始まりの1ページ
はじめまして(^^)
初投稿です。
拙い文ですが、読んでいただけると嬉しいです。
客を寄せる商人の声。子供が駆け回る音。
若者が道を闊歩し、女性達が道端で談笑する。
そんな賑やかな表通りだが、建物と建物の隙間を縫うように存在する路地はとても閑散としている。
この国の治安は決して良くはない。
そんな事は知っていたけれど、僕は子供の頃から路地裏に入り込むのが好きだった。
幼い僕にとって路地裏は遊び場であり、唯一の休息の場でもあったから。
ゆったりと流れる時間と静かな空間は、僕にとってとても好ましかったのだ。
何度も入り込み、探索を繰り返して、お気に入りの場所を見つけていく。
何時しか、休息を求めて路地に入り込むことが日課となり、
僕は青年と呼ばれる年代になった今でも変わらず、路地を訪れる。
表通りの喧騒が遠ざかっていき、土を踏む音と僕の息遣いだけが聞こえる。
路地には冷たい風がよく吹くが、温かい今の季節では心地よく感じた。
路地の薄暗くて少し湿っっている感じも、僕にとっては心地よい。
路地を抜けると唐突に視界が開ける。
高い建物に囲まれたこの空間は、路地裏の中でも僕の特にお気に入りの場所だった。
僕が住んでいる部屋よりも広いくらいの空間が、何故か誰にも見つからず存在する。
僕だけの誰にも邪魔されない空間。
何にも干渉されない僕だけの貴重な場所。
僕は歩みを進め、いつものように壁に凭れかかった。
何気なく見上げた空はどこまでも青く澄みわたっている。
心を占めるのは、強い空への憧れ。
色褪せた僕の世界で、空だけはずっと鮮やかに色づいている。
毎日が、息苦しく感じ始めたのは一体何時だったのか。
無為な問いを自分に投げかけ、自嘲した。
何時からも何も、僕が息苦しさを感じていない日なんて無かったのに。
僕は静かに目を閉じた。
何も見えない。風の音以外何も聞こえない。背中の冷たい壁の温度だけを感じる。土の匂いだけがする。
嗚呼、これだ。
自然と口角が上がっていく。
自分が空気になれたような感覚。
息苦しいこの世界から、解き放たれたようにも錯覚する静謐な刻限。
それが酷く愛おしい。
しかし、崩壊は突然に訪れる。
誰かの、僕以外の人間の足音がしたのだ。
ここに僕以外の人間が来るのは、初めての経験だ。
僕はため息を吐き、瞳を開く。
危険な人間じゃありませんようにと、祈りながら。
「おにーさん」
声を発したのは、がりがりの小さな子供だった。
暗い瞳をした子供。
けれども、暗さの中に僅かな光が見え隠れしていた。
相手が子供だったことに少し驚いた。
けれど、驚く以上に自分の中に大きな戸惑いがあった。
僕はこの瞳を知っている。
絶望を知って尚、生きることを望む瞳。
毎日を機械的に過ごしている僕とは正反対の強い眼。
「おれを、ひろって」
何故、この子はこんな眼をしているんだろう。
どうしてこの子は、生きることを望むのだろう。
この子は、生きた先に一体何を見る?
「いいよ」
いつの間にか僕の口は了承の意を示していた。
分からないから、知りたくなったのかもしれない。
この暗い瞳の少年のことを。
少年、教えてよ。
君の生きる意味とかいうものを。君が生を望む理由を。
この息苦しい世界は
君にはどう映っているのかを。
「僕はセト。君を拾ってあげる。君の名前は?」
「……」
黙り込んでしまった少年。
沈黙が続く中、少年はおもむろに僕に手首を向ける。
少年の手首には黒い痣があった。
それも両手とも。
この国で、手首の黒い痣が示すものはただ1つ。
奴隷だ。
少年の顔が強張っていた。手は指先が白くなるほどに強く握られ、瞳が憎悪に染まっていた。
「おやは、“ラティオ”っておれをよんでいた」
「ラティオ……?」
少年の肩が微かにはねる。
ラティオ。それはこの国では呪いという意味を持つ言葉だ。
「おれは、そのなまえがだいきらいだ」
言葉の意味を知らない頃は少年は“ラティオ”というのが名前だと信じていたんだろう。
親から呼ばれる名だ。大切に思っていたはずだ。
だけど意味を知ったとき、この子は何を思った?
だって誰が愛している我が子の名前を呪いという意味を持つものにする?
この子は幼くして気付いてしまったんだ、愛されていない事を。
必要とされていない自分を。
恐らく、この子の家での扱いは散々だっただろう。
「このなまえは、いやなことばかりおもいだすから」
親に奴隷として売られたんだろう。
奴隷として買われた人間の暮らしは大体家畜以下だ。
僕はなんとなくこの子の過去が分かった気がした。推測でしかないけれどもあながち間違っていないだろう。
「君は、親が憎いんだね」
「……」
無言は肯定だ。
「復讐がしたいから、僕に拾って欲しかった?」
「ちがう」
「じゃあ、君は何のために生きたいの」
「……あいたいひとが、いるんだ」
「会いたい人?」
「おれをすくってくれたひと。おおきくてつよいひと」
少年の目は心なしか輝いて見えた。
少年は「だけど……」と一瞬、悲痛な表情を浮かべた。歯をくいしばる。
「ありがとうっていえてない。おんがえしをしたい」
「……」
「いばしょもなにもおれはしらない。おれはひとりでいきることすらできない。だからひろってほしかった」
「そう」
僕は、少年の話を聞きながら別のことを考えていた。
少年の名前についてだ。
前の名を嫌っているのなら、別の名が必要だ。
だけど、ぼんやりと浮かんでくるばかりで、はっきりとした形にはならない。
少年はへにゃりと笑う。
「あのひとは、おれのあこがれなんだ。おれもあんなふうにだれかをたすけられるひとになりたい」
そう夢を語る少年は、どこかきらきらしていた。
僕は、はっとした。
「ねえ、君は自分の名前が嫌いだと言ったよね」
「うん」
少年は、突然に話が変わったことに首を傾げながら頷く。
「それなら、“レオル”ってどうかな?」
「え……」
レオルはこの国では“輝き”という意味だ。
「レオル……?それが、おれのなまえ?」
「うん。君の世界が輝きますように。君が誰かの心を照らす太陽になれますように。そう思ったから」
「……っ」
唇をかみ締め、俯いて動かなくなった少年。
そんな少年を見て、今更ながら名前をつける許可を貰っていないことに気が付く。
もしかして僕に名前をつけられるのが嫌だったのかと不安になる。
「気に入らなかったかな?」
「――な」
少年が顔を上げる。
こちらを見る少年の目に微かに涙が浮かんでいた。
「え?え?」
まさか泣くとは思ってもいなかったので僕は少し焦った。
僕はもしかして少年を傷つけてしまった?
「おれは、かがやけるかな?そんなあたたかいなまえを、おれがもってもいいのかな?」
思わぬ質問に一瞬動きが止まる。
この子は――……。
僕はふわりと笑ってみせる。
「君次第だよ」
「おれがおやを、ころしたいくらいにくんでいても?」
僕はその言葉に僅かに目を見開いた。
本当、この子は僕と似ている。
だからかな。少し自分と重ねてしまう。
「別に誰を憎んでいたっていいんだよ。だって許せるわけがないんだから」
誰かを憎んだっていい。その言葉に目を見開く少年。
「でも、だからと言って憎しみにずっと支配し続けられるのは無駄だと思わない?
君の時間は君が幸せになるためにあるのに」
僕は太陽を見上げる。
眩しくて、目を細めた。
「憎しみの記憶を幸せの記憶で上塗りしていけばいい。憎しみを抱くのは思い出した時だけでいい。
君は、誰かを助けられるようになりたいんでしょう?」
「うん」
「そう思えているなら大丈夫。それでも持っていいのかと疑問に思うのなら、将来その名前にふさわしくなるんだっていう目標を立てればいい、でしょ?」
「そっか。……そっか。うん」
一度俯き、すぐにまた僕を見上げた少年の顔はどこかすっきりしていた。
「おれは、レオルになる。これからよろしくおねがいします、せとさん」
「お願いされました」
僕は撫でるように、レオルの頭に手を置く。
こうして、進んで誰かに関わるのなんて何時振りかな。
もう、思い出せないや。
ああ、でも。
誰かに必要されるって言うのは、こんなにも心地よかったんだ。
瞳を閉じると、さっききらきらとした顔で夢を語ったレオルの顔が浮かぶ。
守ろう。この小さな命を。
僕は、静かに決意をする。
温かいこのぬくもりが僕の手を離すまで。
小さな君が、僕をいらないと言うまで。
「レオル。レオルは夢を叶えるために何がいると思う?」
「うーん。……おかね?」
「お金も必要だけど、もっと必要なものがあるなぁ」
「えぇ?うーんと、ちから?」
「うーん……。間違ってはいないんだけどね。レオルは、誰かを助ける人になりたいんでしょう?」
「うん」
「だったら、人を助けるためには知識が要るよね」
「……あ」
「知識をつけるには、どうしたらいい?」
「べんきょう!」
「そうだね。だから、まずレオルは勉強から始めよう」
「うん!」
僕はレオルと生活することで、何か自分が変われるような予感を感じていた。
読んでいただきありがとうございましたm(__)m