城塞、城郭の限界
初めましての方は初めまして、いつもお世話になっている方は、どうもリュークです。
今回のテーマは、日本式城郭の限界です。
現在私が書いている「日本式城郭」ですが、この大本になった本来の城郭の限界について、語っていきたいと思います。
まず、日本式城郭で思い浮かぶ物って、皆さん何がありますか?
私は日本の名城、「姫路」「松本」「熊本」など、それこそたくさんあります。
そして、実際にこの中で行った事がある場所は、「姫路」「江戸城」「大阪城」「小田原城」「福岡城」くらいです。
そう、意外に城跡とかあまり行って無いのです。(最近は、主に金銭的な理由で)
でも、お城は大好きです。
色々な防御施設を備え、敵を巧妙に誘い込んで仕留める! まさに機能美の集約された物。
それが日本式城郭です。
では、そんな大好きなお城ですが、なぜ限界について話すかと言うと。
知っているが故に万能ではない事も語りたいのです。
まず、中近世のお城ですが、基本的に歩兵、騎兵に対してはかなり強いです。
というか、歩兵と騎兵だけではまず落せません。
それこそ、秀吉がやったような飢え殺し(かつえごろし)や、水攻めをしなければ無理でしょう。
そう言う意味では、秀吉って本当に頭の柔らかい人だと思います。
まぁですので、この方法が出てから、防衛側も囲まれない様に、水を堰き止められない様に適度に戦わなければなりませんが、対処法が分かれば、どうとでもできる事です。
次に戦国時代に出てきたのは、大坂の陣で出た国崩し砲こと、カルバリン砲。所謂大砲です。
流石にこれには、城も危なかったでしょう。
大阪城なんかは、これが天守閣に命中して、天守閣に居た淀君が、勝手に降伏してしまいました。
この国崩しでも実は、城を徹底崩壊させる、なんてことは余程の精度が無い限り無理なのです。
それに、熊本城なんかは、築城から数百年後の西南戦争で、ボロボロになりながらも、西郷隆盛を撃退し、彼に「官軍に負けたわけではない。清正公に負けたのだ」と言わしめたくらいです。
そう、ここまでは城塞、城郭と言うのは非常に有効な防衛施設でした。
ですが、ここまでが限界でした。
大砲の精度が向上した事、これも1つの要因です。
五稜郭なんかは、周囲を囲んで大砲の一斉射で、かなりの被害があったようです。
大砲もそうですが、何よりも致命傷になったのは、飛行機の登場です。
飛行機は空を飛び、爆弾などで攻撃してきます。
なんなら鉄球運んでバラまくだけで、多数の被害が出るでしょう。
そう、城塞、城郭は上からの攻撃に非常に脆いのです。
先程まで語った様に、城は本来なら、地面に足をくっつけた敵に対して効果がある様に作られています。
それが、空を飛ぶなんて恐ろしい奴が出てくれば、一気にやられるのは、分かり切った事です。
これが、現在の基地などが、要塞や城郭に無い理由でもあります。
できるだけ逃げ道を広くして、空爆された時などに逃げやすくするのです。
明らかに中近世の城とは作りが違います。
こういった事から、城は徐々に廃れる事無く、一気に有用性が無くなってしまったのです。
これが、彼らの限界だったという事です。
そんな彼らの限界を知りながらも、私は今日も彼らの雄姿を書いていきますw
こんな感じです。
もちろん城の力と言うのは理解していますし、彼らを活躍させられる場所は作れます。
でも、現代ではこれが現実。
彼らにとって残酷な現実なのです。