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クリスマスまで残り二日

 クリスマスまで残り二日。

 今日は12月23日水曜日。時刻は午後6時30分。僕は今、駅前の広場にいる。

 12月の午後6時30分というのはもう真っ暗である。夏は今の時間帯でも十分明るいのにこうも日の入りが早いと、冬を実感する。

 今、眼前に広がる世界は非常に煌びやかである。真っ暗な空と対照的な風景は、現実とは隔絶された世界に僕はいるのではないかと錯覚させる程だ。中央には僕の身長の何倍もある巨大なクリスマスツリーがあって、色とりどりのイルミネーションと様々な飾りが装飾されている。そして、そのイルミネーションの灯火は周りの建物にまで飛び火してしまったのだろうか、ぐるりと周りを見渡すと一面に満点の星空を連想させるようなイルミネーションの装飾で、まるで運河の中心にいるような心持ちを引き起こす。

 僕は暫くそこにいた。いたというより、離れられなかったというべきだろうか。僕の心は完全に魅せられていた。ふと、もしも桜木さんとこの場所来ることができたならどれ程いいだろうかと考えてしまったが、もう叶うことはないのだと思うと虚しくなった。

 少しでもこの風景を目に焼き付けておきたくて、僕は一心にそれを見つめていた。それゆえ、僕は人が僕の方に歩み寄って来ていることに全く気づかなかった。


 「長谷川……くん?」

 「ふぁ、ふぁい?!」

 突然名前が呼ばれるのを聞いて、僕は驚いた。思わず飛び跳ねそうになるくらいに驚いた。余りにも唐突だったものだから声は裏返り、変な返事になってしまった。

 「ふふっ。変な返事だね。そんなに驚いた?」

 声の主は僕の挙動がツボに入ったようで、言葉を発し終えてからもクスクス笑っている。

 誰だろうと声の方向に振り返った僕は目を見張った。驚きすぎて声が出ず、口だけをパクパクとした。

 「ちょっと、驚きすぎだよ!そんなに私がここにいることが意外だったの?私もイルミネーションくらい見るよ」

 僕に声を掛けたのは、あろう事か桜木さんだった。

 「さ、桜木さん?なんでこんなところに……??」

 僕は未だに声の主が桜木さんであることが信じられなくて、拍子抜けした声で尋ねた。

 「買い物の序でに寄ってみたの。凄く綺麗だって聞いたから、見ておきたくて」

 そう言って彼女は広場の中央の巨大なクリスマスツリーの方を向いた。

 「綺麗だね……」

 彼女はそうとだけ言って暫く何も言わなくなった。クリスマスツリーに見とれているようだ。

 対する僕はクリスマスツリーどころではなかった。ここで彼女と出会うことが予想外過ぎて、なかなかこれが現実であると認識出来なかった。僕の視界には、最早彼女しか映っていなかった。

 「ねえ、長谷川くん」

 「な、なに?」

 彼女のまたしても唐突な呼びかけに、僕は同様に拍子抜けな返事をした。しかし、彼女はそれを気にもせず、こう続けた。

 「長谷川くんって、彼女いるの?」

 彼女のその質問に、昂揚していた気分はすっかり冷めてしまった。途端に悲しくなった。そうだ、僕は独り身だ。

 「いないよ。今も、今までも」

 僕は正直に答えた。過去に彼女がいたのかどうかなんて彼女は聞いていないのに、僕は自分が「彼女いない歴=年齢」であることを自白してしまった。言いたかったわけではなかったのに、口が勝手に動いてしまったのだ。僕は恥ずかしくなった。

 「今も今までも彼女がいないって、私と同じだね。私も、今も今までも彼氏いないよ」

 彼女は微笑みながら僕に告げた。

 「えっ??」

 僕は彼女の言葉に耳を疑った。彼女は嘘をついたのかと思って僕は彼女に言った。

 「僕に同情してくれるのは嬉しいけど、嘘までつかなくていいよ。余計に惨めになる」

 僕は本心から出てきた言葉を彼女にぶつけた。対する彼女は要領を得ていないようでキョトンとしている。

 「桜木さんには彼氏、いるでしょ」

 僕は彼女にもわかるように矛盾を突いた。

 だが、それでも彼女は理解できないようで顔をしかめる。そして、彼女はついに口を開いた。

 「私、彼氏いないよ……?」

 彼女のその発言に、今度は僕が顔をしかめた。彼女の発言がにわかに信じられなかった。彼女がまた嘘をついたのかと思った。

 「霧崎がいるじゃん。彼氏なんでしょ?」

 僕はついに実名を出して彼女に問い詰めた。しかし彼女は反論する。

 「霧崎くんとは付き合ってない」

 僕には意味がわからなかった。なぜ彼女は霧崎と付き合っていないなどと嘘をつくのか。僕は黙り込んでしまった。

 今度は彼女から僕に言った。

 「なんで私が霧崎くんと付き合ってることになってるの?」

 ついに僕は混乱した。彼女は霧崎と付き合っていない?どういうことだ。僕はあのとき確かにこの目で見たのだ。霧崎が彼女告白するところを。

 何も言わない僕を見かねて、彼女は僕の返答を待たずに言った。

 「確かに、この前霧崎くんに告白されたけど、私、それ断ったよ」

 彼女の言葉にまたしても僕は耳を疑った。

 「霧崎をフッたの!?なんで……」

 「私、長谷川くんに言ったよね?チャラチャラした人は嫌いだって」

 彼女はあっけらかんとして答えた。

 霧崎をフッた?あり得ない。クラスで一番のイケメンだぞ。そんなことがあるわけない。確かにチャラチャラした印象は多少なりともあるが、霧崎は桜木さんのことを好きになるまでは一途に元彼女と付き合っていた。浮ついた噂などは全くなく、むしろ誠実であると評判だった。それなのになぜ……?

 僕が自問自答に耽っていると、彼女は突然声を上げた。

 「いっけない!!もうこんな時間。早く帰らないと。ごめん、長谷川くん、先に帰るね。ばいばい!!」

 そう言い残して彼女は駅の方へ走っていった。直後に踏み切りが閉まる音が聞こえ始めた。


 取り残された僕は、暫く呆然とした。そしてハッと我に返ると、真相を確かめたくて木山に電話してみた。 

 「もしもし」

 木山の声が聞こえた。藁にもすがる思いで木山に尋ねた。

 「桜木さんって、霧崎と付き合ってるのか?」

 僕の唐突な質問に木山が驚いているのが伝わったが、彼は冷静さをすぐに取り戻し、僕になんと言ったのか尋ねてきた。

 「桜木さんって霧崎と付き合っているのか?」

 一言一句同じ質問を彼に再びぶつけた。狼狽したままの僕に、彼は真摯に答えてくれた。

 「付き合ってないよ。メール読んだんだろ?」

 メール?僕は自答した。途端に思い出した。昨日彼が言っていたメールだ。。僕には届かなかったメールだ。

 僕は彼に素直に言った。

 「ごめん、本当は木山からメールなんて届いてなかったんだ。だから、メールは読んでない」

 「えっ?昨日読んだって言ってたじゃん。届いてなかったの?」

 「うん。木山が『霧崎の告白についてのメールだ』って言ったとき、てっきり霧崎が桜木さんと付き合うことになったことを書いたんだなと思って、読んだって言ってしまったんだ。本当は読んでない」

 「あちゃー。送れてなかったのか……。」

 木山がぺシッとおでこを叩く音が電話越しに聞こえてきた。

 僕は木山に尋ねた。 

 「霧崎と桜木さんの間に何があったんだ?」

 僕の質問に木山はすぐに答えた。

 「簡単だよ。霧崎が告白して、桜木さんがフッたんだ」

 それを聞いた僕は漸く、自分が思い違いをしていたことに気づいた。

 そして、悟った。僕にはまだチャンスがあるのだと。

 僕は歓喜した。しかし、それと同時に僕は桜木さんと木山に対して申し訳なくなった。桜木さんには素っ気ない態度を取ってしまったし、木山には自分の勝手な思い違いから疑い、不信感を持ってしまった。

 「ごめん」

 僕は昨日の言動を素直に謝った。彼は何のことかわかっていなかったようだが、いいよと言ってくれた。

 僕はありがとうと言って電話を切った。


 僕は再びクリスマスツリーを眺めた。

 何度見ても、どれだけ見ても、それは美しかった。

 僕は今日、ついさっきこの駅前の広場の巨大なクリスマスツリー彼女の前と会った。もしも彼女と一緒にこのクリスマスツリーを見ることができたらなと願ったから神様が引き合わせてくれたのか。都合の良すぎることはわかっているが、僕は神様の存在を再度確信した。無神論家の面影はもうどこにもない。

 僕は神様に感謝するとともに、心の中でこう告げた。 

 「神様、今日のこの出会いは僕の望む通りではありませんでした。彼女がやってきたとき、僕は一緒にこの風景を見ることが出来なかった。気が動転しすぎて彼女ばかり見ていたのです。ですから、僕の願いは果たされていません。もしもう一度、僕の願いを聞き入れてくれるのであれば、ここに僕と彼女をお招きください。クリスマスの夜に引き合わせてください。もう一度僕に、チャンスを与えてやってください」

 告げ終えた後、僕は妙な爽快感の中にいた。気持ちを刷新した。今日の運命的な出会いのせいか不思議と自信が溢れてきた。神様は僕と桜木さんを引き合わせる気でいるのだと本気で思い始めた。

 しかし、うかうかしている余裕はない。クリスマスは目前に迫っている。

 僕は決意した。

 クリスマスイブの明日、この場で桜木さんに告白する。

 僕はしっかりと拳を握りしめ、静かにクリスマスツリーの前から去った。

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