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金貨200枚

俺が異世界に飛ばされてから初めての日の出を迎えた。

昨夜の出来事がまるで幻だったかのように静かな朝だった。

俺たちは宿屋の一階にある質素な食堂にて、焼きたてのパンと紅茶を堪能していた。朝の食事はパンと紅茶が主流らしい。味はごく普通のパンの味だった。

ぶっちゃけここまで冷静に分析していられる自分に驚きだが、人間というのは案外こんなものなのかもしれない・・・。


「・・・というわけで無理だったんだ」


テーブルにて俺は重い瞼を支えながらフィアナの話を聞いていた。

というのも昨日の夜、フィアナに質問攻めにされ満足に寝ることができなかったからである。

フィアナの探求心は底が無く、まるで興味心を持ったばかりの子供の様だった。

そして俺は徹夜で化学の授業をさせられたのだった。


「おい、聞いてるか?」


フィアナが俺の顔を覗き込んできた。


「ごめん。何の話だっけ?」

「住民票、取れなかったんだ」


この世界で人並の生活を送るには住民票と言うものが必要不可欠なのである。俺のようなイレギュラーな存在がこの世界の政府にばれてしまうと命の保証はないらしい。そのためフィアナの計らいでこっそり手に入れる算段だったのだが、ダメだったらしい。

ということは俺はまだ不法入国者扱いというわけで・・・

バレたら死刑という緊張は続いているわけである。


「・・・って呑気にパン食ってる場合じゃねぇ!!」


今こうしている間も俺の命は危険に晒されているというわけだ。


「俺、見つかったら殺されちゃうよ!」

「ちょっと!うるさいですわ!」

「・・・すいません」


ロランが俺を睨みつけた。・・・俺は黙って席に座り、再び朝食の続きを取り始めた。

昨日の一件からロランには頭が上がらない。ロランの捜索が無かったら俺はあの裏路地で黒焦げになっていただろう。

それにパンチ一発で大の大人を吹き飛ばすあの拳・・・今度逆らったらマジで殺されるかもしれない。


「でも、俺はどうしたらいいんだ?昨日の一件で俺の身元がバレたらマズいんじゃ・・・」


昨日あんなに派手にやらかしたんだ。今頃衛兵が辺りを閉鎖し、現場検証をしているのではないか?

どっちにしろあの奴隷商人が俺について何か情報を話してしまったらマズいことになる。


「うーむ・・・」


紅茶を飲みながらフィアナは深刻な顔つきをしている。やはり自分の立場は危ういのだろうか。不安で胃酸がこみ上げてきた。


「あ、いいこと思いついた」


フィアナがポンと手を叩いた。


「あいつのところに行こう」

「・・・あいつ?」



朝食を食べ終わり、身支度を整えた俺たちはメインストリートを一本外れた旧大通りを歩いていた。

こっち側は初日に通ったメインストリートとは違い、道や通りに面する建物が全体的に古ぼけた印象を受ける。


「一本道が違うだけでここまで雰囲気が変わるのか・・・」

「ジオの歴史は古いからな」


しばらく道なりを歩いていると、古ぼけた看板が道に素っ気なく道に置かれていた。

薄汚い看板には何かのマークが描かれている。確か、あのマークは酒場を示すものだ。


「ここだ、着いたぞ」


フィアナは看板の前で足を止め、薄汚い建物の中に入っていった。

建物の中は昨日行った酒場のような構造をしていたが、中は薄暗く、椅子やテーブルも薄汚れていた。

人も居らず閑散としており、お世辞にもいい酒場とは言えないようなところだった。


「よお、いらっしゃ、ってフィアナお嬢さんじゃねえか!それにロランと・・・初顔もいるな」

「久しぶりだなムラクモ」

「お久しぶりですわ」


モップで床を磨いていた男がこちらに気づき挨拶を交わした。長身で整った顔立ちをしている。俗にいうイケメンというやつだ。


「何の用だい?腕の立つ冒険者を集めに来たのか?」

「いや、今回はそういうわけじゃないんだ」


どうやらここは冒険者達が交流をかわす酒場のようだ。


「この男の事でな」

「・・・訳アリの話ってわけかい」


ムラクモと呼ばれた男は鋭い目つきで俺の方を見た。


「・・・信じられないな。でもフィアナさんが嘘をつくわけないしな」

「私たちも困惑しているところだ」


店のテーブルに座り、フィアナはムラクモに俺が異世界から来たこと、魔力が全くないことなどを全てを話した。

ムラクモは黙って聞いていたが、やはり困惑していたようだった。


「・・・それで、政府にタケルの存在がバレることなく住民票を欲しいと」

「話が早くて助かる。で、出来そうか?」


ムラクモは黙って腕を組み、しばらくして


「この仕事、金貨200枚だな」

「200枚!?吹っ掛けすぎじゃありません?!」


ロランが驚きの声をあげた。


「これはかなり危険な仕事だ。もしバレたら俺は殺されちまう。人経費、技術費込みこみで200だ。フィアナさんの頼みじゃなかったらこの倍は取るぜ」

「それは・・・そうですけど・・・」


俺は座ったロランに金貨200枚がどのくらいの価値があるか尋ねた。


「一日中肉体労働をしたところで金貨一枚稼ぐのに三日はかかりますわ」

「ええっ!?」


ということは2年間ぼろ雑巾のように働いてやっと金貨200枚。とんでもない金額じゃないか!


「どうするんだ?言っとくけど前払いだからな」

「200枚か・・・一旦家に帰ってから考えてみよう。ロラン、タケル、帰るぞ」


フィアナはそう言うと椅子から立ち上がり、出口へと向かった。俺もその後に続いた。


「ちょっと!もう少し安くできませんの?」


フィアナと尊が店から出た後、ロランがムラクモに尋ねた。


「200枚は必要だ。それに・・・フィアナさんの前では言えないがあの男にそれだけの価値があるとは思えないしな」

「・・・まあ、そうですけど」

「フィアナさんは人を放っておけない性質だから、これだけ吹っ掛ければ諦めもつくだろう」


確かにタケルに金貨200枚の価値があるとは思えないが・・・

しかし、お嬢様が欲しいとおっしゃっているならメイドとして職務を全うするべきなのだろうか・・・

ロランの心境は複雑だった。


「まあ、どっちにしろすぐ答えは出るさ。俺はその時仕事をするだけだ」




帰りの馬車の中、俺はずっと考えていた。ここまで世話をしてもらい、なおかつ金貨200枚を払ってもらおうなど、おこがましるぎる。

これ以上はフィアナたちに迷惑を掛けることはできない。かといって行く当てもない・・・


「どうした、浮かない顔をして。お金なら私が冒険者として働けばなんとかなるさ」


俺の心境を察するかのようにフィアナが言った。


「どうして・・・フィアナはこんなにまでして俺のことを・・・?」


赤の他人にお金まで提供するというのだから、フィアナがここまでしてくれる理由を知りたかった。


「なんでだろう・・・でも目の前で困っている人を助けるのに理由なんているのか?」

「フィアナ・・・」

「それに、私はまだ自分の知らないことをたくさん知りたいんだ」


ニッコリと笑う、あどけないフィアナの顔はとてもかわいくて、頼りがいがあった。

俺はこれ以上フィアナに何も言う事が出来なかった。



屋敷に帰って来てから俺はフィアナに空き部屋を一つもらった。元々客間として使っていたらしく、備品や生活必需品もしっかりと置いてあった。

ベッドに身を預け、しばし考えに走る。金貨200枚・・・俺にも何かできないだろうか。

二年間肉体労働をして稼ぐ、俺にはまず無理だ。

いっそのこと化学教員でもやるかと考えたが、住民票が無いんじゃ表だって仕事もできない。

完全に手詰まりだ。将棋で言うなら王手。将棋なんてしたことないが・・・。


コンコン


誰かがドアをノックした。


「失礼しますわ」


やってきたのはロランだった。ロランは何も言わずに部屋の中を見回している。


「ど、どうかした?」

「はぁ、残念ですわ。この部屋気に入ってたのに・・・。よりによってこんな野蛮人に使われることになるなんて・・・遺憾の極みですわ」


ロランは深いため息をついた。こいつ、嫌味を言うためだけにわざわざやってきたのか!


「あ、そうそう。これあなたの物でしょう?」


ロランはポケットから何か箱のような物を取り出した。


「あ!それは」


ロランが机の上に置いたのは煙草の箱とジッポーライターだった。こっちの世界に一緒に飛ばされていたとは。なんだか古い友人に出会ったようで思わずホッとしてしまった。


「何処にあったんだい?」

「昨日服を見つけた時、一緒に落ちていましたの。危険物だと困るので隠していたんですの」


そういう事だったのか、だがロランの判断は正しい。しかし、返してくれたということは俺を信用してくれたということなのだろうか。


「べ、別に、あなたが昨日奴隷の子を庇ったのを見て信用したとか、そういう訳ではありませんわっ!」


ロランが急にあたふたしていった。すごい、聞いてもいないのに自ら喋るとは。


「と、ところでそれ、なんですの?」


ロランはなんとか話題を逸らし、机に置いた煙草を指さした。


「これは煙草っていって、俺のいた世界では嗜好品の一種なんだ。体に悪いけどね」

「タバコ?」


見せた方が早いだろう。箱から一本の煙草を取り出し、口に咥えた。・・・実を言うと俺は煙草が嫌いだ。映画のワンシーンに憧れて買ってみたはいいものの口に合わず、結局三本ぐらいしか吸っていない。

慣れない手つきで煙草に火をつけると、懐かしい匂いが部屋に充満した。


「ああ、パイプですわね」

「パイプ?」


そう言うとロランはポケットから銀色のケースを取り出し、蓋を開けた。細長い棒が入っていた。日本の江戸時代の巻物でも見たことがある。確かキセルとかいう名前だったか。


「このように先端に葉を入れ、火をつけるんですの」


魔法で葉に火をつけるとパイプの先から煙が上がり、甘い香りが漂ってきた。


「この世界の煙草は甘い風味なのか」

「葉には何種類のもフレーバーがあるんですの。私、パイプには少々うるさいですわよ?」


ロランはドヤ顔でそう言った。


「なら、この煙草のフレーバーはどんな感じがするかい?」


俺は煙草をもう一本出すと手で分解し、煙草の葉をロランのパイプに入れた。


「むっ!斬新なフレーバーっ!絶妙な辛さがクセになりそうですわ」

「・・・満足したならよかった」


俺がそう言うと、ロランはハッと我に返ったような顔をした。


「しまった!思わず褒めてしまいましたわ・・・一生の不覚・・・」

「そんなに悔しがらなくても・・・俺にも少しそっちの奴を吸わせてよ」


俺は銀のケースに手を伸ばしたが、ロランが素早くそれを阻止した。


「これはダメですわ!パイプのフレーバーはけっこう高いんですの」

「ケチ!少しくらいいいじゃないか!」


ロランは頑なにパイプを吸わせてくれない。そんなに高いんだろうか。


「それ、一体いくらするんだ?」

「そうですわね・・・上物は金貨1枚はしますわ。嗜好品ですもの」


何処の世界でも娯楽には金がかかるようだ。今は金一枚でも欲しいというのに・・・

・・・煙草・・・パイプ・・・

・・・金貨


「・・・そうか」


「どうかしました?」


急にダンマリとした俺をロランが不審そうに見つめた。


「金貨200枚、何とかできるかもしれない!!」

「急にどうしたんですの!?」


困惑するロランを前に、俺は机に置かれた煙草の箱を掴み、それを突き付けた。


「特製フレーバー、作るんだよ!」


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