クリスマスまで残り五日
クリスマスまで残り五日。
今日は12月20日日曜日。時刻は午後5時を回り、オレンジ色の空が自室から覗える。家の前の通りを行く中年男性とおぼしき通行人は、寒さに両肩を強張らせて、両手を深くジャケットのポケットに突っ込んでいる。ここ最近、また一段と寒さが増したのではないだろうか。
僕の心の中も、外界と同様に冷えきっていた。昨日のウキウキは何だったのか。今日は桜木さんとの進展が何もなかった。それに加えて僕は今日、友人伝いに聞いてしまったのだ。彼女についての一大スクープを。友人から僕にそのことを告げる電話がきたのは、つい30分前のことだった。
――ブィィィィィン、ブィィィィィン
僕の購入してまだ日の浅い新品同然のスマートフォンが音を立てて振動した。
「誰からだろう」
僕はゆっくりと電話の主を示す画面を見た。
「なんだ木山か」
電話の主は木山だった。
木山は僕の幼馴染で、小学校のときからの仲だ。中学の時は同じ天文部に所属し、よく一緒に星空観察などをした。高校入学してからは、二人とも中学に引き続いて天文部に入りたかったのだが、この高校に天文部はなかったので、僕は部活動に入らず、木山は科学部に入部し、それぞれ別々の道を歩んでいた。そんな彼とは、二年生になってから偶然同じクラスになり、以前と同じく仲良くしている。彼は比較的明るい人柄で僕と対照的に見えるかもしれないが、僕は凄く気が合うと思っている。
僕は通話ボタンを押した。
「もしもし、木山か?」
「もしもし、そうだよ!おい、それより大変なんだ。さっきたまたま見かけたんだけど、桜木さんが霧崎と一緒にいたんだよ。二人きりで!!」
「霧崎?!」
僕は絶句した。霧崎ってあの霧崎か?なんであいつと一緒に……。
覚えているだろうか、僕の今のクラスの席を。僕はかつて言った。僕の隣は桜木さんでその桜木さんの席の反対側の隣には、クラスでおそらく一番のイケメンがいると。そう、そのクラスで一番のイケメンこそが霧崎である。
「そうだ、霧崎だ。二人が一緒にいたんだよ!」
木山は興奮気味に語った。補足しておくが、木山には僕の恋のことを打ち明けてある。そして、木山は僕を応援してくれている。因みに木山には中学の頃から長く付き合っている彼女がいるので、桜木さんを取られるという心配はない。
「く、詳しく教えてくれないか?」
僕は木山に頼んだ。
「ああ、あれは20分ほど前の出来事なんだが……」
木山は語り始めた。
「俺は科学部の活動のために学校に行っていたんだ。昼の1時ごろから部員数名と顧問と一緒にある実験をしていた。それはいいんだが問題は帰りのことだ。俺は駅に向かった。高校は家からけっこう遠い上に家の近くには丁度良く駅があるから、自転車じゃなくて電車で登校してるんだ。俺はいつものように定期券を改札口で見せてホームに入った。そして、午後4時5分発の電車が到着して俺はそれに乗り込んだ。その後、読書でもしようかと思って鞄の中を漁ったんだけど、今日は本を家に忘れてしまってたから仕方なしに座っている席の向かい側の窓の外を眺めていた。ゆっくりと電車が加速して行くんだけど、この電車は駅のすぐ隣の大通りを真っ二つに横切るように進むんだ。加速中でまだ外の景色が高速に移り替わるほどのスピードに達していなかったから、俺には踏切の前で電車が過ぎるのを待つ人の顔がはっきり見えた。そして、電車が過ぎるのを待っている人ごみの中に俺は見たんだ、桜木さんと霧崎の姿を。二人が踏切の前で話しているのを!!」
木山の鼻息は荒くなっていた。彼の報告には驚いたが、狼狽しているのを悟られまいと平静を装って彼に尋ねた。
「それは本当に桜木さんと霧崎さんなのか?」
「ああ、間違いない」
木山は断言した。また僕は彼に尋ねた。
「偶然会っただけじゃないのか?」
「確かにその可能性もある。でも……」
急に木山が言葉を濁した。
「なんだよ。何か知ってるのか?」
僕は木山に追及した。
「ああ、知ってることがある」
木山は微かな声でだが確かにそう言った。
「お前がよければ教えてくれないか?」
僕は木山に頼んだ。そして、木山は言った。
「この俺が知ってることを今さっき俺が見たことに加味したら、お前に不都合な結論が導き出されるかもしれないけど、いいのか?」
「いい」
僕は即答した。
「わかった。言うよ」
木山はそう言ったあと、2、3秒間を空けてから続けた。
「霧崎はつい一週間前に彼女と別れたんだ。だから、今のままいけばあいつはくりぼっちだ」
「そうなのか、意外だな」
僕は言葉通り意外だと思った。なぜなら、霧崎が彼女とうまくいっていないという類の話は一度も耳にしたことがなかったからだ。霧崎には別のクラスに高校一年の時から連れ添った彼女がいた。美男美女カップルだと評判だった。
「だよな。で、長谷川はなんで霧崎が彼女と別れたか知ってるか?」
木山は俺に尋ねた。
「知るわけないだろ。今霧崎が彼女と別れたことを知ったんだから」
僕は当たり前のことを言った。同時に木山がいつもと様子が違うのに気付いた。彼は余程動揺しているようだ。
「そうだよな、すまない」
木山はすぐに自分の非を認めた。
「それで、霧崎が彼女と別れた理由ってなんなんだよ」
次は僕の方から木山に聞いた。すると、木山は答えた。
「霧崎が彼女と別れた理由っていうのは、『他に好きな人ができた』からなんだ。霧崎から彼女をフッたらしい」
木山の口調は、余程慎重に話しているからだろうか、とてもゆっくりだった。だが僕には、それが何を意味するのか全くもってわからなかった。だから僕はまた木山に聞いた。
「それで?」
「おい、まだ気づかねえのかよ」
木山は僕がなかなか理解しないことに怒ってしまったようだ。対する僕も同様に、木山がなかなかその主旨を話そうとしないのことに少しムッとしていた。
「もうこの際はっきり言うぞ。霧崎は桜木さんのことが好きになったんだよ。だから彼女と別れたんだ」
「え?!」
予想外の木山の言葉に僕は耳を疑った。僕は木山に尋ねた。
「本当なのか?」
「たぶんそうだ。いや大概そうだと思う。実際、霧崎は桜木さんと隣の席になる前までは今まで通り霧崎の彼女、いや元彼女のことが好きだった。それに間違いはない。ただ、12月の頭に席替えをしてからというもの、霧崎の元彼女に対する態度が段々と冷たくなっていったらしい。そして、別れた後は頻繁に桜木さんと連絡を取っているとうだ」
「そんな……。じゃあ、今日桜木さんと霧崎が一緒にいたっていうのは……」
僕はその先を言いたくなかった。言ってしまったら立ち直れないような気がしたのだ。先を言うのを渋る僕を差し置いて木山は言った。
「今日一緒にいたっていうのはつまり、『デート』かもしれないということだ」
「……わかってる」
木山にそう突きつけられて僕は絶望した。信じたくなかった。僕が無言になってそれを察したのか、木山は僕を慰めるように言った。
「まあ、偶然に会っただけっていうことも十分にありえるわけだし、今のところ二人が正式に付き合っているっていう話は耳にしていない。まだ付き合っているわけじゃないんだと思う。交友関係だけは広くて常にあらゆる情報をキャッチしている俺が言うんだから間違いないぞ。それに、桜木さんが霧崎のことを好きっていうのは決まっていることじゃない」
「うん」
僕はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「とにかく、まだ諦めるのは早いと思うぞ。二人が正式に付き合っているわけではない以上、長谷川にもまだチャンスはある。くりぼっち脱却するんだろ?クリスマスまであと五日ある。長谷川の頑張り次第では桜木さんが振り向いてくれるかもしれないぞ」
木山はいいやつだ。僕が落ち込むといつも励ましてくれる。今までも木山に何度も世話になっている。そうだ、今こそ木山に恩返しをする時じゃないのか。木山の期待に応えることが今僕ができる最高の恩返しだろう。今絶対にしてはならないことは、応援してくれる木山を裏切って桜木さんへの恋を諦めてしまうことだ。僕は自らを奮い立たせ、スマートフォンの向こう側にいる木山にはっきり告げた。
「僕は諦めない。最後まで頑張ってみるよ」
「おう、応援してるからな。なにかあったらいつでも相談してくれ。おっとつい話し込んじまった。じゃあ、そろそろ切るぞ」
「うん。ばいばい」
僕の言葉の後、スマートフォンの向こう側には通話終了を知らせる音が響いた。
今、僕の心の中は確かに冷えきっている。しかし、その中には未だに微かな灯がゆらゆらと、今にも消え入りそうではあるが燃えている。この灯は頼りないが消えることなど決してない。僕は生半可な気持ちで桜木さんを好きなわけではないし、木山の期待も背負っている。それゆえ、僕は諦めないし、負けられないのだ。
もうすぐ今日は終わる。桜木さんとの進展は何もなかった今日。しかし、確実に明日はやってくる。地球が自転と公転を続ける限り、月日は刻一刻と移り変わるのだ。
明日からまた学校だ。明日になれば桜木さんにまた会える。僕は全ての恥ずかしさを捨てることを誓おう。周囲にどう映っても構わない。僕は桜木さんのことが好きで、桜木さんと付き合いたいのだ。僕は全力で彼女を振り向かせにかかる。
ライバルは霧崎。容姿レベルは明らかに霧崎の方が上。そして霧崎は今日桜木さんと会った。明らかに形勢は不利。笑えてくる。こうも不利な状況だと、逆にふっきっれることができそうだ。
クリスマスに桜木さんと共に過ごすのは僕か、霧崎か、それとも第三者か。桜木さんを巡るクリスマス戦争が今、開戦した。




