プロローグ01
子供と大人の狭間で揺れる思い、そんな切なくてピュアな物語が書きたくて……伝わってくれれば嬉しいな。この作品は読んで頂けばわかると思いますが、「LOVE HOUR」の延長線上で生まれた物語です。
併せて読んでいただけたら幸いです。
と言われても、面倒なあなたのために(自分も含め)ざっくりと解説をしますと……
兄を愛してやまない瑠璃は、大学入学を機に、上京。愛する兄の部屋に転がり込んでくる。また、兄の天璃もひそかに瑠璃のことを思っていた。どういうわけか、急にもてだす天璃は、ひょんなことから女優の最上美希と知り合い、初恋の相手、比呂美までが登場。すったもんだの大騒ぎに巻き込まれながら、瑠璃は天璃から卒業することを決意する。しかし、そう簡単には消せない思いである。瑠璃か美希か、選択を迫られ曖昧なまま物語は終わる。ここまでがLOVE HOURの話。
それから月日は流れ、それぞれの活躍の場を持ちながら、未だに同じ気持ちを引きずったままの三人の恋だった。
そんなある日、天璃は社長命令で下関へ出向に赴くことになる。
そこで二人の女性と出会い、それがきっかけとなり大きく人生の転換を迎えるのだった。
小料理屋で賄い婦をして生計を立てている篠原節子には一人息子の颯太がいた。
観光旅行へ一緒に行くことをせがまれ、連れて行ったその夜、節子が刺されると言う事件が起きてしまう。
その容疑者としてあげられたのが天璃だった。
だんだん運命の歯車は軋み始める。
警察の調べで、節子は似たような手口で、結婚詐欺を働いていることが分かり、天璃は無罪放免になる。
しかし、颯太のことを放っておけなくなった天璃は、この親子のことを真剣に考え始めるのだった。
東京へ戻ってきた天璃に、またしても苦難が待ち構えていた。
出向先の社長代理だった菅芽衣子が、天璃に付きまとうようになる。あれやこれやとしているうちに、一旦は節子と婚約したが、それはすぐに解消されてしまう。美希も天璃の元から去り、瑠璃とどこか遠い国で暮らそうと思った矢先、菅の手にかかってしまう。精神的に追い詰められてしまった天璃だが、最終的には菅に殺されてしまった節子の希望が通り、颯太を引き取り、美希を迎えに行くのだった。これが。この愛のまにまにの話。
そして、思春期を迎えた颯太は、自分が知らない大人たちの事件が原因で、平穏だった生活から放り出されてしまう。非行を重ねだす颯太だったが、周囲の人たちにに支えられ励まされ、更生するため、母親の名字を名乗り、高校生活を始めるのだった。
では、本編へどうぞm(__)m
低い雲が棚引く、今にも雪が降りそうな寒い12月の朝。
父親である天璃は一言、分かった。と告げた。
ホッとした、颯太が笑うのを見た、天璃も嬉しそうに目を細める。
――そして四月。
篠原颯太になって、初めての春。
心機一転。
新たな気持ちで始めた高校生活も、二週間目に差し掛かっている。
本来なら、初々しさが眩しい時期であるはずの颯太だが、その要素を微塵も感じさえない態度で自転車を走らせて行く。
どこにでもある朝の登校風景。
学校までは、一本道。
見通しが良い、土手沿いの道である。
うかうかとしている場合じゃない。
充分、目覚めた時点で分かっていた颯太である。
空が青く光り、道を縁取っている桜がよく映えている。
登校していく生徒の笑い合う話声は、とっくに通り過ぎてしまっていた。
すれ違うのは、駅へ向かうサラリーマン風の人や、犬の散歩をさせている人たちである。
不意に横風に煽られ、桜が一斉に花弁を舞わせる。
颯太の上に、雨のように降ってくる花弁。
一瞬で目の前が薄紅色へと染められてしまい、鬱陶しさに颯太は軽く首を動かし、花弁を振り払う。
何をするのにも憂鬱の颯太である。
走り去って行く颯太を、見つめている女生徒が居た。
クラスメートの、有賀まことである。
しばし颯太の背中を見詰めていたまことは、フッと口元を緩ませ、走り出す。
何も知らない颯太は、校門の前まで来ていた。
進学するつもりなど、さらさらなかった颯太である。
今自分が、ここへ通っているのが、不思議なぐらいだ。
駐輪場でふと、颯太は校舎の方を見る。
授業開始のチャイムが鳴り始めていた。
のろのろと自転車に鍵を掛け、振り向きざま、意表を突かれるように、手を持たれグイと引っ張られてしまう。
「篠原君、走れ」
行き成り引っ張られたせいで、颯太の足はもつれ、転びそうになりながら走り出す。
「早く」
陽光に照らされ、髪を光らせたまことが、笑顔で振り返る。
有無なしでは知らされ、短い距離ではあるが、すっかり意気を上げてしまっている颯太である。
「急ごう」
下駄箱へ駆け込んだまことが、バタバタと忙しく靴を履き替え始める。
颯太は、呆れてものが言えなかった。
どう足掻いても、遅刻は遅刻である。慌てたところで、時間を巻き戻せるはずもなく……。
しこたま腹の中で文句を言って動こうとしない颯太を見て、まことが首を傾げる。
そもそも、まことに対し、良い印象を持っていない、颯太だった。
――それは入学式の日だった。
教室へ入って行く颯太は、誰かに見られている気がして、周囲を見回す。
知り合いなど、いないはずの学校である。
人の視線に敏感になってしまうのには、少しわけがある。
自意識過剰。と言われてしまえばそれまでなのだが、颯太にとっては死活問題である。
大げさでも何でもない。
現に、こうして新たなスタートを切った颯太なのだ。
廊下側、一番前の席。利発そうな印象を与える顔立ちの女子が、食い入るように見ていた。
一瞬、目が合ってしまった颯太は、さり気なく視線を外し、席に着く。
できれば人と関わり合いを持ちなくない、颯太である。
人の気配に、顔を上げた颯太に、まことは間髪なしで話し掛けてきた。
「ねぇキミ、篠原颯太君だよね」
窓へ顔を向けていた颯太は、目を見開くように、まことを見る。
「何?」
「あなたに聞きたいことがある」
一瞬、脳裏にあの日のことが蘇る。
だから。と、もう一人の自分が呟く。
そう思いつつも、ホッとする部分もあった。
「きみはどうして」
言いかけるまことの言葉を遮るように、担任教師が教室へ入ってきた。
廊下に出るよう指示され、出席番号順に並ばされる。
その先に待っていた言葉が何なのか、颯太は気が気ではなかった。
未だにその先にあった言葉を、まことから聞かされていない。
クラスメートの名前など、ほとんど覚えていない颯太ではあったが、有賀まことの名前だけは、強烈な印象とともに、頭に植え付けられたのだった。
颯太って誰よと思われた方へ、「この愛のまにまに」を参照してください。