1話 始まりと出会い
かつて、日本には神様が居た。
畏怖の余り姿を見る事すら叶わぬ大神から、人に寄りそい共に歩む小さき神まで、八百万に至る多くの神が存在した。
ただ現在においては、かつて畏怖を集めし大神の神事に至っても形骸化し、神の支えたる信仰は見る影も無く消え去り、それに伴い多くの神達は力を失う事となる。だが神自身は、これが無常の時の流れと運命を受け入れ消え去っていった。
そんな中、消滅を『是』としない神達が現れ、己の存在をかけ持ちうる神力を奮い、信仰に近しい人の思いを求めて多くの人間が集う場所、人の思いの集まりし場所である『電子の世界』へ、その身を移した。
電子の世界では人の希望や欲望が渦巻き、消滅を恐れし神達は、これまであった定まった形を捨て、その溢れる欲望や感情を一身に受けて、その姿と存在を変えていく。
やがて神達は
『直神』 と 『曲神』 へと変化した。
有体にいえば『善き神』と『悪しき神』
双方、人に多大な影響を与え、善き神にしても、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉のように、時に人に悪影響を及ぼし、曲神に至っては人を乗っ取って意のままに操りもした。
曲神に操られた人間は、まるで悪魔が憑いたように人が変わる事から、魔が付く……『マガツキ』と呼ばれるようになってゆく。
もちろん平凡たる人生において、それらの言葉は知る由も無い。
そんな神達の現状を嘆いた古き善き大神は、神の正しい在り方を示す為に、人の中から4人の人間を生贄として選びだして、その力を分け与え賜うた。
選ばれし生贄に分け与えられたるは、
荒魂
和魂
幸魂
奇魂
大神の魂を分けられし生贄達は、時に単独で、時に協力し合い、人と元神達を救う為に動く。
ある日、そんな浄化に一人の男が巻き込まれた事で、物語は大きく動き出す――
--*--*--
ピピピ ピピピ
ピピピ ピピピ
ピピピピピピピ
「――んー……」
甘美な微睡の中に無粋な音が響き渡り、その甘さを次々と打ち消して行く。
覚醒には程遠いながらも夢うつつに音を止めようと手を動かし、もぞもぞと布団から手を伸ばして周辺をまさぐり、やがて音の発生源であるスマートフォンに触れ、その音を止める。
無粋な音は消え去るが、甘美な夢は既に遠く、動き始めた頭はいつもの目覚めの準備を段取りし始めていた。
男は片目を半目に開いて手に取ったスマートフォンの時間を確認する。
18時
時間を確認した際に、スマートフォンの人工的な光が目を刺し、さらに覚醒へと導かれてゆく。
目障りな光に鼻から大きな溜息をもらしつつ身体を起こし、軽く首を右左と倒し、両腕を天に伸ばして口から大きく息を吐きながら休眠している体をほぐす。
「くぁぁ」
と声が漏れ、自分の体の全てが、意思の通りに動き出すような感覚を覚えた。
「……あ~~……シャワー行こう」
寝汗のベタ付きや脂による不快感を払しょくすべくシャワーを浴びる。
温かな湯を浴び、頭、顔、体と、上から順に洗い終えて、鏡を見る。
邪魔にならないよう、短く切りそろえられた頭髪。
無駄な脂肪も無く、引き締まった立派な体躯。
強者のような顔立ち。
鏡にはゴリラのような人間が映っている。
水に濡れ、清潔感溢れるゴリラ。
きっとメスゴリラが居たら発情するに違いない立派なゴリラ。
このゴリラ。神喰家という特殊な名前の家。神職の父と、情の深い母から生まれ『元気な子に育って欲しい』と、その願いを一身に受け、すくすく育った歴とした人間である。
父母は、それはそれはよくできた人間で、見た目がゴリラであろうが大切な我が子に、しっかりと愛情を持って接し、立派な人間に育つよう教え躾た。
『一』と名付けられた幼いゴリラは、両親の教育もあって、多くを学び、性根も真っ直ぐに成長していった。
どれくらい真っ直ぐかといえば、同級生から『ゴリラ』と揶揄されようが
『人の見た目をバカにするようなヤツの頭の出来の方がゴリラに近くないか?』
と、真正面から正々堂々、そして懇々と問いかけ、相手が
『は、はひ。ごめんなさい!』
と答えれば、
『分かってくれたのなら、それでいいんだ。』
とゴリラスマイルを返すくらい、竹を割ったような真っ直ぐさである。
……もちろん問われた方が、幼いながらも『ゴリラに殴り殺されるんじゃないか』と怯え、とりあえず謝ったという事実は置いておく。
神喰 一は、大きな怪我や病気をする事も無く、実直誠実な人間にどんどん成長していった。
ただ、その見た目と体躯から発する威圧感や迫力は年齢に比例して増し、思春期ともなると自ら近づいてくる人間は少なく、そのせいで他人に対して若干不器用な人間になってしまい、以降、寡黙な印象を与える事が多くなり、いわゆる『陰キャラ』と呼ばれるような、陰気な印象を持たれる青春時代を過ごす事になる。真面目や実直さは美徳ではあるが、他者から人気を得、もてはやされる要素ではないのだ。
そんな真面目ゴリラに彼女などができた事は、もちろん無い。
そんな陰キャラハジメも進路を決める時期に差し掛かり、『神職を目指してはどうか』と父から進言があったが、その言葉に対して『顔のつくりの良い弟が継ぐべき』と判断。
「俺は社会に出て働いてみたい」
決めていた腹を告げ、渋る両親を説得して高校卒業と同時にその恵まれた体躯を活かして土建業で働き始めた。
両親に苦労と心配をかけるまいと始めた土建業ではあったが、ハジメにはとても合っていた。
体育会系で上下関係ははっきりし、与えられた仕事を真面目にこなせば良い。
あり余るゴリラ力も存分に使えるし、しっかり働けば働いた分きちんと認められる。
真面目な気質と、その体躯から、ハジメはどんどん仕事をこなし、手が空けば誰に言われるでもなく、すぐに手伝いに回るなど他者に対しての優しさも見せ、仕事をこなす内に、気が付けば仕事仲間達からは、(ゴリラだけど)気は優しくて力持ちの頼りがいのある人間として認められ、上下のどちらの人間からも大事にされるようになった。
時は流れて齢も25になる頃には、周りの人間達からの信頼も厚く、高校卒業の18から働いており現場のキャリアも十分に積んでいることから、若くして現場監督として抜擢を受け、大きな仕事も任されるようになっていた。
もちろん見た目の威圧感から、20代に見られる事が無いというハジメにとってのデメリットも良い意味で作用しているのはハジメ以外には公然の秘密である。
そして、今日は深夜から明け方にかけての作業が予定されており、睡眠時間を調整しての18時起きだったのだ。
シャワーヘッドから降り注ぐ湯を浴びながら、ボソリと呟く
「……どうやったら……女と付き合えるんだ?
いや…そもそも、どうやったら出会えるんだ……」
心からの言葉だった。
心から絞り出すような言葉だった。
蓋をしてあるはずが蓋が中身に押されて溢れてきた言葉だった。
最近よく思ってしまう事。
考えないようにしても自然と頭に浮かんでくる異性の事。
後輩達が合コンなんかを組んでくれた事もあるが、基本的に女性からは『怖そう』と思われ、いくら後輩達がフォローをしようとも、腫れ物に触る様な当たり障りのない感じでしか話ができなかった。
その様は傍から見ると、もしハジメの気に障る様な事をすればウ○コを投げつけられるとでも思われ女性陣に怯えられているようにも見え、ゴリラっぷりがより増している事を感じさせずにはいられなかった。
後輩から惨状を聞き、ハジメを不憫に思った先輩達がキャバクラに連れて行った事もあったが、金の力で積極的に話しかけてくる女性の前では、逆にハジメが固まってしまい話も弾まず、キャストが次々に入れ替わっていくだけだった。
こうした事から『何とかしてやりたいが、どうにもならん。』と匙を投げられたハジメであるが、さらに年配の先輩から女性に慣れる為に、いっそのこと風俗でも行って女慣れしたらどうかと提案もあった。だが並みの男より丈夫な体と力を持っているハジメは、女性に対して身体的に弱そうで、触れたら壊れてしまいそうな弱いイメージを持ってしまっており、傷つける事が怖くて風俗等のそういった店に入る気持ちにはなれなかった。
なにより童貞は惚れた女に捧げたいという純情な男心も捨てきれなかったのだ。
ゴリラのくせに。
「……彼女とか…………結婚とか
…………俺には無理なのか?」
なんとなく目頭が滲んだような気がしたが、湯気のせいと顔を振ってシャワーを浴び。
両頬をバチンと叩く。
「ええいっ! とりあえず仕事だっ!
終わったらまた考えようっ!」
ふぅっ! と、大きく息を吐いて気持ちを切り替え、すぐに準備を整えて独身専用の社員寮を出た。
--*--*--
今回の現場は片側2車線の自動車用道路の補修工事。
現場監督と作業員を兼ねながら作業を進めた。
作業の進行自体は作業スケジュールは目途を達成しており少し余裕もでてきている。頑張ってくれている作業員達の慰労も兼ねて、今日は少し早めに撤収を指示する事にした。
作業員達は撤収の指示を受け、区切りまでの作業を終え撤収を進めていく。
ハジメは作業員達の撤収作業を確認しながら、重機等の点検や作業員達の忘れ物がないかなどの確認を進め、解散した。
数人の会社に戻る人間達を見送り、現場に残って念の為の最終確認をするハジメ。
仕事が終わった解放感を感じながら、ふと空を見ると、まだ朝とはいえないような暗さ。
時間を見ると、深夜3時半。
さっさと確認を終わらせて、会社に戻ろう。
戻るついでに牛丼でも食おう。大盛りはもちろんだが、サイドメニューをどうしようか……と、ぼんやりと思いを巡らせていると、ふと人影が目に付いた。
さっきまでは姿が無かったはずの人影を不思議に思いながらも、時々、誰もいない夜の風景にテンションが上がって『道路は俺の物だー』となってしまって普段やらないようなお痛をする人間はいるので、その類の人間と判断し、道路に出るのは危ないと注意に向かう事にして足を人影に向けて進める。
その人影は女のように見えた。
……だが、近づく毎に違和感が増す。
まだ暗い深夜とはいえ、道路には街灯があり、光があたっているはず。
なのに、女の姿は近づいても黒いシルエットしか見えない。
女の存在自体が『影』のようにも見え、その姿に仄暗い薄気味悪さを覚え始めていた。
「……気味が悪いな。」
そう呟いた。
瞬間。
100mは離れていたであろう影の女は、手を地面につけて四つん這いになり、まるで虫のように驚くほどの速さで近寄ってきた。
「なっ!」
異常事態に戸惑いながらも何かが襲ってくるような感覚。
咄嗟に両拳を握り、膝を曲げ右足を引きパンチを打ち出せるように身構える。
2~3秒しか過ぎていないだろうに、100mは離れていた影の女は四つん這いで目前に迫り、そしてハジメ目掛けて飛びかかってきた。
異形と異様に混乱しながらも、どこかで自分の見た物は理解できていた。
『髪』
その女は四つん這いになって移動したと思ったが違っていた。
『髪』で移動してきたのだ。
そして今、飛んだ女らしき『髪』は、まるで猛獣が口を開けたような形になっている。
現状の理解はそこまで。
言葉すら出せず、どうする事も出来ず、ただ出来る事は異常な光景に固まる事だけだった。
固まりながらも、どこか冷静な自分が、
もしかしなくても、バックりと齧られて死ぬんじゃなかろうか。
……可愛い女の子と手をつないでデートとかしたかったなぁ。
いや、正直なところ……エロい事をしたかったなぁ。
おっぱいとか揉みたかった。
こう、キスをしながら揉んでみたかった。
あ~。こんなことなら先輩に風俗連れて行ってもらえばよかった。
あぁ……悲しいなぁ。
そう考えていた。
髪でできた猛獣の口が目前に迫る。
――
その瞬間
自分の体に衝撃が走り、世界がひっくり返った。
ひっくり返る世界の中で、正面からくると思っていた衝撃が自分の《《真横》》から走った事に驚き、回る世界の中でその衝撃の元らしき存在になんとか目を向けると、そこには長い黒髪を一つに結んだポニーテールの女らしき姿があった。
夜目ながらに理解できる高校生と思わしき特徴的な制服姿の女。
制服の女は、どうやら俺に飛び蹴りをくらわせたらしく、その衝撃で俺が飛んでいるようで、女は蹴りの反動を利用して体を捻って日本刀らしき物で『髪の猛獣』を切っていた。
その姿はどこか凛々しく、そして美しかった。
だが俺は、その美しさはさておき、水をはじくような弾力とハリのありそうな俺を蹴った足、というか太ももに目が釘付けになる。
『白――ふへっ』
これが俺、神喰 一と、天童 勇希の出会い。
俺の波乱の人生の幕開けだった――