馬を、しげしげと颯太は見る。
無茶な話である。誰が好き好んで刑事と遊ばなければならないのか、まったく意味不明の颯太は頑なに拒むが、それが通用する相手ではない。
--数分後。
「結局行くんだからよ。もっと気持ちよく承諾しろよ」
颯太は相馬に頭をぽかぽかと叩かれながら、繁華街を歩いていた。
何を目的でこうしているのか、理解に苦しむ颯太である。
「腐った目をしやがって。もっと楽しそうにしろよ」
誰がマッポと一緒に遊んで楽しめるかっていうの。
そんな颯太の胸の内など知らない相馬は、次から次へと場所をかえさせては年甲斐もなくはしゃぎ声を上げた。
ようやくファミリーレストランに腰を落ち着かせたのは、4時をだいぶ回った時である。
出された水をがぶ飲みした相馬が、目を細める。
「しかし、時間が経つのは早いな」
数時間連れまわされ、すっかり毒気を抜かれてしまった颯太である、くたびれた表情で相馬を見返す。
「何だ、聞きたいことでもありそうな顔だな」
相馬に言い当てられ、颯太は目を瞬かせる。
「図星か」
……今日なら、聞けるかもしれない。
と颯太は思った。
ずっと颯太を、苦しめ続けたことである。
「はっきりしろよ。聞きたいことって何だ?」
相馬にせかされ、颯太はようやく口を開く。
「相馬さんと、父とはどんな関係なのですか?」
前置きに過ぎない、その言葉に相馬は片眉を上げる。
「そうか、颯太はまだ五歳だったから、覚えてないか。乳井室さんと同じくらい、颯太とは面識があるんだ、実は俺」
「どういうことですか?」
「乳井室さんは、ある事件に巻き込まれた被害者で、その事件を担当したのが俺」
じっと見つめ返す颯太を見て、相馬は口元を緩める。
「同じ目だ。傷ついた父親を庇うように、ベッドの脇でそうやって俺を見てきた」
「俺が?」
「なかなか意識を戻さない乳井室さんに、少しでも刺激を与えたいと思った妹さんの発想だった、と聞いている。一度会わせたのが最後。それからは離れようとしなくなってしまい、困ったという話だったな」
淡々と言葉を並べた相馬は、通りかかったウェイトレスにコーヒーのお替りを頼む。
颯太が聞きたいのは、別にある。
不自然な間合いができ、相馬は窓へ視線を移す。
颯太は生唾を飲み込み、絞り出すように言い繋ぐ。
「相馬さん、母のこと、知っていますよね」
「ああ最上美希。良い女優だ。大河ドラマ、お市の方、あれは良かった」
「そうじゃありません。篠原節子の方です」
「おい。声を落とせ。他の客が見ているじゃないか」
勢い余ってしまった颯太は小さくなる。
「会ったことはないが、何が知りたい?」
「篠原節子は、本当に人殺しをしたのでしょうか」
一瞬の間を作った相馬が、ゲラゲラと笑いだす。
「何がおかしいですか」
「悪い。誰がそんなくだらないことを言っている?」
「違うのですか?」
「俺が知っている限りでは、殺しはやっていない」
「でも、父の脇腹には、大きな傷跡があります。あれは俺の母親が」
「ばかなことを言うな。そのこと、乳井室さんに聞いたことあるのか?」
「怖くて、聞けません」
「だったら、どうしてそう思うんだ」
「クラスの奴に、お前の生みの親は殺人犯だって言われました」
「お前はバカか、頭が良い学校へ通っている割に、そんなことで迷わされやがって。単なるうわさ。想像の賜物。真実を知りたければ、もっと確実なところから情報収取しろ。少なくとも、乳井室さんの傷は、篠原節子が付けたものではないから、安心しろ」
信じていいものか、疑ったが、颯太はそれ以上、何も言わなかった。
一人になると、颯太はどうしても考えてしまうのだ。
上着のポケットで携帯が鳴り、颯太は現実へ引き戻される。
柳井からのメールだった。
妹の璃杏が来ている知らせのメールに、今すぐ帰りますと返信した颯太は立ち上がる。
「篠原君。見っけ」
その声に、颯太は振り返る。
まことが、通用口からこっちへ向かって、歩いて来るところだった。
颯太はそれを無視する。
無言で颯太が戻り始めるのを見たまことが、笑みを零す。
「なんだ。心配して損した。ちょっと空気吸いに来ただけか。てっきりさぼりかと思って探しに来ちゃった」
どこまでも勘違いをするまことを、颯太は本気で疎ましく思う。
「篠原、どうした?」
意表を突く、教師の言葉に、まことは颯太を顧みる。
「早退、します」
さすがにそれには教師も黙ってはいられずに、教室を出て行ってしまった颯太を追いかけて行く。
下駄箱で捕まった颯太は、切羽詰まった顔を作る。妹が居なくなったことを、切実に語ってみせた。
最上美紀の娘。それだけで価値がある。
信ぴょう性が薄い話に、颯太は一粒の涙を添えた。
半信半疑ながら、教師は了承する。
すべては多額の寄付の賜物。
問題を起こした颯太を受け入れてくれる学校は、そう多くはなかった。
海外留学と言う案も出されたが、璃杏が納得してくれなかったため、両親は多額の寄付で、颯太をこの学校へねじ込んだのである。
嘘を吐くことなど、何とも思わなくなってしまった自分を、もう一人の自分が嘲笑う。
颯太は、こんな自分が嫌いだった。
なくなって消えてしまいたいとさえ思う。
しかし、そうすれば必ず璃杏が、後を追ってくる。ずっとそうしてきたように。だからできないのだ。
不良の塊の中、泣きながら飛び込んできた璃杏の姿を、颯太は思い出し、空を見上げる。
やるせなさで、胸が締め付けられて行く。
前置きはここまでです。