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クリスマスまで残り六日

クリスマスまで残り六日。

 今日は12月19日土曜日。僕は朝から今となっては恒例の熟考をしていた。クリスマスまでに彼女を作ると志してから僕に熟考のない日はない。

 昨日、僕はなんとか桜木さんの連絡先を入手することができた。それはいいとして、僕には一つ、どうしても引っかかることがあるのだ。

 

 「実は私も、長谷川くんの連絡先を聞きたいと思ってたの」

 

 これは、僕が連絡先を教えてくれないかとお願いした際に彼女が僕に言った言葉だ。当初は全く気にしていなかったのだが、昨日の放課後の出来事を反芻している内に、この言葉の意味の解釈に二つの可能性があることに気付いた。

 まず前提として、僕は彼女と仲良くなりたいのだということを理由として彼女に連絡先を聞き出そうと考えていた。まあ、突然の彼女の登場に混乱した僕が勢い余って手筈と全く違う聞き方をしてしまったわけであるが……。それは置いといて、僕の脳裏には彼女と仲良くなりたいのだという意識がこびりついていたために、僕はその時、彼女も僕と仲良くなりたいのだなと思った。

 しかし、そうではないのかもしれない。これはあくまで憶測にすぎないのだが、実は彼女も僕に気があるのではないか……?

 彼女はかつて僕にこう言ったことがある。

 

 「長谷川くんは無口な方だから私にとって丁度いいな」

 

 この発言の真意を、僕は当時追及しなかったのだが、もしかするともしかするかもしれない。彼女は僕のことが好きなのである。僕のことを、友達として丁度良いのではなく、人間として丁度よいのであり、それは将来のパートナー、すなわち、彼氏として丁度良いのではないか。

 そして、これを踏まえてもう一度彼女が昨日僕に放った言葉を見返してみてほしい。

 

 「実は私も、長谷川くんの連絡先を聞きたいと思ってたの」

 

 僕の連絡先を聞きたいと思っていた?

 僕は彼女の連絡先を聞くためにかなりの苦労をした。どうやって連絡先を聞き出そうか、考えに考えた。無論、それは彼女に好意があるからで、単にもっと仲良くなりたいという気持ちのみではないからだ。

 仮にもし、彼女が僕に好意を抱いていたのだとしたら……。彼女も僕と同様にどうやって連絡先を聞き出そうか悩んでいたのではないか。

 彼女は男友達とほとんどツルまない。そして、今までに彼氏がいた経験はないと聞く。たかが連絡先を聞くという行為に過ぎないとしても、その行為対象は異性であってその行為に免疫がなく、さらに好きな相手となったら物怖じしてしまうのも無理はないだろう。つまり、僕に好意があるから、僕のことを好きだから、彼女は僕に連絡先をなかなか聞き出せなかったのだ。そうだ、そうに違いない。きっとそうだ……。

 て、そんなわけがない。ないだろう、いや、ないに違いない。ないはずなのである。もし僕に未来に意識を飛ばすだけじゃなく、過去に戻る能力があったのならば、僕は今までの熟考を全て亡き者にしてやりたいと思う。

 僕にはまだ言ってないことがある。この事実には目を瞑りたかったのだ。おそらく、この事実を踏まえた上で昨日の彼女の言葉を解釈するのであれば、熟考の無意味さがよくわかるだろうから。括目せよ。

 

 彼女からの連絡は、未だきていない。

 

 これが何という結論を示すのか。それは、残酷な結論だ。

 「彼女の目的は僕の連絡先を手に入れることで完遂された」ということである。もしも彼女が僕に好意を持っていたのだとしたら、彼女は何かしらの方法で、僕に己の好意をアピールする必要がある。私はあなたの連絡先を知ることができて本当に嬉しいのだと。私のことをもっと見てくれと。実際に声に出して、文字に起こしてそう僕に伝えないにしても、何かしらの挙止動作があるはずだ。

 例えば、思わせぶりなメッセージを送ってみるとか、好意があるのだと解釈できなくもないメッセージを送ってみるとか。そういうのがあってもおかしくなはずなのに、彼女からは何の音沙汰もない。

 彼女は別に、僕のことを好きなわけではないのだ。

 仕方がない。これについてはどうしようもない。ある程度予想していたことである。今更嘆くことではない。今僕がしなければならないことは、こんな無意味な熟考などではないのだから。


 僕はふっと意識を意識下の世界から元の世界へと戻した。時計を見てみるともう10時を回っている。僕はのっそりと、ふかふかの羽毛布団から抜け出した。


 「お母さん、何か食べるものないかな?」

 僕は二階の自室から一階へと続く階段を降りてすぐに母に尋ねた。

 「遅かったわね、勉強でもしていたの?待っててね、すぐに準備するから。最近は寒くて夜になったら冷えるけど大丈夫なの?温かいココアでも入れようか?」

 「うん、ありがとう。風邪はひいてないよ。安心して」

 母の質問攻めに僕は最小限の言葉だけで返答する。いつもこんな感じである。

 僕の母は過保護だ。学校で何があったのか、どんな友達と仲がいいのか、どんな話をしたのか。あらゆることを僕に尋ねてくる。僕が間違った方向に進むのを極度に恐れている。そして、僕がいつも健康に暮らせるように、身の回りのものは全て少し高値の物を用意してくれる。僕の家は決して裕福ではないが、母は僕のことが第一なのだ。それに加えて、僕の母はおしゃべりだ。僕の家族は父、母、僕の三人家族なのだが、家族間で交わされる会話の八割は母の発言で、食卓を囲むときは始終、母がしゃべり倒している。母は無口な僕と対極の人間で、僕は母にこれっぽっちも似ていない。

 「おはよう」

 父は新聞紙を読みながら僕に言った。

 「おはよう」

 僕は全く同じ言葉で返事した。

 父は僕と同様に無口だ。いや、僕は父と同様に無口だ。おそらく、僕は父に似たのだろう。食卓での会話の残り二割のうち、1.5割が僕で、0.5割が父。僕は母の質問に対していつも最小限の口数で話すが全く喋らないわけではない。それに比べて父は、頷いたり、軽く相槌をうつくらいだ。時折、珍しく話題を持ち出すことはあるが、その話題はいつも母がかっさらう。だから父の口数は三人家族で最も少ない。

 父と母はまるで対極で、デコボコだけど、父にとって、会話を延々と紡いでくれる母といることが心地よく、母にとって、自分の話を聞くことに徹してくれる父といることが心地よいのだろう。全く違う性質の二人だが、その凹凸がきれいにかみ合っていることで、世界で最も気の合う夫婦なのだろうと僕は思っている。

 僕は母の用意してくれた食事を済ませると、再び自室に戻った。勉強机に向き合い、僕はスマートフォンの画面上の桜木さんの連絡先を眺めた。

 今僕がやるべきこと、それは、彼女に連絡することだ。僕は、意を決してコールボタンを押した。僕は桜木さんに電話してみた。


 「トゥルルルルル、トゥルルルル」

 スマートフォンの向こう側には、聞きなれたコール音がこだましている。少し緊張している僕のスマートフォンを握る右手には、少し汗がにじみ出てきていた。

 「もしもし?」

 耳の奥に、彼女の電話越しでも透き通る声が入ってきた。

 「も、もしもし。長谷川宏樹だけど、桜木美咲さんで合ってる……ますか?」

 僕は確かに声の主は桜木さんのはずなのだが、万が一違う人だったらと、タメ口から急遽敬語に移行した。その結果、おかしな日本語となって僕の声はスマートフォン越しの彼女に渡ってしまった。

 「フフッ。桜木美咲で合ってるよ」

 彼女のその返事を聞いて、僕はホッとしたのと同時に少し赤面した。彼女に赤面した顔を見られなくてよかったと思った。

 「急に電話してきてどうしたの?」

 彼女は不思議そうに尋ねた。それもそうだ、いきなり僕が一方的に電話しているのだからそう思うのは仕方がない。僕は答えた。

 「昨日交換した連絡先が本当に桜木さんのものか不安になってさ」

 「長谷川くんは無口な上に心配性なの?昨日ちゃんと確かめたでしょ!」

 彼女は僕のことをからかいながらも正しい答えを示した。

 彼女の言っていることは本当で、実際に僕の着信履歴には彼女の名前がすでにある。昨日連絡先を交換した際に念のためにと確認していたのだ。

 僕は嘘をついた。本当はこの連絡先が彼女のものか不安になったから電話したのではない。彼女が僕の電話を受け取ってくれるのかを確かめるためだ。そして、単に僕が彼女の声を聴きたかったからでもある。

 「あれ、そうだっけ?」

 僕はとぼけた。

 「もう~~~~!!」

 彼女は笑っていた。僕が惚けているのを知っているのか知らないのかはわからない。僕を叱るでもなく、嘲るのでもなく、単にそう言った。僕の緊張で固まっていた頬は途端に綻んだ。

 「いきなり電話してごめんね。桜木さんだって確認できたからよかったよ」

 「うん。もう安心でしょ?」

 「安心だね」

 僕はもっと彼女と話していたいと思った。ただ、僕が無口で口下手であることを忘れてはならない。もう僕の頭には話すことが浮かんでこなかった。

 「また、電話してもいいかな?」

 僕は最後に彼女に聞いてみた。

 「いいよ!いつでも暇してるから!!」

 彼女のその返事で僕は満足した。 

 「よかった。じゃあ、もう切るね」

 「うん。ばいばい」

 僕は静かに通話終了のボタンを押した。

 桜木さんはまた電話してもいいと言ってくれた。僕はその言葉がこの上なく嬉しくて、思わずスマートフォンを握りしめてガッツポーズをした。

 ふと、二階の自室から窓の外を見ると、外はひらひらと微かに雪の結晶が待っていた。それは彼女のように透き通っていて、今にも消えてしまいそうなか弱さだけど、確かに空高くからコンクリートで塗装された地面まで降り注いでいた。

 神様の祝福か、はたまたただの気まぐれか、とにもかくにも、その雪は僕の目にはとてつもなく美しく見えたのだった。  

 今日は彼女とグンと近づけた気がする。

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