5章「無限チェーンソー」
「おっかえりー。ルナ」
アベリィがルナに抱きつく。
ホント仲いいな。この2人。
「スクロール買ってきた?」
「これでいい?」
ルナが巻物のようなモノを、アベリィに手渡した。
巻物でスクロールって言うと、ゲームの世界だと魔法(呪文)関係の物だな。
「何だそれ」
アベリィに一応聞いてみる。
「あぁ。コレはスクロールと言って、魔法を封じ込めたモノなの。
一度使っちゃうと無くなっちゃう代物だけどね。
普段使わない魔法なら、ワザワザ習得するよりスクロールで使う方が楽なのよ」
それなら、俺でも使えるのかなぁ。
見越したように、アベリィが答えた。
「侘助は魔力自体が存在しないから、スクロール使えないわよ」
「そ、そうなのか。残念。
で、そのスクロールは何の呪文なんだ?」
アベリィの代わりにルナが答える。
「判別の呪文よ。アベリィのお兄さんと侘助が、どんな状態か調べる為」
確かに。俺も知りたい。
「侘助には魔法が効かないのに、死んでいた時は肉体の修復が可能だった。
壊れた頭や、病気も治癒出来たの。それっておかしいじゃない?」
「死んでる時だけ、魔法が効くのかもなー」
俺は適当に答えた。
「まぁ、そう考えるのが自然よね。魔力は魂が源泉とも言うし」
アベリィの反応は、ごく普通だった。適当に言ったが案外ズバリと的を得ていたのかもしれない。
「まずは、兄から調べてみるわ」
俺とルナもアベリィと一緒にダンの居る部屋へ向かう。
「おー。帰ってきたか」
椅子にチョコンと載ってるチェーンソーが、喋っていた。
やっぱりシュールな光景だ。
「兄さん。今判別するから待っててね」
アベリィは、スクロールを拡げた。
「判別」
周りにピンクの雪が振るような光。
暫くすると、スクロールに文字が浮き上がった。
「えーっと、何々。職業は…」
アベリィの反応が鈍る。
そこに書いてあったのは…
「鉄の化物/魔法剣士/魔剣…職業が3つも有る」
ルナも驚いている。
まぁ、異世界では珍しい事なんだろう。
「兄さんは元々魔法剣士だったからいいとして、モンスターとか魔剣とか、危ない職業が付与されちゃってる…えーっと、兄さんっ、魔法力は前と変わらないわ。剣術もそのまま使えるみたい」
どーやって、剣術するんだろう。チェーンソー単体で動けないだろうに。
「おっ、そうか。それじゃやってみるかな」
「飛翔」
ふんわふんわふんわ…
チェーンソーが浮いてる。
ぶぶぶぶっ。
あまりに変な光景に吹き出しそうになる。
「兄さん、飛べるじゃない。これなら移動は簡単ね」
アベリィは嬉しそうだか、ダンは白けた声で…
「いや、ずっと飛んでるのも、中々しんどいぞ」
まぁ、そうなのかもしれないな。
コトリと音を立て、チェーンソーが席に着く。
「魔力量も体力も人間の時と変わらないみたい。
これならいつか、人間に戻れるかもしれないよ。兄さん」
兄さんはもういいだろ次はオレオレ。
「なー。アベリィ。俺は?」
「もー。ちょっと待って。判別…って…あれっ?
もう一度…判別。えー。このスクロールおかしくない?」
「アベリィ。侘助は魔法効かないから、スクロールも効かない」
ルナの冷静な指摘。確かにそうだ。俺には魔法が発動しない。
「あ。そうか。じゃあ調べられないじゃない」
「まぁ。待て。俺に考えがある」
と、ここでダンが提案した。
「俺を装備して、判別してみろ。
それなら多分出来る筈だ」
何この自信。
ダンは、確信が有るようだ。
俺はチェーンソーを両手で持った。
「判別」
アベリィの呪文の後、例のピンクの雪が舞う。
「あ。成功した…んーと。なになに…」
アベリィの表情が怪訝なものに変わる。
「『魔剣を持つ堕天使』…これ職業よね…堕天使って職業なの?」
ってか堕天使…俺が?
「え?侘助、アナタ魔力有るわ。って、これは…
兄と同じ量!?」
「俺の魔力を装備したんだから、まぁ、そうなるだろうな」
ダンの言葉から推察すると、俺は一時的にダンの力を借りる事が出来るようだ。
「さらに付け加えると、侘助が呪文を唱える必要もない。
飛翔!!」
ダンが呪文を唱えると…
ふわっ!
え。俺、浮いてる。
「うわわわ。う、浮いてるっス。えぇぇぇ?怖い怖い」
地に足を付けないと、結構怖いんだな。
「魔法発動後は、侘助のコントロールで動く事も可能だ。
念じるだけでいい。危なかったら俺が制御する」
ダンの言葉を信じて、頭で念じる。
「前に進め!」
ふんわふんわふんわ…
前に進んだ。頭の中のイメージでは30センチ進んで止まるつもりだった。
そして、30センチ程で停止した。
速度も頭に描いた通りだ。
「これも試してみよう。岩刃斬っ!」
ダンの掛け声に、俺の体が反応する。
ガウンっ!
突然のエンジン音。
俺の手が勝手に動き、近くに有った椅子をスっと切り倒した。
「えっ?マジ?」
勝手にエンジン掛かって、チェーンソーが椅子を切り倒した。だと?
普通のチェーンソーの切れ味とは違う、スパッとした綺麗な切断。
物凄い切れ味だ。
魔法も剣術も、借り物とはいえ自由に使えるみたいだ…
既にエンジンは止まっている。
「どうやって、エンジン掛けたんだ?
それにこの切れ味。刃はどうなってんだよ」
思わず手にしたチェーンソーをマジマジ見つめる。
!!
チェーンソーの刃が無い。
刃無しでどうやって斬った?
「こうだ」
ダンの言葉と同時に、チェーンソーから光の刃が出る。
「俺の魔力で、刃を具現化したのさ。高速で回転する刃のイメージだったんだが、魔力を注入したら体から振動と煙が出てな。魔力を動力にして動くカラクリらしい」
エンジンまで魔力かよ。ガソリンいらずだな。
チェーンソーオイルも要らないし、刃も欠けない・切れない。
無限に使えるチェーンソーだ。まるで。
胸がドキドキと高鳴る。
一瞬で、ダンはエンジンを停止させた。
「狙った獲物しか切れないようにしてあるぞ。
じゃないと誰かさんみたいに、自分の頭を真っ二つにする奴も居るからな」
「ダン…お前…どこまで知ってる」
「ふん。契約した時点で、主の記憶が流れ込んだって訳だ。
そんなに気にするな。むしろ面白い世界に住んでた事に、興味を覚えたぞ」
「そ、そうか」
「今度、元の世界について色々教えてくれ」
「あ、あぁ」
まぁ、ダンは見た記憶について、アレコレ言うつもりは無いようだ。
プライベート覗かれて、あまりいい気分はしないが、問題は無いだろう。
ダンが俺を主と呼ぶ時点で、主従関係のような契約が結ばれたのかもしれない。
無限チェーンソーが、俺の相棒か…
ホラームービーで観た、チェーンソーを振り回すキャラを思い出した。
夕日とチェーンソー。そして狂気。
やべぇ。興奮してきた。
「ちょっ。侘助。なんなのその顔。ニヤけてるけど…何か怖いわ」
アベリィが怯える。
俺、そんな怖い顔してたか?
「侘助は元々目つき悪いのに、たまに怖い顔をする。
しかも幽霊を名乗ったり…」
ルナの言葉に、アベリィが不安そうな表情で応えた。
「何それ、幽霊って…」
ルナが、街での出来事を説明した。
「うわぁ、侘助怖ぁい。普通そんな事言う?」
「いや、冗談だったんだよ。そんなに引くなよ」
アベリィが不思議そうな表情をした。
「引くって何を?」
「いや、気にするな。何でもない」
元の世界の言葉が、全て意味通じるって訳じゃないもんな。気をつけよう。
と、ルナの表情が険しくなる。
「アベリィ。警戒網に反応。魔女が来た」
「魔女?」
俺の問いにダンが答える。
「真珠の魔女。俺に呪いを掛けた忌々しい奴だ」
呪い…そのせいでダンは命を落とした筈。
って事は、ダンを殺した張本人が来たって事か。
アベリィはかなり怯えてるように見える。
かなりヤバイ奴だな。
「この国を牛耳る最強の魔女よ。
たぶん、死んだダンの体から落ちた、肉真珠を回収に来たのよ」
何そのグロ真珠。
「真珠の魔女は男好き。気に入った男に求婚する。
断られたら腹いせに呪いを掛ける」
ルナは、落ち着いてるように見えるが。
額に汗が浮かんでいた。明らかに動揺してんな。
「ダンは求婚を断ったのか?」
「当たり前だ。OKしたら、散々弄ばれて殺されるんだぞ。
それならまだ呪われた方がマシだろ?」
俺は思わず、思った事を口にした。
「じゃあさ、ダンの肉真珠とやらを渡して、『兄は死にました』とか言えば魔女は帰るんじゃないのか?」
「確かに、それで済めばいいけど…真珠の魔女は気まぐれで、何するか分からないのよ」
めちゃめちゃ怯えてるなー。余程怖い存在なんだな。
しかし、このままにしておけないし…
警戒しつつやり過ごすしかないな。
俺はチェーンソーであるダンを手にとった。
イザとなったら戦う事になるかもな。
俺の意思を感じ取ったのか、ダンは応えた。
「すまん。世話になる主よ」
「侘助でいいって」
「いや、俺を手に取って剣術を発動した時、
侘助では無く、我が主だと悟ったのだ」
「分かったよ。もう喋るな。そろそろ来るぞ」
窓の外に人影が見えた。
コンコン。
優しい控えめなノック音。
「みなさーん。はじめましてー」
施錠された筈の扉が、スーっと開いた。
そこに居たのは…
全身を白地と紫レースで飾られた、ゴスロリ少女だった。
ド派手な魔女だな。通天閣の真下に居そうなタイプだ。