表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/61

プロローグ02

 「篠原君、早くしないと」

 まことの言葉を無視して、颯太はゆっくりと靴を履き替える。


 遅刻は遅刻なのだ。急いだところで、この事実は変わらない。怒られることも、謝らなければならないことも同じなら、別に慌てる必要はない。


 「だから、急ごうよ。どうして篠原君って、やたらのんびりしているの? それに授業中、いつも寝てばかりだしさ。こんなこと、聞いて良いか分からないけど、躰のどこか具合でも悪いの?」


 ……ウザい。


 この一言に尽きる。聞いて良いか分からなければ、聞くな。


 コンタクトをわざとはずしてきている颯太である。

 まことを凝視した目つきが、悪くなっているのは、自覚している颯太。


 唇をギュッと噛んだまことは、頭を潔く下げた。


 「ごめんなさい。言いたくなかった……よね。分かるよ、その気持ち。病気とかすると、悲観的になってしまう部分もあるみたいだし、治療とかも大変だと思う。篠原君、でもね、でもさ、それでもこうして、学校へ来られているだけ良いよ。うちの……」


 自分の脇を素通りして行く颯太を、まことは慌てて追いかける。

 「待って。怒っちゃった?」

 先回りして、階段を上って行く颯太の顔を、まことは覗き込む。

 「大丈夫だよ。篠原君、頭が良いしさ。病気だって、乗り越えて行けるよ。私、応援するから、一緒に頑張ろう」

 呆れて見ている颯太へ、まことは小さく微笑み、急ごう。と腕を掴んだ。

 言い返すのも面倒な颯太は、なすがまま足を動かしていく。

 静まり返った廊下に、二人の足音だけが響く。


 教室の前。


 立ち止まったまことは慌てて身なりを直し、颯太に目配せをする。

 その仰々しさに、吹き出しそうになってしまう。


 見られた。

 と思った颯太は赤面する思いで、渋い顔を作り直す。


 まことが頬を緩ませ、ドアに手を掛ける。


 そっぽを向いている颯太に、小さな声で「行くよ」と言う。


 たかが遅刻ぐらいで、と、中へ飛び込んで行くまことを見ながら、颯太は呆れてしまう。


 「遅れてすいません」

 バカが付くほどの真面目なまことに、颯太はついていけないと思う。

 「ああおはよう。有賀が遅刻なんて珍しいな。寝坊か?」

 面を食らったように言う担任教師、保科にまことは苦笑で返す。

 中へ入って行くタイミングを計る颯太を、目敏くクラスの一人が見つける。

 「え? 篠原君と一緒って。ええ! 二人って、もしかして、そういう仲だったの?」

 「そういう仲って、遅刻仲間ってこと? 一人で怒られるより、二人の方が良いのではと思いまして、不肖ながらわたくし、有賀まことは、駐輪場にたまたま居合わせた篠原君を、拉致って参りました」

 まことはおどけて、敬礼をして見せる。


 呆れの極みである。


 無言で自分の席へ着こうとする颯太に、まことが食って掛かる。

 「待って篠原君。まだ先生に、遅れてきたこと、謝っていないよね」

 制服の裾を掴まれ、行く手を阻まれた颯太は、うんざりと見やる。

 目を反らそうとしないまことに、颯太は渋々謝り、席へ着く。

 たった数分のやり取りではあったが、颯太を相当くたびれさせるものだった。


 ほほ杖をつき、外を眺めているうち、瞼が重くなってきてしまう。

 「有賀、どうした?」

 遠くで、保科の声が聞こえ、次の瞬間、頭に衝撃を覚える。

 「痛っ」

 いつの間にか机に長くなってしまっていた颯太が顔を上げると、怒った眼をしたまことが見下ろしていた。

 「きみはどうしてそうなの? 瞬息で寝てしまうほど具合が悪いなら、大人しくお家のベッドで寝ていて。それが嫌なら、ちゃんとしなさいよ。躰が弱くて大変なのは分かる。だけどせっかく、学校へ来られているのだから、そこは頑張って、起きて授業を受けようよ。それでも、どうしても無理そうなら、私、いくらだって協力するからさ」

 勘違いも甚だしい。

 そう思う颯太だが、向けられたまことの目はあまりにも真剣で、言い返しそびれてしまう。

 「何だ? 篠原、調子、悪いのか? だったら保健室へ行っても」

 教室が、再びざわつきだす。

 真剣に見つめてくるまことの目は、赤く潤んでいた。

 目を反らし、一呼吸置いた颯太が、ポツリと言葉を返す。

 「ちげーし」

 「それなら良いが、有賀、気が済んだら席へ戻りなさい」

 保科に促され、まことは渋々と席へ戻って行く。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ