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5話 恋人がほしい(切実)

「彼女の事は、こちらに任せてくださいね。」


 国見が、にこやかに笑みを浮かべながら病院の屋上でハジメに話しかけている。

 対するハジメは国見に背を向け、ただただ天を仰いでいた。


「女性を救出した際に、一瞬だけ意識を取り戻し、その際にハジメさんと面識ができたから、きっとハジメさんが一緒にいれば彼女も安心する……と、ハジメさんのお言葉がありましたのでお任せしましたが、彼女のあの様子……今は彼女の精神状態も掴みにくい状態なのでしょう。

 ですから、むやみに混乱させる事は控える形にして、後の事は私達にお任せ頂いてよろしいでしょうか?」

「う゛、うすっ。」


 暗に『救った憑代の女には近づくなよ』という指導を含んだ言葉であったが、肯定の返事を得たと解釈した国見。とりあえずハジメの情緒が不安定な事を察し、取り急ぎの用が済んだ事もあり屋上を後にした。


 国見はハジメを組織に引き込む事を心に決めている。


 それは髪のマガツキとハジメが対峙した結果を、間もなく確認するであろう上層部が間違いなく『彼を引き込め』と現在交流を持っている国見に命令してくることまで既に織り込み済みだからである。そしてその命令は『失敗が許されない』レベルの命令になる事も理解していた。


 今、ハジメに対して何かしらのフォローを入れた方がその命令を遂行しやすくなることは理解しているが、現段階ではハジメのマガツキ等に対する不確定要素に加え、本人の素性や生まれは不明。分かっている事は勤め先といった分かり易い事のみ。それ以外のデータは調査不足であり、迂闊な行動をして万が一ハジメにとっての地雷を踏み抜くような真似をするワケにはいかない。


 もし地雷を踏み抜き、ハジメの心に自分に対する圧倒的な壁が出来てしまえば、今後の行動の際の大きなマイナスに繋がる可能性があり、まだ必要最低限の事務的な接触のみと決めて行動しているのだ。


 本来であれば、ハジメを諌めるようなマイナスの印象を与えかねない役回りも避けたかったが、一番自然にハジメが納得できるよう話せる人員は自分以外にいないという事も理解しており、尚且つ、組織内に自分の事を印象付ける為にも買って出たのだ。


 国見の言う『交渉』とは、相手の外堀を埋め、唯一の逃げ場を国見の望む選択肢にしてから始まるのである。


 そんな国見が去った事を気配で察したハジメ。

 ふらりふらりと天を仰いだまま歩き、そして飛び降り防止の金網に行き当たる。


「……う、うぉぉぉん!」


 そして金網を掴んで天を仰ぎながら吠えた。


 屋上から響き渡る咆哮。

 小鳥は慌てて飛び立ち、犬は遠吠えをし、もし近くに子供でも居ようものなら、おもらしをしたに違いない。


 何のことは無い。

 ゴリラの号泣である。


 このゴリラ。

 恋も始まっていないくせに、失恋の胸の痛みに泣いたのである。


「うっ、うっ、うっ、うぉ、うぉぉおぉんっ! ウエオォォンンっ!」


 鳴り響く咆哮。


 この突然の異常事態に迅速に動いたのは、刀の女子高生こと天童(てんどう) 勇希(ゆき)だった。

 咆哮が響き渡った時、ユキは2階に居た。突如響く雄叫びに『敵襲か』と、すぐに髪をポニーテールにわい、2階の窓を飛び出して器用に病院の外壁を蹴って、4階の屋上付近まで駆け上がり、そして咆哮の発生源と接敵する事を確信し、赤い勾玉を刀に変えながら飛び降り防止のフェンスを飛び越えてやってきた。


 「うぉおん……うぉ…白――」


 天を仰ぐハジメ。

 そしてハジメを飛び越してくる女子高生。


 どうやらハジメは、この女子高生とは会う度に太ももの奥を覗いてしまう運命にあるらしい。


 『突然現れた有難い幸運』


 白の輝きに自然と手を合わせながらそう思った時には、ハジメの涙は奥に引っ込んでいた。


 それほどに、現役女子高生のパンツは偉大なのだ。


「――貴方でしたか……」


 ユキは音もなくハジメから少し離れた場所に着地すると同時に言葉を放つ。

 刀に手をかけてはいるが抜こうとはしていない。


「一体何があったというのです。」


 ハジメに向きなおり、ハジメの周囲に敵と思わしき姿が無いかを確認しながら静かに問いかけてくる。


「……い、いや……スマン。

 うるさかった……んだよな……」

「憑代の女を狙って敵が襲ってきたのかと思ったんですが……違ったようですね。」


 『憑代の女』の響きに失恋の痛みがハジメの胸を容赦なく貫く。

 真新しい傷をえぐる衝撃に思わず膝をつくハジメ。


「どうした! やはり、どこかに敵がっ!?」

「…………スマン。違う。

 そうじゃないんだ……敵はいない。」


 ハジメの言葉と、自身でも敵の影が見当たらなかったことを確認したのか、ユキは警戒を完全に解いて日本刀を勾玉に戻しポケットにしまい、結わいたポニーテールをほどいた。


 そして改めてハジメの様子を見る。

 大柄な男が目の前で膝をつき、泣きださんばかりの沈痛な面持ちをしている。


「……何かあったのでしたら、私で良ければお話をお聞きしますよ?

 話すだけでも楽になる事はありますから。」


 ハジメが、温かな言葉に顔を上げると、優しく微笑む女神が居た。

 これまで女性から一度も温かい言葉かけられたことや、微笑みを向けられた事のなかったゴリラは、その神々しい女神の微笑みに見蕩れ、心酔し、洗いざらい懺悔して話すことにした。



 自分が異性にモテない事

 女性から話しかけられたりすると免疫の無さから挙動不審になってしまう事

 髪のマガツキから助けた時にお礼を言われ、それだけで惚れてしまったが目覚めてすぐに振られた事。


 ……もちろん女神に、髪のマガツキ時に胸を揉みしだいたことは言えるはずはない。


 女性と話が出来ないにも関わらず、不思議と、この美人女子高生に対して話すことができた。

 どうやら人外の『女神』と思った事が良かったのかもしれない。


 そしてユキは、ただ黙って聞いてくれていた。


 時々ハジメがユキに目をやると、しっかりとこっちを見ていてくれる。

 そんなユキに話すだけ話し、聞いてもらえた事で、心が軽くなった。 


 どれくらい話していたのか、気が付けば日が傾いて夕方になり、その頃には完全に復活。

 自身の容姿をネタに話せるほどに精神状態は回復、安定していた。



「――まぁ俺のゴリラみたいな容姿は、もうどうしようもねぇしな……

 これでも25年やってきたし悪い事ばっかりだったわけじゃねえ。仕事なんかじゃ役に立つ事もあったしな……『あのゴリラみたいな人の居る会社』って同業でも一目置かれたし。ハハッ。」


 少し笑ってから、自分の顔に触れる。

 マガツキを喰った影響なのか不思議と治っているユキに付けられた傷。治って痛みはないが50針縫った跡や、切られた跡が残っている事は触れればわかる。

 きっと遠目から見てもわかるような傷跡になっているだろう。


「さらに迫力も増しちまっただろうしな……これから初めて会う人には、カタギの人ですか? カタギのゴリラですか? って思われそうだ。」


 少しの悲しさを持ちながら自嘲気味に鼻を鳴らす。

 ふと目をやると、ユキが歯を食いしばっていた。


「……本当に…傷つけてしまい申し訳ございませんでした。」


 ハジメは『しまった』と焦る。

 ただ自分の顔の怖さに対しての愚痴を言っていただけであり、顔に傷をつけたユキを責める意図はなかったのだ。

 傷をつけられた事はもう仕方がないと切り離しているし、今後傷とどう付き合っていけばいいかを考えていただけだった。


「あ、違うんだ! そうじゃないんだ。ゴメン。

 ……こんなキズがあっても無くても、俺の怖さはきっと変わらない。

 スマン。本当に口が滑っただけだから…なんだ、その……傷の事は気にしないでくれると嬉しい。」


 ハジメの言葉があっても申し訳なさそうにしているユキ。

 ハジメの放った言葉は流れ、ユキが自分自身を責めるような空気が漂いはじめて、ハジメもバツが悪くなり、もう話を切り上げようと思った。


「えっと……ユキちゃんだったっけ。

 ……話を聞いてくれて、どうも有難うな。おかげでだいぶ楽になった。

 女子高生に愚痴っちまうなんて、どうしようもねぇ男だな俺は。アハハ。」


 ガリガリと大げさに頭を掻く。


「まぁ……なんだ。

 こんな情けねぇ男だから女にモテないってのも仕方ねぇ事なのかもしれないな。

 顔の作りをグチグチいう前に、もっとしっかりした人間になれってことだろう。」


 ユキはハジメをじっと見据える。

 ハジメも目力の強いユキを優しく見る。


「ユキちゃんよ。

 それに気づかせてくれて有難うな。

 ……俺、もっと男を磨くわ。で、こんな俺でもいいって相手を頑張って見つけるよ。

 今日はありがとう。」


 ニッコリと笑うゴリラを前に、ユキは何かを考え言おうとしているように見えた。だが、ハジメはユキ対して、これ以上迷惑をかけても気まずいと感じた為、急いで屋上から離れようと足を動かし始めた。


「じゃあ。」

「あのっ! 神喰さんっ!」


 ユキに呼び止められ、動かし始めた足を止め、ユキに顔を向ける。


「……神喰さんは…恋人が欲しいんですよね?」

「あ、う、うん。

 ……そうだよ。」


「でも女性と話すのは苦手で、うまく話せない。」

「うん……思った事を全然うまく伝えられないんだよね。」


「でも私とは話せてませんか?」

「あ?

 ………あ。」


 憑代の女に惚れ振られたせいか、ユキには蹴られたり切られたりしながら話していたせいなのか、それとも人じゃなくて女神だと思っているせいなのか、普通に話すことができていた。


「その…お詫びになるかは分かりませんが……私で練習しませんか?」

「……え?」


 夕日に照らされる女神。


「私も一応女ですし、きっと苦手の克服の鍛錬になると思うんです。」

「……う?」


「そうですね……『(仮)の恋人』でいかがですか?

 といっても、私は婚姻まで異性に肌を許すつもりはないので、主に話し相手のような物ですが……」


 …………………


「……神喰さん?」


 この女神が、俺の仮の恋人?

 え? そんな? え? まさか?

 は? ありえなくない?

 おかしくない?

 何コレ? ドッキリ?


 あ、そっか、今ドアの向こうから国見さんが出てきて「淫行未遂の疑いで逮捕するっ!」って出てくるんでしょ!


 走り出して屋上のドアを勢いよく開ける。


 ほら、国見さんが…………いない。


「国見さんがいないよっ!?」

「……神喰さんは何を言ってるんですか?」


 ハジメは混乱の極致に至り、左手で頭を掻き、右手で胸を掻き。逆に右手頭を掻き、左手で頬を掻き混乱を鎮めようとする。


 ユキはそんな様子を見ながら、ツカツカと堂々と近づいてきて、ピタリと立ち止まる。


「で、どうしますか?」


 ユキの様子にハジメはとりあえず掻く動きを止め、決断した。


「ヨロシクオネシャシャシャスっ!」


 超速で90度に腰を折りユキに頭を下げる。

 ユキはハジメの様子を見て、小さくクスリと笑った後。


「はい。

 神喰さんに好きな方ができるまでですが、お付き合いさせて頂きます。

 ……改めまして、天童(てんどう) 勇希(ゆき)と申します。

 どうぞ、ユキと呼んでください。」


神喰(かみじき) (はじめ)ですっ!

 ハジメと呼んでくださいっ!」


 腰を折ったまま叫ぶ。


「はい。分かりました。ハジメさん。」


 腰を折ったまま顔だけを上げると、夕日に照らされた年相応の可愛らしいユキの笑顔があった。


 父さん。

 母さん。


 俺にも人生初の彼女(仮)ができました。




--*--*--



 その直後、マニッシュショートの白衣の女が骨太メガネの女に心から楽しそうに話をしている姿があった。

 

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