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世界の終わりの始まり

 彩夏が目覚めたのは、ローマにあるパンテオンの出来損ないのような、暗いドームの中だった。夏生もまた、彩夏より先にここで目覚めたものの、半ば放心状態でいた。

 彩夏は不安から、夏生に声を掛けた。

「あの、すみません。ここは・・・?」

 夏生は声を掛けられても、自分に話しかけられたことが分からないかのように、しばらくぼんやりとした表情のままだったが、はっと気が付いて、彩夏の方を見た。

「私にはさっぱり・・。さっき死んだような気もしたし、それは夢の中だったような気もするのですが、ここの様子は、まだ夢から覚めていないとしか思えません。」

「じゃあ、私と一緒ですね!?私もさっき変な洋館で襲われて・・・。に、日本の方ですよね?」

「そうです!良かった。しかしどうやって此処に来たのか全然わからなくって。洋館にもなんで居たのやら。何か研究室にいたら急に気が遠くなってそれで・・・」

「私も同じです・・・自分の部屋にいたら急に・・・。ああでも、なんか変な話なんですけど、牛の頭骨みたいなものが部屋にあたった気がします。」

「そういえば、そう、一角獣ですよ、角が一本しかなかった。きっとそれが、共通点ですね。一応生きているんですよね、私たちは。」

「たぶん、そうだと思います。」


 しばらくの間、ああでもないこうでもないと、自らの状況を推測する会話が続いたあと、話はお互いの身の上話へと流れて行った。

「毎日、研究室と下宿を往復しているだけで、論文を書き終わって、次にやりたい事ってなにも思いつかないんです。劇的に人生が変わることを、誰しも望むんでしょうけれど、いざ変わってみても、人まで殺したのに、私自身は全然変わらない気がします。」

 身の上話は長く続かず、一人の女がドームに入ってきたことで打ち切られた。


「はじめまして、ようこそオクトニアへ。」

 女は出口のないドームの壁から現れたように、二人には見えたが、実のところ壁には一か所途切れ目があり、その途切れ目の後ろにも同色の壁があるので、出口の無いように見えただけだった。

「お二人ともお疲れでしょう。それにきっと混乱されているでしょう。死んだかと思ったら、このようなところで目覚めたのですから。」

 女は二人から距離を保ったまま続けた。

「さあ、こちらへどうぞ。どこから来たかは存じております。そして、我々の知る限りのことは説明して差し上げます。」そういうと、二人の反応を待たずにゆっくりと振り返って、壁の隙間へと消えて行った。


 夏生が立ち上がって、ついていこうとするのを、彩夏が制した。

「どこへ行くの?」

「此処に居ても、此処を出ても、何が起こるか分からないことに変わりはないと思います。考えるにも材料がないのだから、ここでじっと考える意味はないでしょう?」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・分かりました。でも剣は持って行きましょう。意味があって、こんな格好なんだと思いますから。」

 彩夏は夏生が置いていこうとした刀と、自らの刀と、二振りを持って、小走りに、夏生より先にドームを出た。


 陰湿なドームの外は、打って変わって小ざっぱりとした明るい路地だった。真昼間である。

 太陽の下で見ると、女は軽そうな素材の袖口の大きい、シルエットがポンチョのような上着に、比較的ありふれたスラックスを穿いていた。よく見ると、ポンチョはどこか制服を思わせるようなデザインだ。靴は黒い編み上げのショートブーツ。女は姿勢良くゆっくりと路地を歩いた。路地は次第に坂になり、坂の上には、黄色い壁の建物が見える。

 二人が連れられたのは、丈夫そうなつくりの建物で、立派な庭が付いていて、街並みよりも少し高い土地にあった。川が流れ、河岸段丘に赤レンガの屋根瓦のの街が形成されている。ドームだけは、建築様式が全く異なり、大理石や石灰岩で出来ているようだ。

 建物の2階は小洒落た客間で、木の床に黄色と淡い緑の糸で織られたカーペットが敷かれ、6人掛けほどのダークブラウンの四角い木のテーブルと、椅子が置かれ、部屋の隅には、すぐに茶が準備できるようなティーセットや茶道具が、タイル張りの小棚の上に置かれている。テラスもあり、そこには金属と木で出来た白いテーブルと椅子が置かれている。ここに来るまでの間、誰も口を利かなかった。


「お座りください。お茶をお入れします。」

 女が、ティーセットを準備する間、似たような格好の男が、湯を満たした鉄瓶を持ってきた。男は鉄瓶を女のそばに置くと、何も言わずに部屋を出た。間もなく茶の準備が整い、フルーツのような素晴らしい香気の茶が出され、女と二人は向かい合って、茶を飲んだ。出されたのは上品なティーセットに高品質の茶だったが、女は特に格式ばった様子もなく、先に二人に茶を勧めるでもなく、喫茶店で飲むかのように、茶を飲んだ。ふたりもそれに倣った。

 時々ぴーぴーと、鳥の鳴き声が聞こえ。涼しい風が部屋に吹き込んだ。

「まずは、自己紹介だけ済ませましょう。私はメリッサ。貴方たちのような人たちのお世話のようなことが仕事の、役人です。お二人のお名前を窺っても?」

「私は彩夏で」「私は夏生です。」

「アヤカさんとナツキさんですね。お二人は元からお知合いですか?」

「いいえ。あのドームで初めて。私が先に来て、後から彩夏さんが来たようです。どうやって来たかは分かりませんが。」

「ここは、ポルトスの街です。ここからは見えませんが、すぐ近くが河口で西に広がる海へ注いでいます。過ごしやすい、良い街です。お二人もきっと気に入ると思います。・・・ところでお疲れではありませんか?お二人に過ごしていただくお部屋を用意してあります。色々と、お聞きになりたい事ばかりでしょうが、我々はいつでも何でもお答えしますので、お休みになって頂いてもよろしいですよ。あなた方はこの町と、この国のお客様です。」

 二人は顔を見合わせた。あの洋館とは対照的に、ここは平和なようだし、メリッサは友好的な様子だが、二人はなによりも、同じ世界の人間と離れたくないという気持ちが強かった。与えられる部屋は個室かも知れないし、そこで一人で何を考えて過ごせばいいのか。

「ありがとうございます。ですが一通り此処のことを聞かないと、落ち着いて休めそうにはありません。」

「私もです。」

「そうですね、お気持ちは分かります。では何をお聞きになりますか?」

「・・・詰まる所、聞きたい事は一つです。・・・私たちは何故ここに?」

「そうですね、完全な答えは分かりませんが、私たちが知っていることをお話ししましょう。まず、残念ながら、あなた方のいた場所で何が起こったかは、私たちには分かりません。しかし、あなた方がなぜ今現れたかは分かります。世界は完成し、終わりに向けて物語が開かれたのです。」

「「・・・?」」

「この世界は、創造主達によって生み出されました。その始まりは分かりませんが、そう遠い昔ではないと私たちは考えています。完成した、というのは創造主達は世界を一挙には作らず、最初に世界の中心と私たちを生み出し、創造主たちと私たちは、それを徐々に広げていきました。そして最近、これまで途切れることなく続いていた世界の拡大が終わったようなのです。」

メリッサは一度言葉を区切り、一口茶をすすった。

「既に色々と分からない言葉が出てきたとは思いますが、とりあえずは、一通りお話ししてしまいますね。世界が完成すると、世界を舞台に物語が始まります。この物語のために世界は作られるのです。物語はやがて終わり、役目を終えた世界も、そこで終わります。永遠にこの世界の時は止まるのです。」

「なぜ、そのようなことが分かるのかとお思いでしょう。世界は幾度か作られ、終わったと考えられています。それは様々なことから推測した仮設に過ぎませんが、多くの証拠はその仮説を支持しています。それは主に終わった世界の痕跡―それは主に書物を含む遺跡ですが、時に生き物であったり自然地形であったりし―それらの痕跡を元に、私たちはこの世界の行く末を、いずれ終わる物語であると結論づけています。創造主たちについてもまた、その存在は推測にすぎません。誰も会ったことは無いのですが、やはり様々な証拠がその実在を示しています。」

「何故物語は開かれ、そして終わらなければならないのか。それは分かりません。しかしながら、最近になって世界の拡大が停止し、これまでにない世界の変化が起こっています。我々は世界が完成したとみています。」

「私たちはお二人が現れたのは、今が物語のオープニングであるからなのだと考えます。つまり物語に呼応したというのが、この世界における、お二人の出現理由です。しかしそれは、お二人が物語を進める主人公あるいはキーパーソンという意味ではありません。お二人は伝承に伝わる、物語のシナリオの“外”にある存在だと、私たちは考えています。つまり創造主たちが生み出したのではない存在です。貴方たちの世界がどのような世界なのか、私たちには全く想像が付きません。伝承はあなたたちのような人々が、既に終わってしまった世界にも現れていたことを述べており、彼らがもと居た世界についても語ってはいます。しかしその説明からは、もし彼らが同じ別の世界から現れたとすれば、語られる世界の成り立ちについてのストーリーは互いに矛盾している理由の説明ができません。ですから、彼らはそれぞれ異なる世界から訪れたと考えられています。」

「お二人の来訪についての、こちらの世界でのきっかけは物語の開始です。あなた方の世界でのきっかけは何だったのでしょうか・・・?」

「私たちは、同じ世界の別の場所から来ました。共通しているのは一角獣の頭骨に触れたこと、だと思います。他にこれと言った共通点はなさそうです。」

「一角獣ですか。」

「牛のような骨ですが、一本の角が額から出ていました。」

「正直に言って、この世界との関係は全然わかりませんね。」申し訳ないといった風に、少し微笑んでメリッサは言った。

「でも、何事もこの世界では直ぐに分かるものではないのです。一つ一つ証拠を積み重ねていけば、いずれは来訪の原因も分かるかもしれません。」

「私たちは、この世界に来て同じ場所で目覚めました。そこは暗い夜の荒れた洋館の庭でした。」

「私が目覚めたとき、洋館はひっそりとしていましたが、庭を少し進むと、頭のおかしな連中が襲い掛かってきて、私は必死で屋敷の中に逃げ込みました。屋敷の中には一人だけ、言葉の通じる男―甲冑を着ていました―がいて、私のことを東方の国から来た再生者だと言いました。この刀がその証拠だと。その屋敷はオースター卿の検問所だとも。」

「私が目覚めたときには、その屋敷は既に戦場になっていました。私はいつの間にか、屋敷を攻める側の一人として庭で目覚めたようなんです。味方の人たちは誰に話しかけても何も答えてくれませんでした。屋敷を抜けると、化け物と味方が戦っていて、私は巻き込まれて死にました。」

 ふと、夏生は屋敷で騎士から生命瓶と手紙を貰ったことを思い出したが、黙っていることにした。

「オースター卿という方は、このオクトニアにはいませんね。この国に身分制度はありません。その洋館はきっと北の王国にあるのでしょう。王国には、貴族に任された所領が多くあると聞きます。しかしここからは遠く、交流はありません。オースター卿という人物については、文書館で後で調べてみましょう。東方の国からあなた方のような方が来たという話は聞いたことがありませんね。」

 刀を握ったときに浮かんだ文章。そこにあった常世の国というのが、東方の国では無かったのか。夏生はそう思ったが、やはり今は心に仕舞っておくことにした。

「再生者というのは、あなた方のように別世界からの来訪者を指す言葉です。別世界からの来訪者は、ちょうどお二人が一度斃れ、あのドームで再び目覚めたように、蘇りの力を持っています。痕跡にも再生者の到来については多く語られています。」

「なぜ我々は復活できるのですか?この世界の人たちは死ぬとどうなるのですか?」

「その原理は不明ですが、創造主たちの意図あってのことでしょう。我々は一度死ねば終わりです。」

「意図とは?」

「明確な意図は不明ですが、物語を進めるためであることは確かであろうと考えています。終わってしまった世界でも、物語が開かれるとともに再生者たちは現れました。」

「でもさっき我々はキーパーソンではないって。」

「そのとおりです。再生者には二種類の人がいます。話す者と、話さざるものです。」

「私たち二人が話す者で、私が話しかけても無視した人たちが話さざる者・・・?」

「そうです。話さざる者は、話さないだけでなく、我々の言葉も殆ど聞こえていません。そして話さざる者こそが物語を進めエンディングに導くのです。」

「何のために?」

「お二人を含め話す者はもちろんのこと、再生者は全て創造主たちの被造物ではありません。故に別の目的があってのことでしょう。しかし対話不可能な相手の目的を知るのは難しいものです。痕跡はそれについて僅かにしか語りませんし、あまりはっきりした内容ではありません。」

「先ほどから気になっていたのですが、何故時間が止まってしまった別世界の痕跡がこの世界にはあるのですか?私たちの世界では、時間が止まるということ自体があり得ないことです。」

「それを説明していませんでしたね。別世界といっても、完全に空間的に分離されているわけではないのです。あるいは分離されている世界もあるかもしれませんが、少なくとも、創造主たちは一つの世界を閉じて、新しい世界を作るとき、前の世界の一部をその材料としたり、同じようなものを作ったり、時には流用することがあります。それが痕跡という訳です。」

 このメリッサの説明は夏生と彩夏を混乱させた。創造主たちを神話や宗教の神々のようなものとして捉えていた二人にとっては、無から世界を生み出す神のイメージとは、随分と異なるからだ。

「あの、創造主たちというのは、神々のことですか?」

「神々?いいえ、超常の力を持つ神々もまた被造物です。あなた方の世界の神々とは違うものですか?」

「私たちの世界では、世界を神が創造したと考えている人が今も多くいます。それは宗教的な考え方で、数多の宗教によって見解が異なりますし、全ての人に事実として受け入れられている訳ではありません。自然発生的に世界が生まれたという説が一番有力です。そこに意図や意思は介在しません。私たちの世界は被造物ではないのです。」

 説明しすぎたかもしれないと、夏生は思った。宗教が絡むと狂暴になる人間は多い。彼女の創造論を否定したと思われないか、不安を覚えたが、メリッサの目にはむしろ羨望の光がわずかに表れた。

「何だか雲をつかむようなお話ですね・・・。そしてあなた達の世界は何て長命なんでしょうか。」

「人間の歴史は五千年程です。」

「五千年ですか・・・私たちの世界は、きっと千年も続いていないでしょう。そして、もうすぐ終わろうとしています。」

 もうすぐ、というのがどれくらいの期間のことなのか、二人には聞けなかった。しかし、二人の心配をよそに、むしろメリッサの顔には楽しそうな表情が浮かんだ。

「でも一つ分かったことがあります。伝承の語る、再生者達の元居た世界の成り立ちの説明が、互いに矛盾する理由。あなた方の世界は、我々の住む世界よりもずっと多様だからなのですね。とても興味深いことです。」

「すみません。私が質問するのは後にしましょう。何でもお聞きください。それとも、お休みになられますか?お部屋の支度はできております。」

 二人は顔を見合わせた。正直に言って、色々なことを聞き過ぎて混乱した頭の中の整理もしたいし、死を経験した心も落ち着けたかった。メリッサの態度には敵意は微塵もなく、むしろ終始親切そうな様子だったので警戒心もだいぶ薄れてはいた。

「お休みになったほうがよろしいようですね。それでは・・・」そう言ってメリッサが席を立とうとしたとき、彩夏は口を開いた。

「もう、一つだけ教えてください。なぜ創造主が複数いると分かったのですか?」

「良い質問ですね。歴史のセンスがおありのようです。世界は創造主によって作られました。創造主は地形や生き物だけではなく、建物や文化も生み出しました。もちろん我々の生み出し建物や文化もありますが。そうした建物や文化には、明らかに一種の趣向があります。この小さな短命な世界で、それだけの違いが、自然に発生するとは考えられえないのです。さあ、お部屋にご案内しましょう。」



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