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【断固】拒否します

【断固】拒否します



 空は青い。カラスは黒い。それが自然というものだ。

 だったら、王族、という人種はなんなのだろう。他の誰かを従える立場に生まれつくって、どういう自然がなした技なんだ?




 公会堂に集った島の住民たちは、その夜、度肝を抜かれただろう。滞在中の王族がダンスパーティーに姿を見せただけではなく、島の娘を相手に、ダンスに参加したのだから。その上。


「……」


 身分が高すぎる客のため、急遽、舞台ちかくに席が作られた。軽食用のテーブルを移動し、椅子を運び、即席の観覧席が作られる。席についてダンスを見物するのは、優雅な仕草でテーブルに片ひじをついた青年だ。そして横には、


(なぜだ)


 眼鏡の田舎教師がいる。わたしなんて立っていればいいものを、レオポルド王太子の命令で席が用意された。彼の横に。この人が言うには、わたしを立たせておくぐらいなら自分が立っている、だそうだ。勘弁してほしい。


(だけど……わたしは騙されない、から)


 内心で固く決意している。決して流されてはいけないと。関わってはいけない。


 身分不相応すぎるから、というだけじゃない。あの記憶――さかのぼれば数百年にもなる前世。時には残酷、特には屈辱。王者になった男というのは悪魔に近い存在だと、わたしは覚えている。


 そのせいだ。庭で会った時、何の証明もなくとも彼の正体がわかった。まさしくこの男だ。逆に言えば、この人だからこそ王太子なのだとわかった。自分の妻を、王妃を絶望の底に突き落とす男。――国王だ。

 

 ちらり、とその悪魔を見た。そして後悔した。美しい悪魔は微笑んでいた。彼はダンスする人々ではなく、よりによってこっちを見ていた。つまり目が合う。


「な、何か?」

「失礼。――幸せだと思って。こんなに満ち足りていたことは、なかったから」

「……」


 どう返事したらいいのかまったくわかりません。むしろちょっと引きます。


「えーっと。何か召しあがります? お持ちしましょうか」

「ああ。いや、それは私がやるべきではないのか? 何がいい」


 さっそく立ち上がろうとする。目を輝かせて。いえ待って、王子様に給仕させるとか、わたし何様なんですかー。不敬罪とかで捕まったりしませんかね、わりと本気で。


(なるほど)


 さては新手の嫌がらせか。幽閉とかギロチンとか色々やり尽くして、ネタが尽きたのだ。新たな不幸の境地を開くつもりなんだ。一旦持ち上げておいて、きっと、想像を絶するようなふかーい地獄に突き落とそうと企んでいる。その下準備に違いない。


(まさか!)

 

 何を企んでいるか知らないけれど、そんな罠にはまってたまるものか。


「いえ、わたくしは何も。お座りになって」

「そうか? 何でも言ってくれて構わないんだが」


 残念そうにしないで下さい。本当にもう、扱いに困る。それに。


(どこまで本気なのかしらね)


 たしか、「もう離れない」とか言ってなかっただろうか。正気とは思えないけれど、もしその言葉が本気だったらどうなる。

 明日、王太子は島を離れて出港する。その時わたしは? まさか、ついて来いとか言わないよね? やっぱりただの、一時の戯れなんだよね? 別にいいよ、そのほうがましだ。


 内心、ぞっと不安にうち震える。すると。


「やあ、殿下。見つかってしまいましたか」

「なんだランサム。ここにいたのか」


 寄ってきたのは仮面の紳士。すっかり忘れていたけれど、そういえばこんな人もいたんだった。顔を隠した怪しい都会風の男が、王太子に向かって気安く声をかけてきた。


 ははあ。腑に落ちた。王太子の関係者だから都会風なわけだ。


「ここにいたのかって。俺を捜しに来られたんじゃないんですか」

「お前を? ……ああ、言われてみればそうだな。すっかり忘れていた」

「なんですかそれ。冷たいな」


 苦笑する気配。そこでようやく仮面男は仮面を外した。

 物憂げな雰囲気の王太子が“静”だとすると、こっちの仮面男は“動”だろう。


 金茶の髪は癖っ毛なのか、撫でつけていてもまだ跳ねている。楽しげに輝く瞳は青、少し垂れた目尻には笑い皺が寄る。大きめの口は、さっきから常に、しゃべるか笑うかしている。そしてやけに大柄だ。


 仮面を外した元仮面男は、こちらに目を向ける。わざとらしく片眉を上げて尋ねた。


「さっきはどうも。酔いはさめたかな」

「ええ。……お陰様で」

「ランサム。彼女に何かしたのか」


 油断した。うるわしのレオポルド王太子殿下がこの次に、自分の随行らしき人相手に何を言うのか、予想していなかった。


「私のご主人様に」


 音もなく空気が凍りついた。まさかまさかまさか、他の人にまでその言葉を使うとは思わなかった。


「……はい?」


 ランサムというらしい元仮面男が目を丸くして、ついでに口もポカンと開ける。そしてわたしと王太子をかわるがわる見比べる。きっとこの人にとっても、理解の範疇外なんだろう。無理もない。だけどランサムさんのほうが、わたしよりも柔軟だった。すぐに笑い飛ばす。


「く、あはははは。なんですか、それ。珍しい、殿下が戯れをおっしゃるとは」

「戯れだと?」

「いやいや、いいんですよ、ご自由に。ねえ、ミス……あ、名前をまだ聞いてないか」


 わたしに名前を尋ねるランサムさんを遮るように、王太子が彼に手を向けた。わたしを見ながら言う。


「ご主人様。これ(・・)は私の随従の武官でランサム中尉です。お見知りおきを」

「あ、はい。どうぞよろしく。……リントンです」


 意味不明でごめんなさい、とは心の中でだけつけ足しておいた。わたしのせいじゃないですけどね。たぶんね。

 また混乱し始めたらしいランサム中尉だけど、それでもわたしに向けて会釈した。


「どうも、ランサムです」


 軽い。それが気に入らなかったらしい、中尉の主人は。


「だめだ」

「はい?」

「もっと丁重にご挨拶を。ご主人様のことは私以上に尊い方として……」

「何か飲みましょう、持ってきます!」


 わたしは思わず王太子の言葉を力技でぶった切ってしまった。だってあんまりじゃあないですか。とても聞いていられない。


 ついて来ようとした王太子には「座っていて下さい」とはっきり“お願い”し、軽食のテーブルへと向かう。ほんと何様なんだわたし。もう、なんでこんな気苦労背負わないといけないんだろう。不当だ。


「ミス・リントン」

「……ランサム中尉?」


 だけど案の定、王太子の武官が追いかけて来た。明らかに妙な状態の彼の主人について、戯れではない何かをやっと感じ取ったのかもしれない。こっそり尋ねられた。


「殿下は何を? いったい何をなさっているんですか」

「わかりません」

「戯れにしてもやり過ぎだ。ご主人様って、そんな遊び、アロミンスターでも流行ってませんよ。不敬が過ぎるのでは」

「そんなことわたくしにおっしゃられても。お会いしてすぐからああなんです!」

「本当に? まさか……殿下が勝手に始めたのか? あの方はそんな機知に富んだ人じゃないぞ。むしろ面白くない人だ」


 ああ。普段の彼を知る人でもそう思うのか。異常だって。だめだこれは。


「何の話をしているんだ」

「うわ! いえ、特には」


 ランサム中尉が焦る。座っていてと言われて大人しくしていたはずの王子様が、すぐ後ろに迫っていたので。詰まって焦る中尉に代わり、わたしが答えた。


「申しましたでしょう、殿下は席でお待ちいただければいいんですよ」

「あなたから離れたくないんだ。片時も」

「は……」


 彼はわたしの片手を取ると、それを自分の胸に押し抱くようにしてそう言った。


 “片時も”って。どこの熱烈新婚カップルの台詞ですかそれは。大真面目な顔でそんな風に言われて、間違って心臓飛び跳ねちゃったじゃないですかどうしてくれる。

 こちらの動揺など知らない王太子は、今度は中尉に向けて言った。

 

「そうだ、ランサム。言おうと思っていた」

「な、なんでしょう」

「明日は船に乗らない」


 もはや何発目かわからない爆弾は前触れもなく炸裂した。はい? 明日、船に乗らないですって?


「姉上には祝いだけ送っておいてくれ。母子ともに元気だそうじゃないか、私が行かずとも問題ない」

「おそれながら殿下。そろそろお戯れの度が過ぎますよ」


 中尉は本気で諌めにかかった。そろそろ冗談では済まないと、悟ったようだ。

 振り回されるのが自分だけではなくなったため、わたしはちょっとほっとした。王太子が何を言おうと、周囲が許さないに違いない。がんばって全力で止めてほしい。


 だかしかし。

 王族というのは基本的に、なんでも自分の思い通りになるのが当然だと思っている生き物だ。多少おかしくなっていても、そこは変わらないのかもしれない。

 ランサム中尉の焦りなど華麗に無視し、王太子はわたしに笑みかけた。いっそ無邪気なほど。


「ご主人様から離れる気はない。だから私はここにいる。ああ、そうだランサム、お前が名代で行ってくれても構わないぞ」

「いえ、ですから。そんな無茶がどうやったら」

「教えてほしい、ご主人様。そうだな、あなたの屋敷はこの島のどこに……」


 とうとう切れた。わたしじゃなくて、


「いい加減になさって下さい!」

 

 聞き入れてもらえない武官が切れた。しかしランサム中尉の声は大き過ぎた。ばっと、舞踏室中の人間がわたしたちに注目する。国でもっとも高貴なお客様が、何やらもめていると。

 

 まずい、と中尉も思ったのだろう。声を潜めた。そして元凶、つまりわたしを見る――というよりにらむ。


「ミス・リントン。殿下にいったい何をしたんだ? おかしいだろう」

「わたしは何も」

「どうやってここまで殿下を狂わせ、いや惑わせたんだ」


 こっちに矛先が来てしまった。惑わせた覚えはないけれど、確かに王太子は発狂したも同然だ。さっきから言動が常軌を逸している。その対象であるわたしが原因だと思われてもしょうがない。


 だけど、『ご主人様』が責められるのを、黙って見ている彼ではなかった。


「ランサム! 言っただろう、彼女に対する無礼は許さん」

「でも……なんなんですか、もう」


 無体な主人に振り回される気の毒な武官は、内心、頭を抱えたに違いない。対応に困り果てている。だからだろう、こう言い出した。


「ミス・リントン。――これから同行していただけませんか。船に」

「はい?」

「ここでは相談もままならない。他の同行者にも報告したいので、あなたもついて来い……いや、いらして下さい。お願いします。どういうことかわからないが、解決したらすぐにお返ししますよ。

 殿下も、それならよろしいですね?」


 なるほどそう来たか。


 わたしの都合と王太子の都合。どちらが優先されるべきかと言えば、後者には違いない。わたしがこの島にいるから王太子がここを離れないと言うのなら、最悪、わたしがここを出ることになる。王太子が本気なら、単なる田舎教師がどう抗おうが無駄だろう。むりやり連れて行かれるかもしれない。


 思い出す。ずっと、そうやって振り回されてきた過去を。でももうご免だ。前世のような人生は、決して歩まない。


「ランサム、私の都合にご主人様を合わせるのは違うのではないか」

「違いません。ねえ、ミス・リントンもそのほうがいいでしょう。よし、そうと決まったらすぐにでも――」

「お断りします」

「なんだ、いえ、なんですって?」


 まごつくランサム中尉。地味で素朴な片田舎の教師に、抵抗ができるとは予想外に違いない。王族の権威に抗える人間など、いるはずないと。むしろ王太子に同行できることを、誰だって光栄に思うだろう。


 わたし以外の人間は。

 

「王太子殿下。わたくしのお願いを聞いていただけますか」

「あなたの願いなら」

「船にお戻り下さい。今すぐ」

「……一緒に来てくれるのか」

「できません。――殿下が旅から戻られる時、もう一度この島にお越しいただけますか。その時には必ず御前にうかがいますので、まずはご旅行へ行ってらして下さい」


 はっきり頼んでも、王太子は承知しかねる表情だ。行かないと言いたげ。

 ここで口が勝手に動いた。後から考えるともう、死にたくなるぐらい辛い。


「これは命令です」

「……! ああ、わかった。そうしよう」


 だから、ね?


(なんで嬉しそうにするの……そしてそろそろ手を放して)




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