3章「魔法の世界」
燃え盛る炎と、血飛沫の出会いの後、侘介と少女2人、そして喋るチェーンソーと共に、近くの家に入る。
(中世ぐらいの村人が住む小屋といった感じか)
侘助は、室内に入ると辺りをキョロキョロと見回した。
(電気は…無いな。ランプのような物もあるし、実験器具のようなガラス製品もあるな)
加工されたガラス製品が、こんなに使われてるなら、それなりに文明は発達してるようだ。
「コチラにどうぞ。あと、コレに着替えて。
そこに濡れた布があるから、体拭いた方がいいわ」
白い髪の少女が、椅子と服を出してくれた。
血生臭い服を脱ぐ。
「ちょっと。こんなトコで着替えないでよ。ホラ。そこの隅っこで着替えて」
白髪の少女が顔を赤くして、棚で仕切られた一角を指さした。
まぁ、少女達の前で下着姿になるのも問題か。
部屋の死角で、血に濡れ異臭を発する服を脱ぎ捨てた。
濡れた布で体を拭く。
着替えの服は、クリーム色と若草色の質素な服だ。
ゆったりした形で、フリーサイズらしい。
着心地は悪くないが、村人Aといった感じは拭えないな。
身長が足りなくて、足元はズルズル引きずっている…
悪かったな。背ぇ低くて。
全く、理解できない状況だが、まずは落ち着こう。
大きく深呼吸する。
そうだな。まずは現状を理解せねば。
席につくと、眼の前のチェーンソーが自己紹介を始めた。
「まずは自己紹介させてくれ、俺はダン・ライミ。
元剣士だ」
剣士て…
喋るチェーンソーとは…かなりシュールな光景だ。
「え、えーと。
だ、ダンさんは、どうしてチェーンソーなんかに成ってしまわれたのですか?」
俺の質問に、ダンでは無く少女が答えた。
「それは、私から説明させて下さい。
一時的に兄の魂を『鉄の塊』に避難させたのです」
この声。聞き覚えが…
「あー。アンタ。暗闇で俺に話しかけてきた子だな」
兄に体をくれって言ってきた子だ。
確か…
「アベリィさんだっけ?」
「はい。アベリィ・ライミです。ダンの妹になります」
「で、魂を一時的にチェーンソーに移して、これから俺の体に魂を入れるのか?」
「いえ。兄の聖体拝領術は失敗に終わりました。」
「え、エうかリスト…何だかってのが、その、魂の入れ替え術の事か?」
「はい。本来であれば、貴方の名は…えーっと」
「侘助」
「はい。侘助さんの御遺体を修復して、病気も完治させた後に兄の魂を、御遺体に入れる予定だったのですが…」
アベリィは話を続けた。
「しかし、施術の途中で兄が力尽きてしまい、侘助さんの肉体修復を始める前に、鉄の塊…『ちぇーんーそー』に、魂を移しました。緊急避難的な処置でしたので、早急に侘助さんの肉体に移したかったのですが、結局間に合う事は叶いませんでした」
「間に合わなかった、て…結局、どうなったんだ?」
「私の予想では、魂の抜け殻である『修復された侘助さんの御遺体』と、『兄の遺体』を火葬して終わりになる筈でした。兄の魂がもしかしたら、侘助さんに入ってるかもしれないとは思いましたが…」
「しかし、実際は魂を宿す筈のない物体に兄の霊が宿り、侘助さんは自らの魂を入れたまま肉体が蘇生するなんて…正直、想定外です。」
「で、これからどうなるんだ?
俺はどうすればいい?」
この状況が完全に理解できない間は、この世界の人間に助けて貰うしかないな。
それに、肉体をダンに渡してハイサヨナラって訳にはいかなそうだ。
それに、話が真実なら…俺のガンは完治した事になる。
死ぬ必要がなくなったのに、肉体を渡すのも嫌だな。
「まずは、兄のこの状態を解明するまで、侘助さんは家の客人として寛いでください」
「まぁ、俺も正直、今の状態を理解するのに時間が掛かりそうだ。
その間、お言葉に甘えて世話になるよ」
それまで黙っていた、もう一人の青髪の少女が口を開いた。
「ルナ・エドウッド。よろしく」
言葉数が少ないのは、彼女の性格なのだろう。
色白の少女は『ルナ』という名前らしい。
「ルナは、見習い魔法使いなんだけど、凄腕よ。
エド・ウッド家は、筋金入りの上級魔法使い一族なの。
規定の年令になったら、すぐに一人前の魔法使いになれるんだから」
まるで自分の事のように、アベリィが胸を張る。
「アベリィ違う。私はまだ未熟。修行中の身」
ルナは、見習いである事を強調する。
成程、真面目な子なんだな。きっと。
(しっかし…異世界だと想定はしていたが…
やっぱり居るんだ。魔法使い…スゲーな)
「アナタの体。魔法が効かなかった。興味ある」
ルナは、興味津々といった表情で俺を見ていた。
確かに先刻の出会いで、ルナは魔法攻撃らしいモノを発動したように見えた。
しかし、俺には何も起こらなかった。その事を言ってるようだ。
「それは、私も不思議に思った。
攻撃系魔法が消えるなんてあり得ないじゃない。
侘助さん、何かしたの?」
アベリィも若干興奮気味だ。
「えっと、何もしてないぞ。
魔法が効かないって、それは珍しい事なのか?」
俺の質問にアベリィは答えた。
「珍しいどころじゃないわ。
ありえないのよ」
「攻撃魔法は発動前に妨害して止める事は出来る。
発動したら、避けるか弾き返すか、そのまま受け止めるしか無いわね。普通」
「なのに、アナタは魔法を消した」
ふむ。扱いとしては飛んでくるボールと同じだな。なるほど。
今はボールに例えたが、これを銃を発砲した時に置き換えると恐ろしい。
弾が当たらず直前で消えたら、そりゃビビるわ。
ここで黙っていたチェーンソーが気付いた事を話しだした。
「侘助君とは契約を行ったから、何となく分かるのだが、彼のいた世界では魔法はポピュラーでは無いらしい。その証拠に、侘助君から魔力を全く感じない」
ルナの表情が固まる。
「魔力が…無い?」
アベリィも同様に驚く。
「精霊と契約なしで生まれてくるなんて…普通出来ないでしょう。
病気になっても魔法で治療出来ないのよ、どうやって今まで生きてきたのよ」
どうやら、魔力が無い事は精霊と契約していない事と同じらしく、それはこの世界ではあり得ない事のようだ。
恐る恐る聞いてみる。
「それは、問題有る事なのか?
この世界では、魔力が無いと生きていけないとか」
アベリィは、半ば呆れた表情に変化した。
「あのね、この世界は魔力の理で出来てるの。
魔力がないなんて人、この世の人間じゃないって事になるわ」
「ありえんな」
チェーンソーからも呆れ声が聞こえた。
「わわわ。分かったよ。
俺は珍しい存在なんだな。そんなに呆れないでくれ」
「俺の居た世界では、科学技術が発展していて、
むしろ魔法の方が、架空の物語に出てくる代物だな。
病気になれば薬や手術で治すし、日常だって科学の進歩で便利なものさ」
俺の言葉にアベリィが反応する。
「侘助さんの世界って、失われた科学技術で出来た国なのね。
それこそお伽噺じゃない」
しかし、アベリィの職業は、失われた『科学』を基礎としたアルケミストだ。
侘助が科学技術のむ進歩した世界から来たと知り、心臓が高鳴る。
「そうだな。まさにお伽噺、まさに異世界だな」
ダンも同意した。
「ま、お互い様だな。俺から見ればココは間違いなく異世界だよ。
あと、これから衣食を共にするんだ、俺の呼び方は『侘助』でいい」
「分かったわ。侘助さ…侘助。
とにかく、色々調べて何とかしなきゃね」
アベリィには悪いが、この世界に来てしまった以上、面倒を掛ける事になる。
「侘助は、まずこの世界のことを知らないとね」
確かに。
「説明するより、街に出れば分かる」
ルナが、俺の服の袖を引っ張った。
「そうねルナ。悪いんだけど侘助を街に連れて行ってくれる?
私と兄さんは、もう少し兄さんの事について調べておきたいの」
「わかった。侘助、行こう」
訳のわからないまま、俺は街に出掛ける事になった。
アベリィの手には、先程まで血濡れていた俺の青ツナギが畳まれていた。
キレイになってる…短時間でどうやったんだよ。
サイズの合わない服からツナギに着替えた。
さずが日本製作業着。シックリくるね。
「それじゃ、いってきます」
ルナに引っ張られ、家の出口へと向かう。
家の玄関の扉を開けようとしたが、ビクともしない。
「あ、あれ…重いなこの扉」
よく見れば、鋼鉄の扉でとても重そうに見える。
でも、さっきアベリィは軽くこの扉を開いていたが…
「こうやって開ける…」
ルナがそう言いながら、軽く指先で押すだけで、扉は簡単に開いた。
外の日差しが眩しい。
この扉は外敵の侵入や、災害に備えるため非常に堅牢に作られているらしい。
普通の人は、身に纏った僅かな魔力が反応して、軽く押すだけで開くそうだ。
無表情のルナが、諭すように教えてくれた。
つまり、今の俺は玄関のドアすら開けられないって事だ。
俺はなんて無力なんだ。
先が思いやられるぜ。
海外版「獣道-白ノ刹那-」開発により長期休載しておりました。
又、私事で恐縮ですがスタジオ移転を致しました。
徐々に周りが落ち着いてまいりましたので、連載再開致します。
主題を若干変更しました。
序章、1章、2章を設定及びシナリオ変更・修正致しました。