世界の終わり~彩夏~
彩夏が目を覚ました時には、夏生が目を覚ました時から時が経ち、ブローティガンの屋敷は既に審問官率いる正気を失った兵士達と、白い霧から現れた再生者たちとの間の戦場と化していた。
彩夏も夏生と同じ庭で目を覚ましたが、庭の状況は一変しており、次々と白い霧からは同じ革の鎧に身を包んだ戦士たちが現れては屋敷へ向かって行く。皆同じ格好だが、素早い動きを見せる者がいる一方で、なんだか動きがぎこちない者もいる。
彩夏はしばらく様子を眺めていたが、ふと自分が白い霧から現れる戦士と同じ格好をしていることに気付いた。腰には刀もぶら下がっている。自分もあの白い霧から出てきたのだろうか、誰かに聞いてみたい気もしたが、誰も彩夏のことを気にかけずに屋敷へ向かっていくので、どこかここはまだ夢の中ではないかという思いもあり、自らも屋敷へ向かうことにした。
しばらく進むと横から敵兵が飛び出てきた。他の同じ格好の戦士と合わせて、三対三の形になった。一人の戦士が、果敢に敵兵に斬りかかったが、盾に止められ、逆に刺されてしまった。もう一人の味方が空かさず反撃し、一人を倒すが、刺された味方は続けざまに切られてしまい倒れてしまった。味方を倒した方の敵が向かってきたので、彩夏は咄嗟に刀を抜いて振り回した。驚くほど刀は軽く、剣先は華麗と言ってもいいほどの軌跡を描いて敵兵を切り倒した。
「何なの!一体!」彩夏は思わず叫んだ。
もう一人の味方も、敵兵を倒していたが、彩夏の叫び声がまるで聞こえなかったかのように背を向けて、再び屋敷の方へ走り出した。
「待って!ここは!?」
そう叫んだそのとき、倒れた敵から光の粒が浮き上がり、彩夏の胸に吸い込まれていった。彩夏が呆然と立ち尽くすなか、後ろから続々と戦士たちが追い抜いていった。
何人か見送った後、ここで立ち尽くしている場合ではないと気付き、あわてて戦士たちに声を掛けたが、しかし誰も問いかけには答えてくれなかった。
まるで彩夏の声が聞こえないかのように無視され続けた彩夏は、諦めて走り出した。兎に角ここに留まっているわけにはいかない。其処らじゅうで敵味方が切り結んでいる中を走り抜け、彩夏はどうにか屋敷までたどりついた。今はもう裏口から入る必要はなかった。屋敷は味方―見た目から推測するにだが―に二階まで制圧され、窓から時折敵兵に向かって矢が放たれた。皆が向かう先がゴール―そもそもゴールとは何なのか、自分の考えたことの意味も分からず―だと期待し、彩夏は屋敷の周りをまわって前庭へ出た。
しかし、前庭は彩夏が期待したゴールなどではなく、むしろ主戦場であった。検問官とその取り巻きたちを、味方の兵士が包囲している、その形だけは優勢だったが、検問官の圧倒的な膂力に、一人また一人と味方は吹き飛ばされていく。時折味方の刃が届き、矢が刺さることもあるが、検問官は意に介した様子もない。
明らかに敵わないような相手に対して、皆果敢に向かっていくが、彩夏には恐ろしくてとても近づくことはできなかった。雄たけび位あげそうなものだが、どの味方も一言も声をあげず、無言で突撃していくのが実に不気味だった。銃も爆弾もない戦場で、金属同士のぶつかる音と、矢が風を切る音だけが聞こえた。
一瞬、味方の攻撃の波に間が空いた。その隙を付いて、検問官が錫杖を突き上げると、先から光条が放たれた。光は、錫杖を中心に周囲を一周し、触れたものを焼いた。彩夏もまた、なすすべもなく焼かれた。
彩夏が目覚めたのは、また知らない場所だった。