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序章「真珠の悪夢」

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)




序章「真珠の悪夢」


 ダン・ライミは悪夢に(うな)されていた。


全身の皮膚下に多数の(むし)がモゾモゾと這う感覚。

絶え間なく発生する痛みと(かゆ)みが精神を疲弊させる。

皮膚は蟲の形に盛り上がり、血管のようにビクビクと(うごめ)く。


そう。

蟲達(やつら)は俺を…()っていた。


蟲は、細胞一つーつを丹念(たんねん)に喰う。

欠片も残さぬよう…念入りに…


クチュリ…クチュリ…


ピチャ…チュクク…


不気味な濡音…

これは肉を()む音だ。

噛み千切り、()り潰し、胃液で溶かし飲み込む。

全身が嫌悪感に(おお)われる。


生きながら喰われ、肉体が目減りする感覚と鈍痛が全身を(はし)る。


我慢出来ない程の痛みではない。

耐えられるぐらいの痛みが、何十カ所から断続的に発せられる。

痛みより精神が壊れそうだ。


永遠に続くような痛みが、苦しみと僅かな快感(・・)を感じさせる。


そう。体が壊れる快感…

まるで新しい肉体に変化するような快感だ。


ダンは思う。


蟲が全身の細胞を喰い尽くした時、自分は自分のままで居られるのだろうか?…と。

細胞が全て蟲に置き換わったなら、それはもはや自分では無く、蟲そのものになってしまうのではないだろうか。


「痛てぇ…なぁ…」


老人のように皺枯れた自分の声。

その声で意識を取り戻す。


何度も繰り返し見た悪夢(・・)から目覚めた。


僅かに開いた(まぶた)の隙間から、自室の天井が見える。

いつも見慣れた天井だ。


しかし…


痛みは…消えない。

まるで、現実に蟲に体を喰われるような痛み。


悪夢から目覚めても…悪夢。


ベッドに横たわるダンの(からだ)は、現実でも鈍痛に支配されていた。

しかし、悪夢のように蟲に喰われてる訳では無い。


顔や躰は、緑色に変色し…体表は無数の(イボ)に覆われ、ニキビのような小さい疣から、小指の先ぐらいの大きな疣まで、全身を覆い尽くしていた。

この疣がジクジクと鈍痛を発生させる。


これは(やまい)ではない。


『呪術』


この世界では、比較的ポピュラーな攻撃だ。

ダンに掛けられた呪いは、その中でも特殊で凶悪な呪い。


大きな疣の先端から、黄色い(ウミ)が吹き出し『クチュリ』と音を立てる。

疣が割れ、中から白く輝く(たま)がコロリと落ちた。


挿絵(By みてみん)


輝く珠は…真珠。


疣が真珠を産み落としていた。


この奇異な呪術は、国を治める魔女『真珠の魔女(パール・ウィッチ)』が掛ける最も強力な呪いであり、解呪は不可能。

肉体を少しずつ真珠に変換し、長期間苦痛与えて衰弱死させる呪いだ。


シーツには、血の混じった黄色い染みと、真珠が数十個落ちていた。

毎日取っても取っても、コロコロと真珠は落ちる。


長時間の鈍痛の末に、疣は膨れ上がり、真珠を産み落とす。その時のみ、皮膚を切り裂くような痛みが疾る。


そして皮膚は再び、鈍痛と共に疣が膨らみ始める。

肉は少しずつ真珠に変わり、躰は日毎(ひごと)小さくなり、(シワ)と疣が皮膚を|覆う。


醜い…本当に醜い姿だ。


2年前まで、未来の英雄とまで言われ、多くの女性から熱い視線を送られた美貌の面影はもはや無い。


逞しく鍛え上げられた魔法剣士の肉体は、今では寝返りを打てない程衰弱し、関節は折れ曲がり、筋肉は萎縮していた。


その姿は、操り人形を地面に落としたように折れ曲がり、いびつで醜い『物体』に見える。


「お兄ちゃん…痛む?」


心配そうに(のぞ)き込む少女。


挿絵(By みてみん)


フワリとしたロングヘアに色白で整った顔立ち。年齢は15〜18歳ぐらいだろう。

吸い込まれそうな瞳は涙が滲んでいた。


少女の名はアベリィ・ライミ。

ダンにとって唯一の家族。


「あぁ。(いて)ぇ…寝ても覚めても痛ぇだけだ」


ダンの言葉を聞き、アベリィはポロポロと涙を流す。


「お兄ちゃん。もうすぐ薬が完成するから…それまで辛抱してね」


「あぁ。俺が正気を保ってる間に完成するといいな」


恐らくダンの本心だろう。

ダンの精神は疲弊し、いつ心が壊れてもおかしくない状態だ。


アベリィは(あせ)る。

もう時間がない。

一刻も早く、薬を完成させねば。


兄の疣と膿だらけの顔を清潔な布で拭うと、

腐臭漂う部屋を出た。


其程(それほど)大きくない自宅は年季の入った建物だが、手入れが行き届いていて小綺麗だ。

足早にアベリィは、自分の部屋に戻った。

薬品開発の機材が並び、一見何かの研究室のように見える。


兄の苦しむ姿が頭から離れない。


室内にはアベリィの他に、一人の少女が居た。

色白のアベリィよりさらに白い。

青みがかった短髪(ショートヘア)が、少女をさらに色白に見せる。


「あ、ルナ。手伝いに来てくれたんだ?」


ルナと呼ばれた少女は、コクリと|頷く。

そして、いつもは物静かで言葉少ない少女(ルナ)が口を開いた。


「お兄さんの…具合は?」


「日に日に悪化してる…いつ()ってもおかしくない…」


少女の名は『ルナ・エドウッド』

魔法使い(マジシャン)の家系に生まれ、見習い魔法使いでありながら、潜在的・血族的実力は一級魔法使い(スペシャルマジシャン)に匹敵する魔法力の持ち主だ。


まだ見習い故に技術は未熟だが、膨大な魔法力はエドウッド家の歴史の中でもずば抜けた才能らしい。

将来を約束された少女…ルナ。


近所に住む、アベリィの幼馴染みでなければ、話しかける事も躊躇(ためら)われる程に身分に差がある。

しかしルナは、アベリィを気に入ってるらしく、二人はいつも一緒に行動していた。

幼なじみというより、姉妹にも見える。

事実、姉妹のように仲がよい。


(ダン)の呪いを解呪しようと、ルナは手を尽くしてくれた。

正直、有り難かった。

アベリィ1人では、この状況にきっと耐えられなかっただろう。


アベリィは(ダン)の現状をルナに伝えた。


「衰弱の速度が早くなってる。正直、見てるのが辛いよ。」


「大丈夫。アベリィの薬、もうすぐ完成するから」


完成間近の薬剤は、ビーカーのような器に溜まり始めていた。


「うん。もうすぐ…助けるから…お兄ちゃん」


アベリィは溜まり始めていた青い薬を見つめながら、そう呟いていた。


「大丈夫。アベリィはアルケミストとして優秀。きっと成功する」


ルナも一緒に薬の完成を待ちわびている。


アベリィの職業は、今は(すた)れた科学を基礎とした職業(ジョブ)、『錬金術師(アルケミスト)』であり、優れた『薬師』でもある。

ルナとは違い、人並みの魔法力しか持たないアベリィは、人とは違う新たな力を欲していた。


しかし錬金術師とは、魔術が統べるこの世界において、御伽(おとぎ)話のような『科学』を取り入れた、胡散臭い職業とされた。


科学=インチキと考える人も居る。

今となっては、錬金術師自体、昔話の類でしか見られない、怪しい職業に成り下がってしまった。

そんな錬金術師を、アベリィが目指したのには訳があった。


2年前、ダンが真珠の魔女に呪われてから、アベリィは、ルナの力を借りて、様々な魔法使い達に解呪を依頼した。

しかし、魔法使い達は『真珠の呪い』と知っただけで、解呪を後込みした。


皆、真珠の魔女を恐れたのだ。


中には、報酬に釣られ解呪に踏み切る魔法使いも居たが、真珠の魔女(パール・ウィッチ)の呪術は、他に使う者の居ないオリジナルであり、解呪の方法は誰も知らなかったのである。


それでも基礎的な解呪を試みてみたが、効果は無かった。


魔法の力だけでは兄を救えないと考えたアベリィは、今は使われない『科学』の力と、魔法を組み合わせた錬金術を学び始めた。


最初はルナでさえ、錬金術を学ぶことを反対した。

友人が、訳の分からない職業を一から始めようとすれば、止めるのが普通だ。

第一、ダンを救えるかどうかも分からない。


しかし、あらゆる解呪の効果が期待出来なくなった時、ルナは思い知った。

魔法の限界を。

オリジナルの呪い一つさえ解呪出来ないのだ。

ただの魔法では、親友と親友の兄を救えない。


そして…

錬金術師を目指す事を、ルナも応援してくれるようになった。


アベリィの努力は凄まじく、古代の文献や伝説の類まで参考にしつつ、アベリィ独自(オリジナル)の術式まで創り出すようになった。


魔法と科学の融合には、ルナの魔法使いとしての、力や技術も役に立った。


そのお陰で、高度なレベルの技術が完成し、洗練されていった。

新たな術式同士を掛け合わせ、さらに高度な技術を完成する。


その繰り返しである。

アベリィの錬金術師としてのレベルは、飛躍的に進化したのである。


それでも、真珠の呪いを解呪するのは無理だった。


(ダン)の、肉体の滅びは止められない。


ならば、他の健康な肉体に、兄の精神や記憶を移せばいいと考えるようになった。


(たと)え肉体が滅びても、兄の魂や意識、記憶を救えばよい。

意識や知識、そして魂を移し変える薬。


術者であるアベリィの魔法力と魂を削り、様々な薬剤を組み合わせ創り出される薬は、二度と創る事の出来ない希少な薬だ。


失敗は許されない。


「でき…た」


そして、兄の解呪の薬が…ついに完成した。


アベリィとルナは出来たばかりの薬を持って、兄の部屋へと向かった。











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