4話 髪のマガツキ 頂きます!
もずく……
いや? ……絹もずく。
ブチブチ噛み千切っては、ずぞっずばっズビビビ~……と、引き千切った髪を吸い込んだりして髪のマガツキを食べながら思う。
食感は『もずく』のようだ。と。
初めて食った時にはクソ固いただの髪としか思えなかったのにと、不思議に思いながらも、その味わいはまるで脂ののった寒ブリの刺身のように、ほんのりとした口どけや甘みを感じたり、食す場所によっては鶏肉のような筋繊維の太さを感じるような所があったりして……中々にうまい。
いや、とても美味しい。
やるな。髪のマガツキ。
どっかりと腰を据えて、毟っては食い。髪のマガツキが動けば、そこに鉄槌打ちを繰り出して大人しくさせては毟り、もぐもぐと食を進め続けて3分の1程を食べ終える。
尋常ではない量を食べているが、まだまだ問題なく食えそうだ。
その調子のまま半分ほどを食べ終えると、味に若干の飽きを感じ始める。
……これはこれでうまいが…マヨネーズか醤油、酢醤油なんかないかな?
と、調味料が欲しくなる。だが、食べる手を止める事はない。
そんなことを思っていると、断続的に『ヤメロ』と響いていた髪のマガツキの声が完全にしなくなった。
声が消えた途端に満腹感が襲いはじめ、髪のマガツキの残骸をこれ以上食す事に拒否反応が生まれた為手を止め、軽くゲップをする。
ただ残骸はといえば結構な量残っていた。
美味しいのにもったいないな。
そう思ってなんとなく残骸を眺めていると、その残骸である髪が、まるで女体を模っているように見えなくもない。
……髪のくせに生意気な。
そう思ったが、まるで仰向けで寝ているような中々のメリハリボディに見えたので、その双丘に何の気なしに手を伸ばしてみる。
そう。
男は誰しも女体が模られていれば、おっぱいに手を伸ばす生き物なのだ。
例えそれがマネキンで触れれば硬いと理解していても手を伸ばさずにはいられない。
これは本能なのだ。
「おっ?」
ぷにん。
「おおっ?」
ぷにぷにん。
「…………柔らけぇ?」
とりあえず両手を双丘に伸ばし、揉みしだいてみる。
ちょうど手の平に収まる様なふくよかな柔らかさ。
そして柔らかいだけじゃなく弾力があり、揉んだ指を押し返す力強さ。
軽く小一時間程は揉んでいたくなるような感触。
もにもにもにもに
むにんむにん
「……なんだこれ……なんだこれ。これが天国か?」
至福を感じつつ目を閉じて女体を妄想しながら揉んでみたが、どうにも感触がおっぱいと思えてならない。
『おっぱいっ!』と、カッと目を開き双丘を確認すると、揉みしだいた事で髪に隙間が生まれ、そこから肌色が露出しているのが目に飛び込んできた。
黒かった髪の中から出てきた肌色に一瞬、時が止まるのを感じつつも脳内ではそれが人間の女だという事の理解が進んでいた。が、偶然とはいえ初めて女の胸を揉んだ事により、ハジメの脳内は思考停止状態に陥っていたのだ。
20秒ほどそのまま石化していると、髪の隙間から見えている肌色が小さく上下している事がわかった。
「生きてるっ!」
その事に気づいた瞬間、放心ゴリラは髪に包まれた人間を救出すべく動きだす。
肌の見えた隙間部分に手を差し込んで覆っている髪を掴み、両開きに髪を裂く。
裂けると同時に、ぼいんと溢れ、露出するおっぱい。そして赤茶色の突起。
揉んでいた胸元から裂いたのだから当然の結果である。
「お、おおうおっ!? あ、えぁ!?」
混乱の極みに至りながらも胸から目が離せず、それでも自分が髪にくるまれていた時のように、この女の人が息苦しさを感じている可能性があると思い、女の人の顔がくるまれているであろう場所に向けて髪を裂いていく。
髪を裂き終ると20代の前半であろう女の顔が露出。女は静かに息をし無事に生きている。
なんとも可愛い系の顔立ちで、一瞬見蕩れていると、女は薄く目を開き、そしてハジメを見て
「……あ……りがと…」
そう言って、再び目を閉じた。
ハジメはその言葉に雷に撃たれたような衝撃を感じずにはいられなかった。
「む、胸を揉んで……ここまで好き勝手してしまってスマン!
こ、これは責任を取らざるおえまいっ!
うぉぉぉ!! まずは病院だっ!!」
髪ごと女を抱き上げ、廃病院の外に向けて走り出すのだった。
--*--*--
国見は前例の無い事態に困惑している。
廃病院にユキが乗り込もうとするのを何度となく静止しながら、ハジメが入った後、記録班に指示を出しハジメと髪のマガツキの戦いの様子を記録に残していた。
ユキを止めながらも廃病院でのハジメの戦いの全てをメガネ型のインカムを通して随時確認していたのだ。
インカムから伝えられた情報は信じられない物。
ただの人間が本当に素手でマガツキと渡り合う事自体が信じられなかったが、さらにマガツキを倒してしまい、あまつさえ食べ始めるという事態は国見の想像を遥かに超えていた。
国見は当初ユキからの報告を受け、ハジメ自身がマガツキであるという可能性を考慮して、治療後のハジメをユキに探らせていたが、ユキの見立ては
「人間か……は、少し怪しいとしても、マガツキではない。」
と、ひどく微妙で曖昧な物だった。
ハジメの姿を見て、容姿がゴリラに似ているという意味合いでのユキのジョークなのだろうかとも考えていたが、ユキはジョークを言うような性格ではない為、『存在そのものが人間かどうか怪しい』と解釈し、検証の意味も兼ねて髪のマガツキと対峙させたのだが、まさか倒し、その上で食し、あまつさえ憑代となった人間を救い出してくるのは完全に想定外だった。
従来であれば曲神が取り付いてしまい、人がマガツキとなった場合の対処方法は3通りだけ。
1に、御魂を与えられし人間による討伐。
これは、天童 勇希のように、選ばれし4人の人間により神を人諸共に滅すること。
これが一番好ましい。
2に、人間による討伐。
これは一般人であっても攻撃が可能な場合に限定されるが、兵器などを用いて取り付かれた人を滅すること。
この場合、神は消滅に至らず、ただの一時凌ぎの対応である。
3に、拘束。
これは、何かしらの方法でマガツキを拘束し、封印すること。
物理的な封印しかできないが、物理的に封印できるようなマガツキであれば、封印している間は曲神も行動できず、中の人が死に絶えるなどで曲神が解き放たれるまでは平和を保つことができる。
優先順位は1,3,2の順となる。
だが、想定される被害を許容範囲に抑える意味では1,2,3が優先順位となる。
組織としては後者を是とし、国見も拘束に発生する人的被害を鑑みれば、それが最良であると理解していた。
故にサポートや事後処理担当の国見は、不幸にも憑代となってしまった人間を行方不明者として処理する事にも慣れてしまっている。
……だが、今回のハジメの引き起こした現状は、そのどれにも当てはまらない。
あえて言えば『0』
曲神のみを滅し、人を救う。
有り得ない。
……だが有り得た。
ユキを傍においたのは、ハジメが危険な存在であると判断できた時に、切り捨てる指示を出す為だった。
だが――
「く、っくっく、国見さんっ!
か、髪のヤツ倒して食ったら、おっ、おっぱ……女の人が!」
憑代の女を抱えて目を血走らせて必死に走ってきた姿を見るに、ハジメが邪悪な存在とは思えず、国見はハジメの処分を保留にした。
むしろ、逆にハジメという存在に大きな価値を見出し、なんとしてもハジメを組織に取り込む事を決めたのだった。
--*--*--
病室で、ベッドに横たわり点滴を受けている女がいる。
ツー、ツー、ツー、とバイタルを測定する機械の安定した音が響く中、ハジメはベッドの脇のイスに座って女を眺めていた。
国見から「後は任せて」と言葉があったが、ハジメ自身は怪我もなく、顔の血もなぜか止まり体力も全快しており、まったく休む必要が無いように思えたので任せる事が出来なかったのだ。
ハジメが女を見つめる視線には、既に温かな愛情のような物が込められている。
お、おっぱいをあれほど揉みしだいてしまったからな……
男として責任は取らねばなるまい。
そ、それになんだ。
なんというか、この娘にとっても俺は危機的状況を救ったヒーローみたいなもんだろうし、あの目があった時のお礼は、きっとそういう風に俺を見ているに違いない。うん。
この娘……か…かなり可愛いし。うん。
恋仲になれるチャンスは……逃せん!
寝顔……可愛いな。
うん。好きだっ!
俺はこの娘を好きになってしまったっ!
このゴリラ。
女に免疫が無さ過ぎたが故に、考えが一足飛びにおかしいところに考えが飛んでしまっているのであった。
「……ん」
女の意識が戻ったのか、覚醒に導かれているような気配。
ゴリラはその様子に立ちあがり、にこやかに女の目覚めを待った。
やがて女は覚醒し、目をゆっくりと開き、やがて自分以外の気配がある事を察して、そこに目を向ける。
そうして、ハジメと目が合った。
女は一度目を閉じ、ゆっくりと目頭を押さえる。
どうやら何かを見間違えたように思ったらしく、はっきりと覚醒を促しているようだ。
両目をマッサージした後、再度ゆっくりと目を開いてハジメに目をやる女。
再び目が合い、ハジメは精いっぱいの笑顔を作る。
ソレを見て女は。
絶叫した。
客観的に見れば寝覚めに見知らぬゴリラが横に居れば、それは恐怖以外の何物でもない。
まして、顔に大きな切り傷まであるヤクザゴリラである。
絶叫も当然であった。
ハジメは自分の想定とまったく違った女の反応に、しょんぼりと病室を後にし、絶叫し続ける女を止めるべく看護師たちが慌ただしく病室に入っていくのだった。
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監視カメラで撮影されていた一連の映像を見て、一人の女が大笑いしている。
マニッシュショートの髪型に、白衣をまとった女。
その女が笑う事が珍しいのか近くにいた男が声をかける。
「高天さん。なにか面白いことでもあったんですか?」
「あぁうん。
とても興味深い事があったよ。
実に興味深い。」
そう言い、クックックと笑い続けるのだった。