クリスマスまで残り七日
クリスマスまで残り七日。
今日は12月18日金曜日。今日こそは桜木さんの連絡先を手にいれてみせる。今僕は、今週最後の授業を受けている。といっても、またまた熟考してしまっているわけだが。
昨日と同じ過ちを繰り返したわけではない。今日もなかなか彼女に連絡先を聞けないでいたのには単に勇気が出ないという理由以外に別の理由があるのだ。
その理由を説明する前に、彼女、桜木美咲という人間について、僕が知っていることを少しお話しよう。僕の上にのしかかっている問題の解決にはこの情報が必要不可欠だからだ。
桜木美咲は高校二年生で僕と同じクラスにいる。出席番号は僕の7つ後ろで26番。おっと、ここで僕の出席番号が特定されてしまったわけだが今はそんなことはどうでもいい。次いで彼女は部活動に所属していない。なぜ、彼女が部活動に所属していないのかというと、彼女の家は母子家庭だからだ。
これは人づてに聞いた話なのだが、彼女の父親は3年前に交通事故で亡くなってしまったらしい。その事故の結果、彼女の母親は独力で家族を守らなくてはならなくなった。彼女の母親は働きに出た。そして、3姉妹の長女だった桜木美咲は、母親の代わりとなって家事をするようになった。彼女の母親が働き、彼女は家事をするという状態は今でも続いている。
それゆえ、彼女には部活動をしている時間などなく、また経済的にも余裕のないことが起因して、彼女は部活動に所属していない。
そして、次は彼女の恋愛事情についてだ。
現在、彼女には彼氏はいない。さらに驚くべきことに、彼女には今まで彼氏がいたことがないらしい。
言っておくが、桜木美咲は僕の好みの女性だ。だが、それ以前に彼女はものすごくかわいいのだ。どのくらいかわいいのかというと、これは女子には絶対に知られてはいけないことなのだが、実はこのクラスでは「女子の格付け表」というものが存在する。
クラス替えしてまだ日の浅い頃、この格付け表の作成は男子の間で密かに行われた。格付け表の作り方は簡単。まず、A4サイズの用紙に女子の名前を全て書き連ねる。次に、その用紙を休み時間等の時間を利用して男子から男子へと渡し、かわいいと思う女子の名前の横に正の字を一画ずつ書いていく。そして、最後にその用紙を受け取った者が結果を集計し、SNSを通じて男子全員に流布する。
そしてその結果、彼女は女子17人中、第3位になった。当時スマートフォンを持っていなかった僕がなぜ結果を知っているのかというと、友人がわざわざ僕に教えてくれたからである。因みに僕はその時、女子で唯一時々話しかけてくれていた桜木さんに感謝していたし、桜木さんを好きだったわけではないが素直にかわいいなと思っていたので、桜木さんに投票していた。
なんだ3位かよと思っている人は大きな間違いだ。僕個人としては彼女はこのクラスで最もかわいいと思っている。それなのになぜ彼女が3位なのかというと、彼女は静かな性格だからだ。
1位と2位の女子は彼女とは反対に明るく、ノリがよい性格だ。全く人見知りすることなく男子にも話しかけるものだから男友達も多く、それゆえ人気が高い。
以前、僕が「彼女は何度か僕に話しかけてきてくれた」と言ったために彼女のことを人見知りしない明るい性格だと勘違いしている人もいるかもしれないが、実はそうではないのだ。印象的だったために今でも覚えているのだが、僕と話しているとき、彼女はこう言った。
「私、チャラチャラしている人が苦手なの。一方的に話を振られると拒絶しちゃうっていうか。私はどちらかというと、静かにのんびり暮らしたい人間だから」 彼女はほとんど男子とツルまない。休み時間は彼女と同じく静かな気性のクラスメイトと話すか、一人黙々と読書をしているか。
その静かな気性のクラスメイトという括りの中に僕がいるわけだが、僕は例外だそうだ。彼女いわく、女子と話すとなるとますます口数の減ってしまう僕は丁度よく、男子と話すときの僕とのギャップが滑稽でおもしろいらしい。
少し話がそれてしまったが、僕が言いたいことは要するに、彼女は容姿の面では1位、2位に劣っていないということだ。だから僕は、彼女に今彼氏がいないこと、そして、今まで彼氏がいなかったことに驚きを隠せなかったのだ。
桜木さんが意中の人だと自覚した僕は、人見知りなんてしている場合ではなく、少しでも多く彼女の事を知るために情報を集めなければならないと思い、いろいろな人に彼女のことについて尋ねた。冷やかす人もいて恥ずかしい思いもしたが、それ以上に彼女に対してまったく無知であることの方が問題だと思っていたのだ。
ゆえにもっと彼女について知っていることはあるのだが、今必要な情報はすべて語ったので彼女の説明は以上にする。念のために整理しておくと、
1:桜木さんは部活動に所属していない。
2:なぜなら彼女の家は母子家庭で、彼女に部活動をする余裕はないから。
3:桜木さんには今も、今までも彼氏がいない。
これが今必要な情報だ。
それでは本題に入ろう。僕がなかなか彼女に連絡先を聞けなかった理由と今僕の上にのしかかっている問題についてだ。
まず、僕がなかなか彼女に連絡先を聞けなかった理由からだ。
知っての通り彼女は母子家庭だ。ゆえに経済的に裕福ではない。したがって、スマートフォン、もしくは携帯電話を所持していない可能性がある。
お気づきになっただろうか。もし僕が彼女に連絡先を聞いたとして、彼女がスマートフォンまたは携帯電話を所持していなかった場合、その時点で僕が恥をかいてまで親に頼み込んでスマートフォンを購入したことが無駄になってしまう上に、「お金の余裕がなくて持ってないの」と彼女に暗い話をされてしまい非常に気まずくなってしまう。彼女の連絡先を手に入れることができなかったとなったら、親は僕を騙したのかと叱責するだろうし、彼女に近づくどころかますます遠ざかってしまう可能性がある。
そして、休み時間に彼女に連絡先を聞こうとすれば、クラスメイトに見られてしまう。クラスメイトになぜ見られてはいけないのかというと、彼女に彼氏がいないことはかなり有名で、しかもクリスマス前という時期が時期だし、僕が彼女について尋ねた相手がこのクラスには多くいるから、冷やかされてしまって彼女に連絡先を聞くどころではなくなるからだ。
わかってもらえただろうか、僕が彼女になかなか連絡先を聞けなかった理由が。 次に、僕の上にのしかかっている問題についてだ。
僕は人見知りで無口な方だ。さらに女子と話すときは口数が減ってしまう。口下手な僕には、なんと彼女に声をかければいいのかがわからないのだ。気の利いた言葉がすぐに思いつく保証はないし、なぜ私の連絡先がほしいのかと追及された場合にうまくその場を凌ぐことは到底できそうにない。
僕の上にのしかかっている問題というのはまさにこれで、いかにして彼女にごく自然に連絡先を聞き出せるかということだ。少しでも不審がられてしまった場合、おそらく桜木さんが僕の彼女になるという望みはなくなってしまうだろう。
これらが足かせとなっていた僕は、今の今まで何もできずにいたのだ。だがしかし、この長い熟考中に僕はもう最善の策を導き出してしまった。その方法を今から説明していこうと思う。
まず、彼女は部活動に所属していない。だから放課後には彼女はすぐに帰宅する。そして僕も部活動に所属していないのですぐに帰宅する。つまりこの時間が唯一の二人きりになるチャンスなのだ。
幸いにもこのクラスで彼女と仲の良い女子はみな部活動に所属しているため、彼女はいつも一人で帰宅している。邪魔するものは一人もいない。くよくよしていた僕は、結果的にベストな時間に彼女に話しかけることができるのだ。
そして、僕は斬新な策を思いついた。僕は自分の連絡先を書いた紙を彼女に渡そうと思う。これなら口下手な僕でも簡単にできる。口実はこうだ。
「僕はもっと桜木さんと仲良くなりたい。もし桜木さんもそう思ってくれるなら受け取ってほしい」
この短い言葉なら僕でも言えるに違いないし、最悪僕の連絡先を書いた紙さえ彼女の手に渡ればいいのだ。後はもし彼女が僕と仲良くなりたいと思ってくれたなら彼女のほうから連絡をくれるだろうし、彼女がスマートフォンまたは携帯電話を所持していなかったとしても、家には固定電話があるだろうからそこから僕に電話してくれるかもしれない。紙を渡してすぐに立ち去ってしまえば気まずい話があったとしてもそれを聞かなくて済む。
ただ、彼女が連絡をくれなかった時点で、彼女は僕と今以上に仲良くなりたくないということになり、僕の彼女への恋は諦めるしかなくなってしまう。でも、今のままでは桜木さんが僕の彼女になる可能性というのは微塵もないのだから、こうするしかないし、僕が事実上フラれたとしても、それはそれで諦めがつくだろう。
宣誓。僕は今日の放課後、桜木さんに僕の連絡先を書いた紙を渡すことを誓います。
昨日同様に長い熟考の末に結論を出した僕は、直ちに意識下の世界から授業を受けている現実の世界にふっと戻った。
同じ過ちは繰り返すまいと思っていたのだが、人間というのは実に皮肉なものだ。同じ失敗を繰り返してしまった。
元に戻った視界に映ったのは、窓から差し込む橙色に変わった日光と、僕以外誰もいない閑散とした教室だった。
「しまった……」
僕はつい口に出してそう言った。
今日は金曜日。今日を逃せば次に桜木さんと会えるのは来週の月曜日となってしまう。遅い、それでは遅すぎる。僕は絶望に打ちひしがれた。
だが、そのとき教室の外に響いていた足音が、ピタリと教室の扉の前で止まった。
――ガラガラガラガラ
少し年季の入った引き戸は、静寂の中にひときわ目立つ音を立てて開いた。
もう誰もいないと思い込んでいた僕は、突然の出来事につい身構えた。
「あれ、長谷川くんじゃん。まだ残ってたんだ」
開いた扉から入ってきたのは、あろうことか桜木さんだった。
「さ、桜木さん?桜木さんこそまだ残ってたの?」
僕は拍子抜けした声で、彼女に尋ねた。
「いや、途中まで帰ってたんだけど、数学の教科書を忘れたことに気付いて急いで引き返してきたの」
彼女はゆっくりと僕に近づきながら言った。
正確には、僕の隣の彼女の机に近づいてきたわけだが、僕にも近づいているのだからこの表現は誤りじゃないはずだ。
ああ、神様は存在するのですね。神様なんていないと思っていたけど、やっぱりいるんだ。どこかで僕を見守ってくれていて、きっと僕に最後にして最大のチャンスを与えてくれたんだ。
このときばかりは無神論家の僕でさえ神様の存在を認めざるをえなかった。
「ちょっと、お願いがあるんだけどいいかな」
机の中から数学の教科書を取り出す彼女に僕は思わずそう言った。
「どうしたの?」
彼女はあっけらかんとして僕に尋ねた。
このとき僕はひどく混乱していたのだろう。頭の中が真っ白になった。
それでもなんとかして、彼女の連絡先を聞かねばという使命感に駆られていた僕は、長い熟考の末に導き出した最善の策を全てすっ飛ばして彼女に告げた。
「連絡先教えてくれない?」
僕はすぐにしまったと思った。
だがもう口に出してしまっているのだから仕方がない。最善の策を全てすっ飛ばしたことにはこの時漸く気付いた。終わったなと、ただそう、それだけが僕の脳裏を過った。
「いいよ。実は私も、長谷川くんの連絡先を聞きたいと思ってたの」
彼女はそういいつつ、ポケットからスマートフォンを取り出した。
脈絡のない唐突な僕のお願いにあっさりと承諾した彼女には驚いたが、同時に、彼女がスマートフォンを所持していることが確認できたことで、僕の熟考は無駄で、僕の彼女の身の上の心配は杞憂であったことが明らかになり、僕は思わず苦笑いに近い笑みを浮かべた。
連絡先を交換した後、彼女は僕に「また明日ね」と告げて帰って行った。
一緒に帰ることができるのではないかと思ったが、僕は帰る支度をしていなかったため彼女を待たせては悪いだろうと思ったし、彼女も早く温かい炬燵の中に入りたいだろうと思ったから、僕は「また明日」とだけ言って彼女を目で見送った。
帰る支度くらいすぐにできるだろうと思うかもしれないが、まさにその通りで、彼女を見送るときにはそう思っていたのだが、おそらく無意識的に断られることを恐れたのだと思う。とにもかくにも、当初の目的は達成できたわけだからいいではないか。
僕は帰りの支度を済ませて教室を出た。使い古しの手袋をつけて寒さに震えつつ急ぎ足で我が家へと向かった。マフラーやネックウォーマーを持ち合わせていない僕の首元を冷たい風が容赦なく過ぎていく。
道の向こう側からカップルが歩いてくる。両者とも手袋をつけていなかった。それでも寒そうに見えないのは、きっと、繋いだ手から伝わる恋人のぬくもりで内から外のいたるところを温められているからだろうと思った。そのとき、僕はもし叶うのならば、僕も桜木さんの手を握って内も外も温められてみたいと思ったことを正直に自白する。
今日はもう疲れたから、明日にでも桜木さんにメールしてみようか。僕は何度も画面上の桜木さんの連絡先ににやけつつ、今後の可能性に胸を高鳴らせ、通いなれた道をいつもより足早に帰った。明日からまた頑張ろう。




