クリスマスまで残り八日
クリスマスまで残り八日。
今日は12月17日木曜日。僕は今日から決意を新たにして学校生活に臨むのだ。といっても、そんなに簡単にはいかない。まずは現状をご覧いただこう。
僕の名前は長谷川宏樹。県内有数の進学校に通う、まあ勉強はできる部類に属する高校二年生だ。趣味や特技は特にない。容姿はおそらく普通くらいだ。長所は特に見いだせないが、短所ならたくさんある。たとえば、人見知りであったり、優柔不断であったり、度胸がなかったり……。おかげで、友達はそれほど多くない。女友達は皆無である。
重要なことを言っておこう。僕はそもそも、女性と話すことが極度に苦手だ。なぜなら僕には女というのが全く別の生き物にしか見えないからだ。男とは何かが違う。ただ、会話をするだけでも僕は無意識のうちに緊張してしまうし、機嫌を損ねないようにしようと気を遣わねばならない。僕は女性に嫌われたくないから、無理にでも虚栄を張って必死にかっこ悪い自分を見せまいと取り繕っている。だから女性と会話をすることだけでも凄く疲れるし、会話の中で自分のかっこ悪さを露呈してしまうのも嫌だから、今までは最低限の関わりのみで済ませてきた。これらのことが起因して、僕には女友達は皆無なのである。
彼女は欲しい。だが女性と話すのは苦手である。この矛盾を抱えながら僕は彼女作りに乗り出したわけだが、案の定どうすればいいかわからず八方塞がりである。
見てくれたか、この悲惨な姿を。僕には希望の光なんてものは全く見えない。むしろ、どこまで続いているのか検討もつかない、真っ暗な道とも覚えぬ場所に一人たたずんでいる感じである。
軽い現状の再確認のつもりが、あまりにも悲惨で自分の心を痛めてしまった。果たして僕に彼女を作るなんてことが可能なのだろうか。やはり僕には無理なのかもしれない。いや、でも彼女は欲しい。クリスマスプレゼントの次のステップに進みたいのだ。じゃあ、どうすればいい。僕が思うに、まずは女性と話すことが苦手であることを克服しなくてはならない。
因みに僕は今、学校で授業を受けているわけだが、先生の話す内容は全く耳に入ってこない。目は開いているはずなのだが、僕の目には授業をしている先生の姿も、板書をノートに書き写す生徒の姿も映っていない。全くの無の世界に僕はいて、一人で誰にも邪魔されることなく、いかにして彼女を作るかを考えている。僕が覚えている体の最後の感覚では、丁度中学の時に美術の授業でちらと習った、オーギュスト・ロダン作の「考える人」のような姿勢だったと思う。今もおそらくその姿勢は継続されているだろうが、全ての神経をこの難題解決に注いでいるため、それを確認する術はない。
僕はもともと、考え事を始めると周りが全く見えなくなる性質を持っている。友人からもよくその事を話題に出されるが、僕の周りを流れる時間と僕の中に流れる時間にずれが生じているようで、友人から指摘されるまでは全くもって気づいたことはなかった。友人は決まって僕の体を揺さぶって僕をもとの世界に戻し、「また考え事かよ」と僕をからかう。一度、このことを友人に打ち明けたことがあるが、彼はもしかしたら本当に僕の体外と体内を流れる時間の速度が違っているのではないかと述べた。そんなはずはないだろうと私は否定しにかかったのだが、彼は熱心なアインシュタイン信仰家で、相対性理論でそれは証明されているのだと反論した。彼いわく、僕の思考回路が超高速で働いていた場合、体外の時間間隔と体内の時間間隔にずれが生じ、結果として、ごく短期間ではあるが僕の意識は未来に飛ばされている可能性があるそうだ。そうかもしれないなと一応同意はしたものの、彼が意識の中でも相対性理論が通じるかわからない、これは自説なんだと後から付け加えたので、口にはしなかったが彼の机上の空論に過ぎないなと受け流した。
しかし、最近では彼の自説は正しいのではないかと思う自分が存在していて、熟考の後にいつの間にかかなりの時間が過ぎていたことがよくあった。もしかしたら、僕の意識は本当に未来に飛ばされているのかも知れない。
話が大きく脱線してしまったが、要するに今雄弁に語っている僕がいる場所は意識の中で、現実世界とは時間間隔の異なる世界である。だから僕が先に述べた短所にはなかったので僕のことをおしゃべりだと思う人がいるかもしれないが、実は僕はおしゃべりは苦手な方で、顔見知りの人との会話でさえ、途切れてしまうことがよくある。したがって短所に一つ付け加えるならば、僕は他者とコミュニケーションをとることが苦手であり、世間的に見れば無口な方である。
女性と話すことが苦手なのを克服する必要があるのならば女性と会話することに慣れればいいだろうと言われるかもしれないが、会話することそのものが苦手な僕にとって、話しかけてみること自体が常人に比べてかなあり難しい試みであるのだ。
そうはいっても、こればかりは避けて通れない道。まずは親しくならなければ元も子もない。ひたすらに彼女がほしいと願ったところで、神などこの世にいるわけがないのだから、自らが動かなければ道は拓けないのだ。
絶望的な現状のなかで一つ幸運なことがあるのだが、実は隣の席にいるのは僕の意中の人であり、唯一僕がまともに話すことができる女子である。といっても、僕は無口な方だから、一般の人が見れば全然まともに話せていないと見なすかもしれない。あくまで、これは僕の尺度である。この人、桜木美咲さんはクラス替えが行われて間もない頃に話しかけてくれて、それ以降何度か話しかけてくれたことがあったため、僕は桜木さんと会話することにはある程度免疫がある。「先程女友達は皆無だと言ったではないか」と思う人がいるだろうが、桜木さんは友達とまではいかず、僕の中では会話のできる良きクラスメイトという位置づけにある。そして偶然にも、先日の席替えで僕の隣になったのが彼女だった。
「初めて隣の席だね。よろしくね」
桜木さんは僕の隣の席に着くや否や、まず僕に向かって第一声を発した。僕の隣の桜木さんのそのまた隣にはこのクラスでおそらく一番イケメンな男子であったのだが、そいつを差し置いてまず僕に話しかけてくれたことにまず驚いた。せっかくだから何か気のきいた返事はないかと考えたが、結局いい返事は思い浮かばず、仕方なしに僕は「うん」とだけ返した。因みに、このときはまだ、彼女のことを好きであると思ったことはなかった。僕の返事を聞いた彼女はすぐにこう付け加えた。
「私、長谷川くんと隣の席になれて嬉しいな」
僕は最初耳を疑った。僕と隣の席になれて嬉しいだって??この言葉を社交辞令と受け取ればそれで最後だが、彼女の反対側のい隣にはこのクラスで一番のイケメンであるのだ。これを考慮するとこの言葉をかける相手は僕なんかじゃないはず。にも関わらず、彼女は僕にこの言葉をかけた。僕は先ほどと同じように「うん」とだけ返事したが、心の中では何か熱いものが突如として躍動した。
これが恋だと発覚したのは少し後であるのだが、僕は、この言葉を耳にした時、瞬く間に恋に落ちたのだと確信している。
話を戻そう。僕の隣の席にいるのは桜木美咲さんで、彼女は僕の意中の人である。また、彼女は僕がまともに会話することができる唯一の女子であり、ここで暴露してしまうが、彼女はなかなかかわいい。席替えの回想のときに僕はあたかもそのとき彼女の優しさに触れた結果僕は恋に落ちたように語ったが、本当は彼女が好みのタイプであるということも恋に落ちた要因に含まれている。
さて、どうやって彼女に話しかけるかだが一応策はある。この間、僕はスマートフォンを購入した。僕の親はスマートフォンを持つことを許していなかったのだが、身の上の事情を全て話し、羞恥の念を自覚しながらも説得に努めた結果、僕はスマートフォンを手に入れることができた。本当に恥ずかしい思いをしたが、僕はこの両親のもとに生まれてよかったと心から思った。
連絡先を手に入れることができれば関係を進展させるのに大いに役立つはずだ。彼女の連絡先を手に入れる準備は整っていた。 購入してから2、3日が経過しているが、未だ彼女の連絡先を僕は知らない。勇気が出なかったのだから仕方がない。ただ、今日こそは勇気を出して話しかけることができそうな気がする。なぜなら、この熟考の結論はもうとっくに出ていて、他にベストな策は思い浮かばないからだ。
Question:どうやって彼女に話しかけるか。
Answer:連絡先を教えてと話しかける。
これが結論。これしかないのはわかっていたことだ。僕は何としてでも桜木さんとクリスマスを一緒に過ごしたい。そろそろ授業も終わったころだろうか。確かこの授業で今日は最後だったはずだから、もう放課のはずだ。彼女は部活動に所属していないのは知っているから、放課後ならゆっくり連絡先を聞き出せるはずだ。
僕はふっと意識下の世界から現実の世界に戻った。しかしそこには、誰一人としてクラスメイトの姿はなく、窓から差し込む日の光は橙色に変わっていて、僕は広い教室にぽつんと一人でいた。またやってしまったか……。授業はとうの昔に終わってしまっていたようだ。僕は帰り支度を始めた。席を立つとき、隣の桜木さんの席を一瞥した。こんなに近いのになかなかうまくいかないなと自分の無力さにがっかりしつつ、僕は静かに、閑散とした教室を出た。
12月の外気は非常に肌寒く、僕はつい手袋の上から白い息を吹きかけた。無意味な行為である。バカだなと心の中で自分を嘲笑した後、僕はふと、友人の自説を思い出した。
僕の意識は未来に飛ばされた。やっぱりそういうことはあるのかもしれないと友人の自説に感心しつつ、一方では別の理由だろうとも思った。
今日も進展はなかった。明日こそは。
何度目かの決意を再び自分に言い聞かせ、僕はまっすぐ我が家に向かった。




