結束
ブレインストーミングに使った紙片は焼いて、灰は前時代的水洗トイレに流した。
「休憩しましょうか。」
「そうしましょう。・・・まだ明るいですねぇ。今何時なんでしょう?」
「結構時間が経ったような気がしますけど、案外北の方なんですかねえ。」
二人は机から、マットレスの引かれた座敷のような一角に移動していた。
夏生は色白の背の低い男で、身長は彩夏と同じ165cmだった。やや彫りの深い顔だちは、やや鷲鼻気味の高い鼻からくるものだった。目と眉が近く、睫毛は長く真っすぐに前を向いているのが、よりその横顔に迫力を持たせていた。肩幅が狭かったが、やや頭が小さかったので、パッと見は実際より背が高く見えたが、近づくと意外に小さいという印象を人に与えた。
壁を背にして、床に並んで座った二人のシルエットは、双子の兄弟のようだった。
「戻ったら、きっと素敵な冷蔵庫を買うんです。省エネで、色んなものが新鮮で長持ちするやつ。使いきれなかった食材が傷んで棄ててしまうようなことがないような。環境によくて便利なやつです。」
「それは子供のいる家族向けのやつでは・・。」
「夢は大きく持つものです。」
「料理好きなんですか?」
「家庭的なところをアピールしんじゃなく、単純に作る作業が好きなんです。この前、スーパーで栗が出ているのを見つけて、栗ご飯を炊いたんです。お米の上に栗を載せて炊飯ボタンを押すだけなんですが、生栗の皮むきを20分くらいひたすらやっていて、面倒くさいけどやっぱり楽しいな、私は料理が好きなんだと思ったんです。」
「趣味とはそういうものです。幸せですね。」
「晩御飯は、何でしょうね・・・。」
「不安ですね。およそ地球のものじゃなかったりして。」
「グレイタイプエイリアンの丸焼きとか?」
「骨が少ないと良いですね。」
「そこかい。」
長い昼が終わり、夜の帳が下りようとするころ、二人は並んで座って、窓の向こうの山に夕日が沈むのを見ていた。陽が沈み終わるまで、二人は地蔵のように動かなかった。やがて赤い太陽は見えなくなって、山の周りだけがオレンジ色になると、二人は隣にいる顔を、目を、見つめあった。
一分も二分も見つめあった二人は、本当に暗くなってようやく立ち上がって、机に戻って何杯目かの茶のお代わりを淹れた。電気はなく、湯を沸かす炎だけが光を放った。
十分もして星がよく見えるようになると、戸を叩く音が聞こえ、二人が返事をすると、ガチャリとドアを開け、ランプを持った二人の給仕が夕食を運んできた。給仕の一人が食事を並べながら言った。
「すみません、明かりの場所を伝えていなかったのですね。」
戸棚の一つから取り出されたランプに火が灯され、竿の様な道具で天井から吊るされた。テーブルの上の料理と、二人の顔がオレンジ色の光で照らされる。
料理は魚のグリルと、サラダ、芋、パン、それにスープとケーキだった。魚にはしっぽが二つあったが、それ以外は案外普通だった。といってもスープとケーキの材料は分からない。
魚は鰯の様な淡白な味わいで、炭火で良く焼かれた皮が香ばしく、身はふっくらとしていたし、サラダの新鮮さも申し分なかった。パンはもっちりとした食感に塩気が利いていて、噛めば噛むほど味の出るパンだった。ケーキはカスタードクリームとスポンジが主体の工夫のないものだった。カスタードクリームが何の卵と乳から作ったクリームなのかは分からなかったが、普段食べているものと味の違いはなかった。
「なんか、今日だけで考えると普段より幸せな気がする。」
「そうだね。明日も楽しくなりますように。」
夕食後、風呂にも入ることができた。シャワーはなかったが、浴槽に湯を張ってもらえた。洗う道具は石鹸しかなかった。真四角の石鹸は、何かの花びらが練り混まれていて、随分と上等なもののように見えた。販売業者だろうか常葉日用品製造所と型押ししてある。
風呂から上がっても、顔につけるものが何もないので、何だか少し顔が突っ張る。
部屋の隅に置かれたソファーに並んで座った二人は、濡れた髪をして、温まった顔を上気させた相手の顔を見た。
「ドライヤー欲しいですね。」
「そうだね。拭いてあげようか?」
彩夏は黙って体を90度ひねって夏生に背を向けた。夏生は彩夏の髪を拭きながら、軽くマッサージした。
「禿げないようにマッサージしましょう。」
「まだ禿げないですよ。」
「はい、おしまい。」
「ありがとう。」
彩夏は夏生の方を向き直って礼を言った。そして見つめ合い、キスをした。
翌日もまた、二人は前日と同じ部屋に案内された。